4話【プロローグ4】
鏡の中の美幼女は有り得ないがわたしだった。
─いやいや! 確かに次に生まれ変わったら可愛い顔になりたいとは願ったけど、幼女とか!
「えぇー……ん~…神様適当過ぎやしませんかね…。まぁ夢だし良いか…」
体は子供、頭脳は大人!とか…ただのロリババアじゃないか。なんだか釈然としない。実際はこんな気分なのか…とちょっとモヤモヤした。
幼女になっているのならこの家の大きさにも納得がいく。なるほど大人サイズだもんね。そりゃ大きく見えるはずだ。
「とにかく、守り人さんを探そう。起こしてあげてって頼まれたし」
さっきの男性に好きにして良いと言われたので遠慮なく捜索するぞ~と、取り敢えずこの部屋の全貌を把握しようと椅子によじ登る。行儀が悪いけどそのまま椅子の上に立ち上がった。
「わ~けっこう広いんだな~」
ぐるりと一周見渡してふとテーブルの上に置かれたバスケットが目に入った。植物の蔦で編まれているそのバスケットには水色の布が掛けられていて中身はわからない。
食べ物かな?くらいの軽い気持ちでその布取ると、真っ白でグレープフルーツ大の丸くて見た目がふわふわな物が入っていた。よく見ると何だか動いている気がする。
そっとカゴを引き寄せてくるりと向きを変えてみると、丸い物はなんと鳥だった。スヨスヨと眠っている姿がとても愛らしい。気持ち良さそうに眠っているので動物好きなわたしとしては無理に起こすのは心が痛む。そっとしておこう、と再び布を掛けてあげた。
椅子を降りると取り敢えず適当に左手にある扉のひとつに向かった。ドアノブが頭の上なので開くのがちょっと大変だ。
「ここはバスルームとトイレか…。んじゃこっちは─…なんか解らないけど沢山あるなぁ」
もうひとつの部屋はひんやりとしていて瓶詰めの物や野菜とか食べ物が沢山あった。食料備蓄庫…いや、大型冷蔵庫みたいなもののようだ。
次は右側の部屋の扉に手をかけた。
ひとつは寝室、もう一部屋は書斎だった。
「…あれ?守り人さんは何処なんだろう?」
全ての部屋を見て回ったけどそれらしい人は居ない。てか眠ってる人なんて居ない。この家の中で眠っていたのはリビングに居たバスケットの中の鳥だけだと思い出した。
「いや、あれは【人】じゃないし…」
思わすひとり突っ込みをしてしまう。
かといって他にそれらしい物も人も見当たらないので仕方無くリビングに戻り、再び椅子によじ登った。
膝立ちになってカゴに掛けられた布を捲ると、やはり鳥はすやすやと眠っていた。どうしようかと少し考えてみたものの、やっぱり無理に起こす気にはなれずそっと布を被せておく。
─…眠ってるってあの人は言ったけど、眠ってるのはこの子だけなんだよね。て事はこの子が守り人なのかな…?鳥なのに?
うんうん悩んでいても仕方無い。起きるのを待つ事に決めてわたしは書斎に向かった。読めるかどうかは解らないけど暇を潰すためだ。最悪読めなくても絵だけでも眺めてたら時間も過ぎてあの鳥も目を覚ますに違いない。
書斎には本を読むための椅子と机があったが如何せんわたしの体格は幼女。本を読むために登った所で机までの高さで本が読めないのは分かりきっていたので、わたしは適当な所に腰を下ろしその場から本を書棚から抜き出し床の上で開いた。
「え~と、…あ、これ図鑑だ」
手に取ったものは植物の図鑑だった。文字と一緒に色の付いた絵が写実的に描かれている。日本では見た事のない植物が沢山載っていたけど、中にはタンポポやヨモギなどの見た事のある物も載っていた。
そして見たこともない文字の筈なのに不思議なことに読めてしまう。なんと言うご都合主義な夢なんだろうか。わたしに優しすぎるよこの夢。
「あ、これ…あの不思議動物達が集めてきた綿の木っぽい」
【レイシュメル】─最高品質の綿がとれる綿花。花が綿になるまで二十年の歳月がかかる。市場に出回ることは殆どなく、稀少価値の高さは金と同等。
「なん…だと?」
シルクならまだしも金と同等の綿なんて聞いたことない。今更ながらこの最高の肌触りにゴクリと息を飲む。
─なんと言う恐ろしい(価値の)ワンピ!!コワッ!…大事に着よう…。
「それにしても綿がこんなに高いなんて…じゃぁ一般には何の素材の服を着てるんだろう」
ペラリと次のページを捲るとそこにもまた綿花の絵が。
けれどその綿花はわたしの着ている綿よりも黄色味のかかったベージュっぽい色だった。
【シュメル】─一般に出回る品質の安定した綿花。育てやすく山間部で栽培されることが多い。品質は扱いやすいく丈夫な為、衣服に適している。
「なるほど…綿にも種類があるのか…」
─そりゃそうか。金と同等なんて強盗からすれば襲ってくれって言ってる様なものだもんね。
一通り植物図鑑に目を通すと次の本を手に取った。次の本は料理本だ。聞いたことのない食物の名前がいくつかあったけど、日本で普通に使われている玉葱や人参、キャベツ等も材料に載っている。けど調理法は何だか眺めていても味気無さ気な物ばかりで、正直美味しそうだな~と思うものが少ない。シンプルな物が多いのだ。
食べ物の種類はとても多いのに、とても残念な気がする。
多分わたしが出汁や旨味等を知る日本人だからだろう。
暫く本を読んでいたら何だか喉が渇いた気がして、水分を取りたくなった。
─夢なのに喉が渇くとは…解せぬ。
キッチンに行けば何かあるかな?と書斎を出る。その時テーブルの上のバスケットを見たが、まだ眠っているみたいで掛けられた布が小さくゆっくり上下していた。
眠っている動物と言うのはどうしてこうも癒されるのか。わたしは頬が緩んだままキッチンへ入った。
綺麗に片付いたキッチンには水道の様な蛇口まであって、鍋やフライパン等の用具が壁に掛けられている。
高い位置に戸棚があったが、この身長では届きそうにない。
後ろには小さな食器棚があった。ガラス越しにコップが見えたのでそれを借りることにした。食器棚の脇にはスツールがあり、それを足場に食器棚からコップを取り出す。
コップをシンクに置き、スツールを移動させて蛇口を捻ると水が出てきた。日本なら長い間水道を使わないと水道管の錆が出たりするけど、これはとても綺麗な水でそのまま飲んでも問題無さそうだ。
くぴくぴ飲んでいると、頑張れば戸棚に手が届きそうな事に気が付いた。
私ならこう言う戸棚にはお茶の葉やコーヒーなんかを保存するな、と思いながら手を伸ばす。
「うん、しょ…っと」
パコッと音をさせて開いた戸棚のなかには茶葉が入っていそうな缶がいくつか並んでいた。
夢の中のお茶!と少しばかりテンションが上がり、端から順番に手に取りパカリと蓋をとる。中身は紅茶だった。
すんすんと匂いを嗅ぐ。いくつか種類の解らないけど茶葉もあったけど、アッサムとアールグレイの様な香りのする茶葉を発見した。そこでふと保冷庫にミルクがあったことを思い出す。
左手にはコンロがある。見た事のない作りだが、恐る恐るスイッチのような宝石に触れると火が点くことが解った。
─これはもうミルクティー作るしかないでしょう!
わたしはうきうきしながらミルクを取りに食料庫に向かうのだった。