3話【プロローグ3】
「う~ん…無闇に動いたら迷子にならないかな…遭難したらあんまり動かない方が良いって言うし…」
一歩踏み出したところでそんな事を思い出した。
ん?これって遭難なのか?と再び首を傾げたところで前方にさっきのワンピースを作ってくれた兎の様なリスの様な動物達が少し進んではわたしを振り返る、少し進んでは振り返るを繰り返している。
「ついて来いって言ってるの?」
こくこくと頷くと再びぴょこぴょこと木々の間を進みだしたので、半信半疑ながらもわたしも後に続くとこにしてみた。
森の中は何処まで続いているのか分からない。けれど空気がとても澄んでいて田舎にある実家を思い出す。田舎で暮らした事のある人間にしかわからない、緑のにおいがとても濃かった。
けれど森の中と言ってもじめじめした薄暗く鬱蒼としたものではなくて、この森は緑が輝いていてまるでお伽話の妖精が棲んでいそうなそんな感じだ。あ、またメルヘン思考に…。
ほんの数分もせず、開けた場所に出た。
「……!」
一瞬息を飲んだ。
目の前には巨大な幹の樹がドドーンと生えていて、その巨木には窓やら煙突やら扉が付いていて、まるで空想の世界の木の家そのものだったからだ。そう、あの有名な玩具のおうち!
「きゃ…きゃわいいぃぃ!!なにこれなにこれ~!」
思わず叫んでしまったけど、女の子なら一度は夢見たことがあるはずの木のおうち!夢の体現!それが目の前にあるのだからはしゃがずにはいられない。
可愛すぎる住居に「ここにはどんな人が住んでるんだろう?やっぱり可愛い女の子かな~」とまたもメルヘン思考に走ったところで我に返った。
こんな森の中でいくら可愛い家とは言え、人が住むには適さない場所な事くらいわたしにも分かる。現代日本なら世捨て人かはたまた身を隠す犯罪者か…。
─ひぃ!これってヤバイとこ!?
恐ろしい想像にゾワッと鳥肌がたつ。これは早々に立ち去った方が良いのではないだろうか。気軽に「ごめんくださ~い」なんて言えない。そんな勇気はない。知らない人の家に勝手に入って物色するのなんて某クエストの勇者にのみ出来る所業だ。
変なことに巻き込まれるのはごめんだ、と一歩後退りした瞬間、空から光が降り注いだ。
「!!?」
眩しくてキツく瞼を閉じる。腕で遮っていてもその眩しさは変わらないほどだった。ほんの数秒のあと、光は消えた。
ゆっくりと瞼を開くと光の粒子の様なものがキラキラと眼前で何かの形を作ってゆく。それは人の形をしていてまるでホログラムのように一人の男性を映し出した。
中性的に見えるけれどちゃんと男性だと解る。なかなかのイケメンさんだ。ゆっくりと瞼を開く彼と目が合った気がして、ドキリとした。
『初めまして』
「あ、どうも…」
柔和に微笑む彼に挨拶され、思わずわたしも変に答えてしまった。
さすがイケメン。声も良い。
『君が新たな精霊王かな? この魔法が作動してるって事はそうなんだろうね』
─はい? 今この人なんて言った?【精霊王】?
『突然の事で驚いていると思うけど、どうか許容してほしい』
「ちょちょちょ!!ちょっっと待って!! え、なに、わたしが精霊王?なにそれ…。ファンタジーじゃあるまいし…じょ、冗談ですよね…?」
優しげな雰囲気に思わず聞き入ってたけど、突然自分に突きつけられたファンタジー設定に動揺する。
いや確かに動物が服作るとかすでにファンタジー&メルヘンな事象は体験したけど…。
『あ、ちなみにこれは映像と音声を記録して写し出してるだけだから、返答は出来ません、ごめんね』
「は?」
─要は記録映像ね…普通に答えて挨拶までしちゃったじゃん!恥ずかしい!そゆ事は先に言ってよぉ!
留守番電話に気が付かず挨拶してあとで気が付いたおばあちゃんの気持ちだよ。あの時は笑ってごめんねおばあちゃん…。
思わず赤面して、そう言えば誰も周りに居なかったっけ、と開き直る。わたしの側には謎動物しかいない!
『この家はわたしが使っていたものだけど、保存のために時間停止の魔法をかけてあるから痛んではいないと思う。君の好きにすると良いよ』
「時間停止…魔法…またもやファンタジー要素が…」
『色々と知りたいことや聞きたいことがあると思うけど、詳しくは家の中に居る守り人に聞いてね。多分まだ眠ってると思うから起こしてあげて? この魔法が消えると家にかけた時間停止の魔法が解かれるようにしてある。
─じゃぁね。新しき精霊の王に至上の幸多からんことを─』
最後に彼はにこりと微笑んだ。
その瞬間まるで彼の姿は最初見た光の粒子のようになり空に舞い上がったと思えば空中で弾け、その光の粒が雪の様に辺り一面に降り注いだ。
「ホントに魔法みたい…」
降り注ぐ光を見ながらわたしはそう溢した。
これが魔法だと言われればそう見えなくもないけど、リアル三十路にはにわかには信じられないのだ。
─うん。やっぱ夢だコレ。なんと言うリアルな夢なんだ。
漫画やアニメは架空の物語なのだ。よってその話の中に存在する魔法も物語のなかだけのもので現実には存在しない。そんな事は誰もが解っている。
夢は本人の願望を映すって言うけど、わたしの深層心理がこんなファンタジー世界を望んでいるなんて…。誰にも知られる事のない夢の中だから良いものの、人に知られたら恥ずかしさでマントルまで沈みそうだ。
「まぁ取り敢えず家の中に入ろうかな…。どうせ夢だし、恥ずかしくても誰もいないからわたしの尊厳は守られる!」
もう完全に開き直ったわたしは『どうにでもなるさ』と扉に向かって歩きだした。
「…ん?あれ? なんか…この扉かなり大きいような…?」
近付くとその扉がかなりの大きさであることが解った。まるで巨人でも潜れそうな程の高さと幅があるのだ。ドアノブもわたしの頭上だ。
手を伸ばしノブを掴み扉を開くと、入ってすぐの部屋にテーブルに椅子が3脚、それから奥にはキッチンが有り左右に各二つの扉が合った。ただどれもが大きい!どんな巨人が住んでいたんだと恐々としながら足を踏み入れる。
さっきの映像の男の人は普通サイズだと思っていたけど、実は巨人だったのだろうか、とキョロキョロしながらも無意識に拳を強く握っていた。
「そだ…確か【守り人】…だっけ? も、守り人さぁーん…起きてます──」
家に入って呼び掛けた瞬間、左手に姿見があったのだけど、その鏡の中に写るものにわたしは声を詰まらせた。
小さな女の子だった。寧ろ幼女。五歳位だろうか。綺麗な銀髪に大きな目。瞳は虹色に輝いている。まさに美幼女。この子が守り人さんかな?
「あ。どうも、お邪魔してます~」
幼女に頭を下げると同時に鏡の中の幼女もわたしに向かって丁寧に頭を下げた。
これはこれはご丁寧に…と感心して顔を上げると向こうも顔を同時に上げる。
─…ん?ん~んんん?!?!
にこりと引きつった笑みを浮かべると向こうも同じ様に笑う。バッ!と両手を上げると向こうも同じ動きをしたのだ。秒の狂いもなく。
「う、うそ…でしょ…?」
よろよろと鏡にしがみつくと、鏡の向こうの幼女も鏡にしがみついた。頬を、顔を手で引っ張ったり押し潰したり鏡の中と同じ動きの幼女に、両頬を引っ張ったままの間抜けな姿のまま、わたしは呆然と立ち尽くすのだった。