5話【プロローグ5】
─さて。自由に使って良いって言われてるし、やろうかな。
「~♪」
小さな片手鍋にマグカップ七割程度の水を注いで火に掛けて、湯気が上がり始めたらそこにスプーン山盛りの茶葉を一杯投入。
沸騰したらそのままのタイマーがないから心のなかで180秒。
マグカップにミルクを半量用意しておいて、それを鍋に注いで更にひと煮立ち。吹き零れる寸前で火を止めて、カップに茶漉をセットして濾せば─。
「完成!」
さらにさっき見つけたハチミツを溶かせば完璧だ。
ハニーロイヤルミルクティー。わたしの好物なんだよね。
作り方は色々とあるけど、わたしは専らこの作り方だ。
湯気の立ち上がるマグカップを溢さないように運び、リビングのテーブルに乗せる。そしてさっき寝室から持ってきたクッションを椅子に乗せ、落とさないようによじ登った。クッションを下にして座ると少し座面が高くなったのでテーブルとの差が縮まる。鳥の入ったバスケットも視線の先だ。
─むふふ。おいしそう~
出来立てのミルクティーにフゥフゥと息を吹き掛けて冷ます。猫舌じゃないけど熱すぎるものは苦手なのだ。
自分好みに甘目に作ったので、一口飲むとホッとした。
その後もフゥフゥしてゆっくり飲んでいたら、目の前のバスケットに掛けられた布がモゾモゾと動き出した。
─鳥さん、起きたかな?
そのまま黙って見守っていると布の中からピョコっと真っ白な頭が飛び出し、プルプルと頭を振ってその鳥は目の前に居るわたしに視線を合わせてきた。
綺麗なルビーの様な瞳がみるみる大きく見開かれパカパカと嘴が何か言いたげに開閉する。
「? おはよう、鳥さん。気持ちよく眠れた?」
驚いたようなその顔が可笑しくて、わたしは少しだけ笑いながら人差し指で頭を撫でた。
「ねぇ鳥さん、この家に【守り人】さんが居るって言われたんだけど、知らないかな?─って解るわけ─」
「申し訳ございません!!!!」
「はひ!?」
突然響いた声に驚いて変な悲鳴が出てしまった。
どこから声が!?と部屋中を慌てて見回したけどそこにはわたしひとりしかいない。
「あ、あれ…?」
首をかしげてもやっぱり居ないものは居なかった。
─まさか…? そんなファンタジーな事が…。
と、鳥を見下ろすと、ぴるぴると身を震わせ低頭の体勢だった。とは言えまさかの予感に恐る恐る手を伸ばし鳥の頭を撫でてみる。
「え、と…まさか今のは君の声…かな?」
「は、はい!私でございます!」
まさかのまさかに驚愕する。
鳥が喋った!と言うより「なんだこのファンタジー生物は!」な感動が大きい。
バスケットから飛び出した鳥はやっぱりふわふわで、尾の羽の先がうっすらと紫色だった。
「申し訳ございません!よもや王よりも目覚めが遅れてしまうなどと…!本当に申し訳ございません!処分は如何様にも!」
震えて今にも涙を溢しそうな小さな鳥に一体何の罰が必要なのか。わたしはそっとその子の頭を撫でながら怖がらせないように優しく言った。
「謝らなくて良いよ。だって君、気持ち良さそうに眠ってたから。それにわたしも君の寝顔に癒されたからね」
「しかし…」
「いいの。それにね、わたし人違いかもしれないし」
不思議そうに小さく首をかしげた鳥に私はここに来るまでの経緯を話した。森で目が覚めたところからだけど。
「貴女様は間違いなく【新たな精霊王】でございます」
それで返ってきたのはそんな言葉だった。
「何で?だってたまたま迷いこんだだけかも知れないよ?」
「それは御座いません。この地は只人には決して立ち入ることは出来ないからです」
「そうなの?」
「はい。ここは【精霊界】と平行する世界なのです。その上に神々が住まわれる【神界】があります。この地への入り口は世界中にありますが、それは容易に見付けられるものではなく、ましてやこの地の管理者である貴女様の許しなく立ち入ることはほぼ不可能です」
キリッと可愛い声で言い放つ鳥になんとなく釈然としないけど、ここは飲み飲むことにした。
「申し遅れました。私、精霊王の【守り人】を務めさせていただきます、ファムトルアと申します」
「あ、どうもどうも…」
小ささのなかにも優雅さを感じさせる仕草に思わずこちらも頭を下げてしまう。
「よろしければ貴女様のご芳名をお聞かせ願えますでしょうか」
「名前…わたしは─…」
─おとと…危うく本名を名乗ってしまうところだった。どうしよう…。う~ん…そうだなぁ…。私の名前が涙花だからファンタジーっぽくおしゃれな感じに涙を英語でティア…でどうかな。うん!ファンタジーっぽい!
「えとね、わたしの名前はティアだよ」
「ティア様!!素晴らしくお美しい響きですね!」
ファムトルアに踊りそうな勢いで誉められて、自分で考えた名前なのにそこはかとなく恥ずかしい。やめて、居たたまれない…。
行き場のない恥ずかしさを誤魔化すためにマグカップを口に寄せた。
「ところで先程からとても良い香りがしますが…そちらのお飲み物は何でございますか?」
スンスンと香りを嗅ぐような動きにわたしはマグカップをファムトルアの前に寄せてみた。
失礼します、と鼻を近付けたファムトルアは恍惚の表情でうっとりと目を閉じる。その姿が思いの外可愛くて頬が緩んだ。
「飲んでみる?」
「よろしいのですか?」
どうぞ、とマグカップを傾けるとファムトルアは狼狽えながらも嬉しそうに嘴を近付けた。
「!!」
ミルクティーを飲んだファムトルアは衝撃を受けたように目を見開き嘴を開いたまま打ち震えている。美味しくなかったのだろうか?と首を捻るとファムトルアは我に返りまたマグカップに嘴を寄せた。
「とても美味しいです!このような飲み物は初めて口にしました。一体このお飲み物は何なのですか?」
バッと顔を上げたファムトルアは興奮ぎみにわたしに近付いた。ちょこちょことテーブルを進む姿は鳥特有のものでとても可愛い。
「これはハニーロイヤルミルクティーって言うの。お茶の葉をミルクで煮出すんだよ。で、ハチミツを溶かすの」
「茶葉をミルクで!?」
カルチャーショックだと言わんばかりの驚きように私も驚いたけど、なんとお茶をミルクで煮出すなど聞いたことがないらしい。
まぁミルクティーは邪道だって言う人も居るしね。
「ティア様はまだお目覚めになられてそれほどお時間が経っては居ないと思われますが…とても博識で御座いますね!」
「……」
やめて。キラキラした瞳で見ないで。ミルクティー作っただけだよ!わたしは中身は三十路なんだよ!とは言えずにそっと視線をそらした。
「ティア様はもしやご自分で【世界の記憶】を取り込まれたのですか?」
「え、なにそれ?」
なんだろう、その大それた名前の物は。意味がわからずに首を傾げると、ファムトルアはホッとしたように肩を落とした。
「良かったです。それまで済まされておいででしたら私の【守り人】としての役目が失くなるところでした」
ファムトルアは守り人の最初の仕事がその【世界の記憶】を取り込みために導き手になることなのだと教えてくれる。
わたしはただファムトルアが教えてくれる事にふんふんと首を縦に振りながら聞いていた。
「では参りましょうか。【世界樹】へ!」
「え?」
カッ!と目映い光が床に広がる。わたし達を中心に淡い紫色の魔方陣の様なものが吹き出るように浮かび上がった。
「え!?えー!!なにごとぉ!?」
驚いて立ち上がろうとすると突然体がフワッとするような感覚に思わず目を閉じる。
次の瞬間両足が地面についた感触にゆっくりと目を開くと、目の前には見たこともないような大きな大きな、それでいて生命力に溢れた神々しい巨大な樹が聳え立っていた。