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6話【プロローグ6】

 

「あれが世界樹(ユグドラシル)です」

「すごい…」


 ポカンと口を開いたまま見上げるその巨樹の先は余りに高く目視出来ない。

 わたし達はその巨樹の根元に居るわけではなく、少し離れた場所から眺めているのだ。それでも離れて見ている分、その樹が如何に大きいかが解る。

 富士山の全貌を眺めたことがある人ならきっと解るはずだ。


「では行きましょう」

「あ、うん」


 わたしの視線の先で羽ばたくファムトルアが背を向ける。わたしはそれに続いて一歩踏み出した。


 刹那─。


「──!!」


 ブワァ!!と一度だけ風が吹き上げた。そしてその風に吹かれて舞い上がった沢山の花弁がゆっくりとわたしに降り注ぐ。

 とても綺麗な光景に感動していると降り注ぐ花弁が少なくなって視界が開けた。

 と、そこには大きな壁がわたしを阻んでいたのだった。


 ─違う。これ、樹の幹だ。


 壁だと思ったものの表面はよく見ると樹の質感だ。

 進んだ先には森が広がっていた筈なのに、意味がわからない。

 ファムトルアは先に飛んでいき、近くの若木に留まった。


「ファムトルア、この樹…もしかしてさっき遠くに見えてた世界樹(ユグドラシル)なの?」

「左様でございます」

「でもさっきはあんなに遠くに見えてたのに…」


 とても不思議な出来事でさっきから魔法と言い驚きっぱなしだ。


「さぁ、ティア様。世界樹(ユグドラシル)から【世界の記憶】を受け取ってくださいませ」


 先の見えない不安に二の足を踏む。そもそもどうやってその【世界の記憶】を受けとるのかも解らない。

 よく解らないまま、わたしは樹の幹にそっと触れてみた。


「………」


 何も起こらなくてホッとしてわたしは樹の幹に額を預けるように合わせる。何か変なことでも起こるのではないかと不安だったのだ。


「─え?」


 すると突然額が温かくなり、そこから何かがわたしの中に流れ込んできた。

 何か暖かくて見えない水のように、それはどんどんわたしの体を巡って行くように感じる。

 どこか心地よい暖かさにわたしは瞼を落とした。


 そして閉じた瞼の向こうに見えたもの。

 それは【元の私】の姿だった。



 飛び抜けて可愛くも美人でもない。胸だけが取り柄のちょうど良いブスな【私】。自信がなくていつも他人を羨んでた。そんな冴えない【私】の姿。─大塚涙花だ。


『わぁ!何かちっちゃくて可愛くなってるね、私!』


 すると彼女はとても楽しそうにわたしに喋りかけてきた。

 自分に話しかけられると言う状態に私は狼狽える。


『あぁ、驚かせてごめんね。でもね、これだけは言っておきたくて…。

 私と貴女。同じ記憶を持ってるけど、貴女は【私】じゃないの』


「は?え、どういう意味…?」


『私は死んじゃったからね。流行りの異世界転生ってやつだよ』


 涙花のわたしがとんでもない事を笑顔で言い放った。

 異世界転生なんてフィクションでしょ!と突っ込みたいのに今のこの状況はなんなのか…。気になるのでそのまま涙花の話を聞くことにした。


『う~ん…。なんて言えば分かりやすいかなぁ? 私は【貴女】の記憶って名前の電池みたいなものでね、空の器に【私】っていう電池を入れた、って感じかな。つまり、転生したのは私の【記憶】だけで魂は貴女と私は別々なの。【私】は日本人の大塚涙花の魂。【貴女】はこの世界のティアとしての魂を持っている』


「だからわたしは【貴女】じゃないってこと?」


『そう。【記憶】と【魂】は別物だよ。だから私の【記憶】もいつかは貴女の中で溶けて貴女の物になって行く。 だけど私の【記憶】に引っ張られないで? 貴女はティアとして、新しい自分として生きてほしい。

 自信がなくて恋に臆病な私じゃなく、ね?』


 にこりと笑った涙花が私の前で光の粒子になって行く。

 わたしはまだ聞きたいことがあるのに!と手を伸ばしたけど、その手は届かなかった。


 ─本当はもっと生きていたかった筈なのに、何でそんな風に笑えるの?


 無性に悲しくなる。

 記憶だけがわたしの中にあって、けれどそれは魂の転生じゃないなんて…わたしはそんなに簡単に記憶とわたし自身が別物だとは思えない。

 だから涙花のことは忘れないようにしよう。そう思った。



 これで半信半疑だった事も納得できた。



 やっぱりこれは【夢】じゃなくて、【現実】なんだ、って。












 ゆっくりと瞼を開くと、そこには壁の様な幹の世界樹。

 きっとこの樹がわたしと涙花を会わせてくれたんだ。


「ありがとう…」


 小さく囁くと世界樹が優しく笑ったように感じた。



「さてと…帰ろうか、ファム」


 振り替えるとファムトルアは目をぱちくりとさせて「ファム…?」と呟いた。


「だって、これからずっとわたしと一緒に居てくれるんでしょ? ファムトルアって呼ぶのも素敵だけど、ファムって呼ぶ方が心の距離が近い気がしない?」


 それにわたしは堅苦しいのは嫌いだ。ファムがとても丁寧にわたしに接してくれているのは解るけど、これから先も彼はわたしの【守り人】として側に居てくれるのだから。それならもっと仲良くなりたい。


「ダメ?」

「い、いえ!とても光栄です!」

「そっか、よかったぁ。 あ、あとファムはわたしに丁寧に喋りすぎ!もっと気楽に、ね? そんなにカチコチしてたら疲れちゃうよ」


 わたしは若木の枝からファムを掬い上げる。

 帰りもきっとファムが魔法を使うだろうから。


 背を向けて一歩踏み出した先は、最初に世界樹が大きく見えた位置だった。


「じゃ、移動お願いね、ファム」

「畏まりました!」

「言葉使いカチコチだよ」

「あ…わ、わかりました」


 言い直したファムが可愛くてわたしは笑ってしまったけど、ファムは怒るでもなく、照れ臭そうに羽で顔を隠したのだった。








【世界の記憶】─。

 それはこの世界の成り立ちや国の名前や場所、そしてこの世界に存在する種族や人間、精霊の事だ。あ、魔法の使い方も。

 簡単に言えば取り扱い説明書みたいなもの。

 困ったときは開く、みたいな感じでわたしの中にある本のような物だ。

 一応この世界で暮らしていく為に必要な知識の説明書だと思えば良いかな。

 うん、これはありがたい。

 だってお金の使い方も買い物のしかたも分からないんじゃ困っちゃうもんね。


 わたしは頭の中の【世界の記憶】を本と例え、ペラペラとめくって行く。



 ─ま、今はそれはいっか。

 帰ってファムにハニーロイヤルミルクティーを作ってあげよう。


 そんな風に思いながらわたしはファムの転移の魔法に溶けていった。



 ─そうそう。あとひとつ。

 帰ったらパンツ作ろう。わたしずっとノーパンじゃん!



プロローグなっっが!笑

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