2話【プロローグ2】
わたしはひねくれている、というよりは何か色々拗らせてる。と思う。
…自分に自信がないから。
嫌われたくなくて聞き分けの良いふりして、良い女ぶって、そのくせ変に意地っ張りで…。
だからこんな事が目の前で起こっても表面上笑って許すのだ。
「…そっか。好きな人ができたんだね。じゃあ別れようか。あ、後ろめたいだなんて思わないで?わたしじゃ貴方を幸せにしてあげられないの自分で分かってたから。だから貴方が幸せになれるならわたしは全然構わないよ」
彼は申し訳なさそうな、それでいてホッとした様な表情で去っていった。
そう、わたしは彼にとってとても都合良い(仮)彼女のようなものだったのだ。
実際私も何となく割りきっていた。
わたしは美人でもないし可愛くもない。流行りのちょうど良いブスなのだと自分で思う。
スタイルだって良くないし、デブじゃないけど、どちらかと言えばおじさまが好むぽっちゃり体型だ。
そんなぽっちゃりのわたしの体の唯一の武器が標準より少しおっきな胸。何とEカップ。これでスタイルが良ければ某3世がメロメロの彼女にでもなれそうなものだけど、わたしには至るところに肉が多する。無理だ。
「……帰って昨日作ったケーキ食~べよっと」
昨日作ったケーキ。それはわたしの30歳の誕生日のケーキ。彼にお祝いされながら食べる筈だったケーキ。
そう思うと何だか無性に腹が立ってきたな。
感傷に浸るタイプじゃないので家に付いて冷蔵庫から取り出した
ホールケーキをテーブルに叩き付けるように置いた。クリームが跳ねたけど気にせずフォークを突き刺す。
そこであぁそう言えば…と冷蔵庫からシャンパンを取り出した。
事前に買って置いた物だけど、わたしはお酒にすごく弱いのでそれは彼に飲ませるためのものだったんだけど…まぁ良いや。たまには一人酒でも悪くない!呑んだらぁ!
まさかそのシャンパンがとんでもない事をわたしにもたらすなんて、この時全く知らなかったのだった。
端折って言えば、わたしは呑めもしないアルコールの摂取で急性アルコール中毒で天に召されたのでした。
──…誰かがわたしの回りで泣いてる…。あぁ、お父さんとお母さんかな…?
ごめんね。親不孝な娘で。
わたしの死亡保険金で世界一周でもしてくるといいよ。
そんで綺麗な海にでもこっそり散骨しといて~。
心残りは…あと数日で発売されるBがLの新刊が読めないことかな。
くそぅ、一年ぶりの続編だったのにぃぃ。
必死で普通のOLに擬態してオタを隠して生きてきたけど、それも終わりかぁ。
はぁ…神様。せめて今度生まれ変わるときは可愛い顔で生まれたいです…。
もしくはもう恋愛なんかに関わることがない様なド辺鄙な田舎で悠々自適にナメクジみたいにデロ~ンと静かに暮らしたいわぁ…。
─『ピーッ、ピッピッ、ピピーー!』
何処からか小鳥のさえずりが聞こえる。
田舎にある実家ならともかく、都心でこんなに鳥の声が聞こえるなんて…世界の緑化も少しずつだけど進んで小鳥も増えてるんだな。
─なんて。
そんなわけない。
「──!!」
ガバッと身を起こすとあり得ない風景が広がっていた。
「は……?え、なに…?─ここどこ!!?」
目の前は見渡す限り緑で溢れ返ってる。どう見てもここは元居た場所じゃない。
立ち並ぶ木々は日の光を浴びてキラキラと輝いていた。その木々の枝には見たこともない鳥や小さな動物が並びこちらを見下ろしている。木の根元にある草花も生き生きと輝いて見えた。
お尻の下の苔もふかふかで柔らかく、まるで上質なクッションのようだ。
「と、とにかく状況を整理しなくちゃ…!」
─取り敢えず少し歩いてここが何処なのか確認しないと!
よいしょ、といつも口に出しそうな年齢なのになぜかスッと立ち上がれた。いつもより体が軽い。そして何だがスースーする。ふと視線を下へ移してみた。
「ひぃぃぃ!何で裸なのー!!?」
慌てて腕を胸元で交差させしゃがみこむ。そして気付いてしまった。─有ったはずの『モノ』が無くなっていることに。
「のぉぉぉ!?な、なんじゃこりゃ!!」
夕陽に吠える勢いでペタペタと胸を触っても無いものはなかった。
─わたしの…わたしの唯一の武器だったEカップがぁ…。
ガックリと膝をついてorzな体勢に崩れた私の背中から髪が滑り落ちる。それは艶々した美しい銀色の髪だった。
「…なに、コレ。 ウィッグ…?」
よもや私は森の中でマッパでコスプレしているのだろうか。と痛すぎる状況に気分が沈む。
無くなった胸の事を一瞬忘れてそう思ってしまった。
「いやいやいやいや…さすがに無い。森の中でマッパでコスプレ祭りとか……取り敢えずこの長ったらしいウィッグ邪魔─痛った!」
ウィッグだと思い込んだ髪の毛を掴んで思い切り引っ張ると頭皮に激痛が走った。
え?まさかピンで止まってるの?と頭皮に指を差し込んでみたけど、それらしいものはなくようやくその髪が自分の頭皮から生えているものだとわかった。
「…どゆこと?」
だってあり得ない。私の地毛は濃茶のくるくる天パなんだもん。ヘアアイロン無しじゃサラサラストレートなんて絶対になり得ない。それにこんな髪色は日本人の髪じゃ絶対に出せない色だ。髪の染色の事はそこまで詳しくないわたしでもそれくらいは解る。
「はっ!これは夢だ!」
そう思い至って「わたしよ起きろ!」と頬をつねったけどただ痛いだけだった…。
それに目覚める前の最後の記憶では恐らくわたしは死んだはず…。
しかし、今は何よりもこの黒歴史になりそうな状況をどうにかしなくては。誰かに見つかる前に何か体を隠せそうな物を見付けよう。それから探索だ。いくら人気の無い森の中でもマッパで闊歩出来るほどわたしのメンタルは強くないのだから。
「ね、ねぇ…あなた達…その、何でも良いからこの辺に体を隠せるものとか、ない…かな…?……ハハハ、ないよね~?てか動物に何言ってんのわたし…」
─いくら周りに誰も居ないからって何に話しかけてるのわたし…。ヤバイ…本格的に落ち込んできた。
乾いた笑いが虚しく口を吐く。
ふと見上げると動物同士が顔を見合わせ何か言っている。そして何匹かの動物が森の奥へと姿を消し、数分後どっさりと何かを咥えて戻ってきた。
兎の様なリスの様な小さな不思議な動物達は次々にそれをわたしの前に積み上げ、「キュ?」と首を傾げる。
可愛いしぐさにキュンとするけど、積み上げられた物の前ではわたしもこの子達と同様に首を傾げるしかなかった。だってどう見てもただのモコモコの綿毛なんだもの。これをどうしろと?
「えぇと…コレ、は…ちょっと…」
困った。だって言葉が通じているのかいないのかは解らないけど、多分善意で持ってきてくれたものにケチをつけてるみたいで居たたまれない。
ツンツンと指先でつついてみても本当にただの綿なのだ。綿花みたいな物の山に変わりはないし、どうしたら良いのだろうか。
「キュ!キュキュン!」
「キューー!」
なに言ってるのか全然解らないけど、仲間内で話し合いのように鳴いている。それをただ見ていると、森の中から同じ動物が20匹位の集団で掛けてきた。
やって来た動物達は綿の山を囲み、キュンキュン鳴いたかと思えば一斉に動き出したのだった。
小さな手が器用に細かく動いていて、綿の山を次々に編み込み皆で一枚の布のような物を作っている。
「すごい…」
呆気に取られて見ているとその中の一匹がわたしの体を回るようにかけ上がってきた。まるで風のようにさっと皮膚を移動する。
「わわっ、くすぐったい!」
「キュン!」
肩までたどり着いたその動物はそこから再び輪の中に飛び込み作業を再開した。
それから数分後─。
「わ…すごい!」
語彙力低くてアレだけど、本当にすごいとしか言えない。
だってただの綿の山だったものが、シンプルでノースリーブなワンピースになったんだもん。
手に取ると少し厚手なコットン生地で手触りは最高に良い。
「キュキュ?」
「わたしの為に作ってくれたの?」
わたしの前に並ぶ動物達は、わたしの言葉が理解できるのかどうかは解らないけど皆こくこくと頷いている。
「ありがとう。早速着てみるね」
くすぐったいような照れ臭さと嬉しさにお礼を口にすると、動物達も嬉しそうにその場で跳ねたりくるくる回ったりと忙しい。
ふわふわのワンピースを頭から被り腕を通すと、驚くことにわたしにピッタリのサイズだった。
すごい!と感心すると共に、そういえば製作途中に一匹がわたしの体を回るように掛け上がった事を思い出した。そうか…あれは体のサイズを測っていたのか…と感服させられる。
それに驚くほど肌触りが良い!現代日本のインナーも肌触りは最高だったけど、これは別格だ。
─こんな最高に着心地の良いワンピースを作れるなんて、この子達は何者?まさか森の妖精さん!?
「………ヤバイ。わたしの性能の良くないポンコツ脳が現状を理解出来なくてメルヘン思考になってきてる…」
まぁメルヘンは置いといて、取り替えず探索しますか…。
あと、パンツがあればもっと最高なのにな。