9話【迷子と約束】
「はい、もう目を開いても良いよ」
「──え?なんで…!?」
瞼を開いた男の子は目を見開き辺りをキョロキョロと見回した。
ここは多分この子がよく知る場所だと思うので、急に見知った場所が目の前にあって驚いたのだろう。
「もしかして転移の魔法?!すごい!すごいね!」
覚えたての魔法を誉めちぎられると何かくすぐったい。
「それじゃぁわたしも帰るね。もうひとりで無闇に森の奥に入っちゃダメだよ?」
「え、もう行っちゃうの…?」
喜びから一転。しゅん…と仔犬のように落ち込んだ男の子が寂しそうにうつむいた。
「ねぇ。また会える…?」
「どうかな…。わたしは人間じゃないから、もしかしたらもう会えないかも」
「そんな…」
正直に答えるとショックを受けたように男の子は眉根を寄せた。だって嘘はつけない。でもそんな悲しそうな顔をされるとお姉さんは弱いよ…。いやショタじゃないけど!
「……そうだなぁ…。君が大きくなって、わたしの好みの大人になったらまた会いに来ても良いよ」
「ほんと!?」
まぁ子供の約束なので、とわたしも冗談めかして言ってみたけれど、男の子はパアァっと瞳を輝かせた。
「ちなみに君の好みの大人ってどんなの?!」
「え? えっ…とぉ…。そうだなぁ…優しくて、強くて、おっきい人。そこそこ筋肉がなきゃダメかな。モヤシはちょっとね…。──っと、やっぱ今のなし」
「?」
好みの男性を聞かれてツラツラと答えてしまったけど、それは涙花の記憶だ。
とは言えわたしの好みを聞かれてもやっぱり同じ答えしか出ないんだけど。
でも、途中で思い出した。
「─何よりも、わたしの事を一番愛してくれる人、かな?」
そう。わたしは好きな人の一番になりたいのだ。
「─ッ、僕、頑張る。剣術も魔法も勉強も嫌いだけど、でも頑張るから!だから僕が大人になったら…僕の、僕のお嫁さんになってよ!」
顔を真っ赤にして…耳まで真っ赤で、必死にお願いする男の子にわたしは虚を突かれた。
だってわたしにとってこの会話は子供の口約束程度のものだと思っていたからだ。
子供時代に約束したことなんてきっと忘れてしまう。今この場で約束して、実際大人になった時にこの事を思い出してもお互い面映ゆい思いをするだけだと解りきっている。
なのでわたしは敢えて軽い調子で返事を返した。
「そうだねぇ…君が格好いい大人になったら、ね」
「本当に!?約束だよ!」
男の子は今まで見た中で一番の笑顔で笑った。まさに天使の笑顔のように。
「あ、そう言えば君の名前 聞いてないや」
「わたしは──。やっぱ秘密。次会えたときに教えるよ」
その方がこの先楽しみでしょ?と言うと男の子も笑って頷いた。
「それじゃ、わたし帰るから」
「うん、またね!僕絶対に格好いい大人になるから!」
「ふふ…なら泣き虫を直さなきゃね」
「も、もう泣かないよ」
大泣きしたことを見られているせいか、男の子は恥ずかしそうにもじもじと視線をそらす。
手を振ってわたし達は笑顔でお別れした。
まぁいつかまた会えるなんて思ってないけど、子供の純粋な約束を無下には出来ない。あの子が大人になっても覚えてるとは限らないので、と言うより確実に忘れると思っているので、わたしは忘れること確定で約束した。
いつかあの子が大人になって、甘酸っぱい思い出として記憶に残るだろう。そんな風に思った。
─しかしこの世界で初めて出会った人間があんなに可愛いとは…。この世界の顔面レベルは相当高いのかな…?
いや、わたしはショタじゃないから。アレは犬猫に感じる類いの『可愛い』だから大丈夫。
等と考えながら転移して家に帰るとファムがテーブルの上でメソメソしていた。
「どしたの!?」
「ハッ!ティア様!?」
思わず声をあげるとファムはわたしを見て羽を広げてわたしの胸に飛び込んできた。号泣してる鳥なんて初めて見る。
「何処に行ってたんですかぁぁ!」
「えっとぉ…ちょっとそこまで…」
日本なら『ちょっとコンビニへ』って言い訳が出来るけど残念ながらこっちにはコンビニはない。
「わかってるんですからね!外に出てたのは!」
「じゃ何で聞くの」
「もう!もぉぉ~!」
「ファムが牛になった」
「違います!」
キッ!と涙目で見詰められて、こっちが言い付けを破ったから気まずくて明後日の方向を見てしまう。
「何度も言ったじゃありませんか!貴女はまだ生まれたてで赤子と同じなのです!世の中には甘口で子供を拐かす連中が星の数ほど居るのですよ!?ティア様は大変お可愛らしいのです!その上ぽややんとしているのでお菓子で釣られたりしたらどうするんですか!!」
─え~…ファムの中のわたしってそんな感じなの?さすがにお菓子に釣られたりしないんですけど…。だって中身は子供じゃないし。
わんわん泣きながら責めてくるものだから、わたしは諦めて「ごめんね」と繰り返し誤り宥めることにした。
ファムにはわたしが涙花の記憶があることは話していないからか、どうも子供のように接してくる節がある。それは別に構わないけど、心配してわたしを叱ってくれる存在はとても新鮮でそこはかとなく嬉しいものだ。大人になると本気で叱って心配してくれる人なんてそう居ないからね。
「もう泣かないでよファム~。お詫びに今日は新しいお話聞かせてあげるから」
「そんなことで誤魔化される私ではありません!─が、本当ですか?」
怒ったように顔をあげるけど、その可愛い瞳には期待の色が見える。
つい先日、話の種にと涙花の記憶として残っているアニメや漫画、小説の内容をファムに話したのだ。
あくまでも架空の物語として、だけど、ファムはとても気に入ってくれていて、わたしはそれが楽しくて思わずキャラの演技まで披露してしまった。
気が付いたときには「ヤバイ!オタクをさらけ出してしまった!」と焦ったが、ファムにはツボに刺さったらしくとても好評だった。「ティア様は演劇にまで才能があるのですね!」と称賛されたときはちょっと穴掘って埋まりたいと思ってしまったけど。
「もちろん!今日はファムのお気に入りの極悪令嬢物語なんてどう?」
何故かファムは極悪令嬢とかダークヒーロー系の物語が好きだったりする。そして私がそれらの主人公の台詞を演技も交えて話すのが大変に好物になってしまった。
やばい子に育ってしまっているな…とは思いつつも、こんなオタク話を喜んで付き合ってくれるのはファムだけなので、ついついわたしも熱が入ってしまうのだ。
「是非よろしくお願いします」
「ふふ…よろこんで」
顔を見合わせて笑い合う。
けどいつかは森の外の人の暮らす場所に出掛けてみたい。その時はファムにお供をしてもらえたらとても助かるので、先の事を考えて今から作戦を練らなくては。
「さて、こんばんのご飯は何にしようかな~」
頭の中ではファムをどう口説くか考えながら私は家に入った。
その晩もファムにお話を劇を交えながら語る。時折「ティア様、素敵です!」と音の殆どしない羽の拍手を受けながら。
そしてふわふわのお布団で眠りにつく。
─今日は色んな事があったなぁ。
明日は何をしよう?
そんな風に思いながら私は眠りに落ちた。
ちなみに私もショタっ毛はありません( • ̀ω•́ )✧
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