15話【みんなで食べるごはん】
「それにしても…こちらの肉煮込みは見たことがない料理ですね」
立ち上る湯気をスンスンと嗅いだクロエがどこかソワソワしながら振り向いた。
とても美人さんなクロエだが意外に食いしん坊なのかも知れないと思うと少し親近感が湧く。
実の所、わたしもファムもそんなに食事をしなくても大丈夫な方だ。精霊や妖精の好物はミルクや蜂蜜、それにバターやチーズといった乳製品なのだ。
たまーにそれらを口にするだけで暫くは大丈夫なんだけど、わたしの記憶が元々人間だったせいか食欲だけはモリモリである。それに釣られたのかファムも最近はとても食いしん坊さんになってしまった。
唯一の救いが食べた分がわたしの中で魔力に変換されるので、肉体的に太らないということだけ。
なのでわたしは人間の様に体内に魔力を備蓄してある。名付けて【ぽんぽん魔力タンク】。
万が一精霊界との魔力回路が使用できない事態になった時の為にお腹にこつこつ魔力貯金している。
そしてこのクリームシチューも角煮もどきもわたしのぽんぽん魔力貯金になるのだった。ふふふ。
「それね、角煮っていう料理だよ。お肉を甘辛く煮てあるからパンに挟んで食べても美味しいよ」
「カクニ…ですか。聞いたことがありませんが…とても食欲をそそる香りですね」
クロエの瞳が心なしかキラキラしている。
日本人の味とも言える醤油だけど、先代さんコレクションの中にとても良く似た物があった。ファムが言うには遠い異国の品で先代さんが行商人から買ったそうだ。
醤油があると料理の幅が広がるもんね。無くなる前に是非ともゲットしておかなければならない。
「その、ティア、さまはとてもお料理がお上手なのですね」
ぎこちなく名前を呼ばれてわたしは訳も解らず少し寂しく感じてしまった。
─そか。わたしは精霊王だから彼女達からすれば尊ぶものなのか…。
解っていても人間と精霊では立場が違うんだな…と嘆息が漏れる。
しかしそこでふと思い出した。
アレ?先代さんもマグナスさんとお友達じゃなかったっけ?と。
─だったらわたしが人間と仲良くしても何も問題なくない!?
そう考えに至るとわたしは早速行動に移すことに決めた。
そう─友達勧誘である!
─だってわたしクロエがどストライクなんだもん。 是非ともお友達になってほしい!
「ねぇねぇ、クロエ…って呼んでもいい?」
わたしは出来るだけ可愛く見えるように彼女を見上げて小首を傾げてみた。
目を見開いたクロエの手からお玉が離れカラン…と鍋の縁に当たる。
「……」
反応がない。おかしい。
「…ダメ?」
もうひと押し、と今度は逆の方へ首を傾げてみた。
「……!!!」
まるで雷に打たれたように震えたクロエが慌ててわたしに向かって頭を下げた。
なにごと!?と身構える。
「う、嬉しいです!是非!ありがとうございます!」
え、そんなに激しく喜ばれると逆に吃驚するんですけど…とは言えなかった。
─けどまぁ…ひとり目、ゲットだぜ!ふひひ。
わたしは某モンスターを捕獲した少年のように胸中で叫んでいたのだった。
「じゃぁわたしの事もティアって呼んでね?」
「そんな恐れお─」
「あとね!敬語も禁止でお友達に話すように話してほしいな!」
呼び捨てを辞退しそうな言葉を遮ってわたしは満面の笑顔で畳み掛ける。
言葉を遮られたクロエは鯉のように口をパクパクさせていた。
「わたしの初めてのお友達になってよ、クロエ」
獲物を狙う顔をにっこり笑顔で隠しわたしは両手を組んでクロエに迫る。純真な幼女の見掛けに騙されてクロエはあわあわとしていた。
うるうると暫く見上げていると、根負けしたのかクロエはガックリと肩を落とし「はい…」と小さく答えた。
わたしは見えない位置でグッ!とガッツポーズしたのだった。
わたしは未だにこの顔が自分に張り付いているのに慣れない。鏡を見るたびについペタペタと確認してしまうくらいだ。
見た目は可憐な美幼女。わたしだってこんな顔の幼女にお願いされたらコロリと騙されて何でも言う事を聞いてしまいそうだ。ナルシストって訳じゃないけどそれくらい今の顔は可愛いのだ。
そしてクロエの件でわたしは確信してしまった。
─可愛い幼女は武器だ!
と…。
「ティアさ─ティア、シチューは鍋のまま持っていっても良い、の、?」
「うん」
クロエがたどたどしく時々躓きながら話す。
あの後わたしの名前を敬称なしで30回位呼んで慣れてもらおうとしたけどなかなか難しいみたいで、その様子が何故かわたしには可愛く見えた。
クロエに鍋を運んでもらいわたしは軽いものを運ぶ。
わたしの体は精霊王だからといってチート仕様ではなく本当に幼女仕様なので、重いものは運べないし決して頑丈でもない。肉体の構造はもちろん痛覚等の感覚も人間と同じで、転ぶと痛いし血だって出るから気を付けなくてはいけない。
重い鍋を運んで途中転んだりしたら大火傷、なんて本当に笑えないのだ。
外を見るとファムの用意してくれたテーブルにクロエが鍋を乗せていた。ルードとダルケンは鍋の中のシチューを見て目を輝かせている。それに対してダルケンの頭の上でファムが得意気に胸を張っていたので可笑しくて吹き出してしまった。
「二人とも待ちきれないみたい」
「お口に合うといいんだけどね」
戻ってきたクロエがクスクスと笑いながら角煮の鍋も運んでゆく。その鍋を覗き混んだ二人は不思議そうな顔をしながらも角煮の香りを吸い込むと驚きに瞬いた。
クロエのお陰で手早く食事の用意ができ、わたしを含む四人で切り株のスツールに腰掛ける。
「どうぞ、めしあげれ」
わたしの声に其々が礼を述べクリームシチューを口に運んでゆく。一口目を噛み締めるように味わったかと思うと三人の食べるスピードが上がった。
少しお腹に食べ物が入ると落ち着いたのか、三人の食事スピードは緩やかなものに変わる。味わうように食べてくれるのを見ていると自然と頬が緩んだ。
自分が作ったものを美味しそうに食べてくれるのはとても嬉しい。
わたしはスライスしたバゲットに辛子マヨを塗って角煮と葉野菜を挟んだ。それをふたつ作ってひとつをファムの前に置く。
実はファムは数日前に角煮を作っていたときから食べるのをずっと楽しみにしていたのだ。
ハグハグと器用に一心不乱に食べている姿が微笑ましい。
鳥なのに肉食べるんだ…と思ったことは胸にしまっておこう。
「どうしようティア!」
突然クロエが声を上げたので何事かと肩が跳ねた。
他のふたりも口にスプーンを運ぶ手前で固まっている。
「どうしたの?クロエ」
クロエは真剣な表情でフォークを握りしめたまま絞り出すように言った。
「カクニが…カクニが!─死にそうなほど美味しい…!!」
気のせいかクロエの背後に「我が人生に一片の悔い無し」と書かれた幟が見えた気がした。
え、そんなに美味しいの?とルードとダルケンは切り分けられた角煮を口に運んだ。
口に食んだ瞬間ふたりの時間が止まる。
「僕達が今まで食べてきたものは何だったんだ…!」
「私はこれから何を食べて生きて行けばいいんでしょうか…」
ふたりとも額に手を当て嘆くように言葉を吐き出した。ルードに至っては一人称が『僕』になっている。恐らく素なんだろう。
わたしを真似て角煮サンドを作り口にした三人の反応も凄かった。わたしの作ったごはんを食べながら感涙に咽ぶダルケンに若干引いたのは内緒にしておこう。
角煮って美味しいよね(^q^)って話でした笑
ブクマありがとうございます(〃ω〃)
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