16話【おはようございます】
「ところでティア様」
「なぁに?ファム」
皆でごはんが終わるとファムがジト目でこちらを見てくる。
彼が言いたいことは何となく解っていた。
「人間と食事を共にしたのはまぁ良いでしょう…。ですが、何故!その者と密にしているのですか!!」
ビシィ!とファムが羽で私の背後を指す。
スツールに座ったままのわたしの背後ではクロエが櫛と髪紐を手に、わたしの髪を可愛く結わえてくれていた。
「何故って言われても…クロエとわたしはお友達になったから、だけど?」
「!!!!?」
効果音が聞こえたなら正に『ガーン!』といったところだろうか。ファムの口から魂みたいなものが出てきそうなそんなに感じである。
「友、達…」
クロエは嬉しそうにそう溢したけれど、ファムはテーブルの上でぽてっと横に倒れてしまった。「うぅぅ…人間が…ティア様の…」と泣きながらぶつぶつ呟いている。
─これは拗ねるやつ…かな?
わたしは両手を伸ばしてファムを抱き上げる。
抱き上げられたままスンスンと鼻を鳴らす姿は不謹慎だけど可愛く見えてしまった。
「クロエはお友達だけど、ファムはわたしの家族、でしょ?」
家族、をちょっと強調して言うと涙がピタリと止まり、ぱぁ~とお花が飛びそうなほど照れだした。横に倒れたままで。
「ファムがわたしを大切に想ってくれているのはとっても嬉しいけど、わたしだってお友達が欲しいんだよ」
女の子同士じゃなきゃ話せないことだってあるんだから、と言うとファムはぴょこっと立ち上がり、わざとらしい咳払いをして「そうですね」と腑に落ちないながらも許容してくれた。
「ファム殿は本当にティアが大好きなのね」
「そうだよ~。わたしもファムだぁ~いすき!」
空気を読んだクロエの言葉に盛大に乗っかったお陰で、ファムの機嫌はぐんぐん上がってゆく。
わたしの好きなものも好きになってほしいとは言わないけど、この調子でファムが人間に心を開いてくれる日が来るといいな。
その後、魔の森に入って行方不明だった全員が無事に森の外に出た事を、使いに出した精霊が知らせに来たとファムが教えてくれた。
その知らせを聞いて三人は心底安心したようだ。
夜。
この精霊の森も例外なく夜はやってくる。
ただそこかしこに光の粒が飛び交っているので辺りは仄かに明るくまるで蛍のようだ。
その一粒一粒がこれから精霊になる卵のような物で、これから時間をかけて成長してゆく。
わたしの樹の家から少し離れた場所には苔のベッドにシーツを敷いて横になる四つの影があった。
みんなで団長さんを囲んで眠っている。
とても疲れていたのか、食事をとって暫くするとみんな倒れるように眠ってしまった。
わたしはそーっとみんなの様子を見に来ていた。
眠りが深いのか、それともここに警戒するものが居ないからか、彼等は目が覚めない。
眠っている団長さんの名前はクリードさん。
眠っている彼の横に膝立ちでしゃがみこみ、こっそり魔法をかける。怪我を治すためのものじゃなくて、体を元気にするための回復魔法だ。飲まない栄養剤、てところだろうか。
「はやく元気になってみんなを安心させてあげてね」
そしてあわよくばわたしの目の保養になってね、と願う。下心ありありだ。わたしは筋肉が見たい!
そして立ち上がろうとした時、彼の瞼がぴくりと震えゆっくりと開いてゆく。
うっすらと開いた眼は夜なので虹彩の色はわからなかった。
精悍かと思われた顔付きも、目覚めると少し違ったものに見える。確かに精悍なのは違いないけれど、目覚めた彼はとても優しい雰囲気を纏う人だった。
ぼんやりと辺りを見ていた双眸がわたしにたどり着く。
一瞬だけ驚きに目を開いたクリードさんは何かを伝えようと口を開きかけたが、わたしは人差し指を自分の唇に当ててそれを止めた。
「─お話なら明日聞くから。今は皆のためにもゆっくり休んで、体力を回復させてね」
小さく囁くと、クリードさんは深く息を吐きそのまま沈むように眠りに落ちた。
わたしはそっと立ち上がり家の中へ入る。
明日は栄養の付くお野菜のポトフでも作ろう。
そう考えながらわたしも眠ることにした。
翌朝。
いつも通りに起きて朝食の準備をしようとして思い出した。
そう言えばお客様がいたんだっけ、と。
「クロエに手伝って貰おうかな」
作る分量が多いのでお鍋も大きなものを使わないといけない。だったら手伝ってもらえれば早く出来上がるし効率もいい。
わたしは家を出ると昨夜四人が眠っていた方へ視線を向ける。四人は全員が起きていて、クリードさんだけ半身を起こして苔クッションに凭れて座っていた。その横顔を見て血色が良くなっていたので安心する。
一番にわたしに気付いたクロエが走り寄った。
「おはようクロエ」
「おはよう、ティア」
疲れが取れたのか、クロエの笑顔も昨日よりいきいきとしている。わたしはクロエと共にクリードさん達の方へ向かった。
初めて明るい場所で見たクリードさんはわたしにお日様のような柔らかい笑みを浮かべた。昨日は解らなかった瞳の色が今日ははっきりと解る。ルードと同じエメラルドグリーンだ。でもルードよりちょっとだけ明るいかな?髪の色もルードより落ち着いた金髪だ。
立ち上がろうとしたクリードさんをダルケンが止める。
「まだ立ち眩みがするようですので…このままお話させて頂いても宜しいですか?」
わたしを窺うようにダルケンが言う。
「ダルケン、大袈裟だ。私はもう大丈夫だから─」
「ダメです!」
ピシャリとはねのけられクリードさんは苦笑を浮かべながら大人しくなる。
「このような格好で大変申し訳ありません」
クリードさんは双眸を閉じ軽く、けれど重く頭を垂れる。そんなに畏まらなくてもいいのにな。
「気にしないで。それよりごはんは食べられそうですか?」
「あ、はい。食欲はあります」
「よかったぁ。 じゃぁクロエ。お手伝いお願いしてもいい?」
食欲があるなら体調もすぐに良くなるだろう。ごはんを食べられないのって本当に体調が極限に悪いときだから。
わたしはクロエの手を引いて家の方へ歩き出した。
背後ではルードとダルケンがわたしのごはんを絶賛しているのが聞こえる。食べたことがなかった醤油という調味料の虜になったようだ。
「朝ごはんはポトフにするつもりだけど、クロエは嫌いな野菜ある? あとは─昨日の角煮がまだ残ってるし、角煮サンドも追加しよっか。 あ、でも朝からお肉は重いかな?」
クロエの目が輝いた。死ぬほど美味しいって言ってくれてたし、ここに居る間はあるだけ食べてくれてわたしは構わないと思っている。
「嫌いなものは無いわ。みんなも嫌いなものは無かったと思うし、と言うかティアが作った食事が美味しいのは昨日実証されたから私は凄く期待しちゃってるかも」
「わたしが作ってるのはただの家庭料理だよ。でも美味しいって言ってもらえると凄く嬉しい」
それにクロエが手伝ってくれるととても助かるよ、と伝えるとクロエは小さくはにかんだ。
食料庫からたくさんの種類の野菜をキッチンに運び、ふたりでそれをサイコロ状に切ってゆく。固い野菜をクロエが引き受けてくれたので、私はブロッコリーやたまねぎ等の包丁が通りやすい野菜を担当した。
子供の力だとかなり気合いを入れないとニンジンが切れないから本当に助かる。
クロエに少し大きめのお鍋にオリーブ油っぽい油を熱してたまねぎを先に炒めて貰った。たまねぎを炒めるときの香ばしい香りってたまんないよねぇ。
そこにちょっと分厚く切った一口サイズのベーコンを投入。
火の通りにくい根菜から順に加えて炒めて野菜の角が少し透明になったらお水を加える。
─葉野菜はお湯から、根菜は水から茹でるっておばあちゃんに教えて貰ったからちゃんと守ってるよ。
沸騰したら火加減そのままで灰汁が中心に寄るから掬い取る。
弱火で20分コトコト煮て最後にブロッコリーを加えて塩と胡椒で味を整えれば時短お野菜たっぷりポトフの完成だ。
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