14話【可愛い人】
世界中にある普通の森と魔の森。
精霊の森への入り口は割りとそこかしこにある。と言うか魔法で出入り口を作るので、わたしとしてはそう言う解釈になる。
まぁ森の中限定であちこちにどこへでも出られる扉を作るイメージだ。転移とは違う。
けれど人間の間では『魔の森を抜けた先に精霊王が居られる森がある』と口伝えでの伝承が永く伝わっているらしい。
要は『魔の森も抜けられないような弱者が精霊王に目通りが許されるなんて片腹痛いわ』と言う、言わば精霊王への俺TUEEEダロ?ダロォ?自己アピールみたいなもののようだ。
なんじゃそりゃ。
むしろ余計に扉開きたくなくなるわ。
そもそも魔の森は魔の森。普通の森は普通の森で、別に森を越えたからといってそこに精霊の森がある訳じゃない。
ついでに言えば精霊王の許しがない限りはこの場所に立ち入ることさえ出来ないのに、どうしてそんな事実の歪んだ伝承が永い間信じられているのか謎だ。
「───と言う訳で、どれだけ魔の森を制覇したところで此処へは辿り着けないよ」
「人間は愚かですね。そのような出所のわからない戯れ言に踊らされるとは」
「こら、ファム。そういう事言わないの」
ファムが聞こえてませんと言わんばかりにスンとそっぽを向く。どうあっても人間には謝りたくないらしい。
「もう。ファムってば…。 でもまぁ、事実はそうだから、戻ったら皆にそう言っといて」
三人は事の真相を知り愕然としていた。それはそうだろう。ずっと信じられていた言わば伝説のような物が根底から覆されたのだから。他ならぬ精霊王によって。
「解りました。そのように伝えます」
複雑な表情はしていたが三人は一同に頷きダルケンが答えた。
「それで…何か呪いを解く方法をご存知ありませんか?」
クロエが祈るような思いで問う。
わたしは目を閉じて「う~ん…」と頭の中の【世界の記憶】を覗いてゆく。わりと膨大な量の資料を読んでいるイメージだ。まだ見たことのない情報なので、何処に何があるのか把握しきれていないのだ
─これは時間がかかりそうだなぁ…。
「─…ちょっと時間をくれる?」
目を開いてそう言うと、不安げに見つめていた彼らにパッと喜色が浮かんだ。
「ありがとうございます!」
「まだお礼を言われるような事はしてないから、お礼は解呪の方法が解ってから言ってね」
それでも、と彼等はわたしに感謝を述べる。彼らにとってわたしの情報は蜘蛛の糸なのかも知れない。出来るだけ早く見付けてあげたいものだ。
「─よし、それじゃお茶にしましょう。それより食事の方がいいかな?お腹すいてる?」
わたしの提案に三人も、ファムまでキョトンとしてしまった。
「ティア様!?何を突然…!」
ハッと我に返ったファムがバサバサと羽をはためかせ抗議の声を上げる。
「だってみんな疲れてるみたいだし。それに誰かのために頑張れる人、わたしは好きだよ」
部隊の何人の人が命令で魔の森に入ったのかはわからない。中には王命で逆らえない人もいただろう。けれどわたしには目の前の三人が命令だけで森に入ったとは思えなかった。
三人にとってマグナスという人は前王である前にとても大切な人に思えた。理由を聞かなくても顔を見れば何となくわかる。
勿論、わたしのために頑張ってくれるファムも大好きだよ。と付け加えて機嫌を取る事も忘れない。
ファムは口をつぐむとハァ…と溜め息を吐き諦めたように項垂れた。
その時、グウゥ~っと誰かのお腹の音が聞こえた。誰のお腹の音なのかは顔を見れば一目瞭然で、クロエは顔を両手で覆っていた。赤くなっている耳を見れば彼女のお腹の虫だとわかる。美人の照れる顔は破壊力抜群だ。
「す、すみません…。補給部隊とはぐれてから丸一日ほど何も食べていなかったもので…」
「それは…大変だったんだね」
ごはんを食べるって生物にとって当たり前の事で、それが出来ないのは一種のストレスだもんね。
お腹いっぱいになれば穏やかな気分になれる。
「この中にお料理出来る人は居る?」
「それなら私が…」
わたしの問いかけにクロエがおずおずと片手を小さく上げた。得意ではありませんが一応できます、と。
「それなら手伝ってくれると嬉しいな。 あ、ファムは庭にテーブルと椅子を用意しておいて。団長さんだけ外に置いとくわけにいかないでしょ?」
「わかりました」
ファムは私から離れ、ダルケンの頭の上に飛び移った。「ほら、貴殿方も手伝うのですよ」と嘴でゴスゴスとつつかれてダルケンは痛そうに悲鳴を上げている。本当に痛そうだ。
それを背にわたしはクロエを連れて家に入る。
小さく「おじゃまします」と聞こえて、美人さんは礼儀も正しいんだなと感心した。
「温めるだけの物が多いから、もう少し我慢してね」
「いえ、そんな…お気遣いありがとうございます」
クロエは珍しいものでも見るようにキョロキョロと家の中を見ている。わたしにはこの家はとても可愛い造りだと思うけど、他所では違うのだろうか。
「わたし、人間の棲んでる家って見たことないんだけど、やっぱりここは変なの?」
「い、いえ!そんなことはありません。ただ…その、何と言うか、幼い頃に読んだ物語の中に居るみたいで、年甲斐もなく胸が高鳴りまして…」
そう言ってはにかんだ彼女の顔は、わたしが男なら確実に胸を撃ち抜かれるほど可愛かった。美人な上に可愛いとか…反則過ぎる。
クロエに食料庫から寸胴鍋を二つ運んで貰いコンロに並べて火を点けた。ひとつはクリームシチュー、もうひとつは角煮もどきだ。ちなみに何の肉かは知らない。取り敢えず豚肉っぽかった。
この家で暮らすようになって気が付いたのだが、この家の食料庫は保存の魔法がかかっていた。
この家に最初にかけられていた魔法とは別で、食料庫自体が一種の魔道具の様なものらしく、中は時間が止まっているので食べ物が腐るという事がない。なのでわたしは沢山の作り置きをしてあるのだ。
先代さんが沢山の食料を保存してくれていたのでわたしは涙花の知識をおおいに活用した。思い付く限りのものを今ある材料で作れるものを作って保存してあるので、料理が面倒な時なんかは大活躍である。
それもこれも食いしん坊の先代さんが調味料や香辛料なんかを集めておいてくれたからだ。ありがとう、先代さん。
クロエにシチューを焦がさないようにぐるぐる混ぜてもらっている間、わたしは食料庫から瓶詰めにしたキャロットラペを運んできた。
それをテーブルに置き、再び食料庫へ入り大きなバスケットに入ったバゲットを持ち出す。食料庫から出てきたわたしに気が付いたクロエが慌てて駆け寄り、バスケットを持ち上げてくれた。
キッチンの奥にある簡易竈でバゲットを軽くリベイクしてクロエがスライスし、またバスケットに戻す。
「得意じゃないって言ってたけど、手慣れてるんだね」
「一応淑女のたしなみとして一通りは教わっています。ですが私はどちらかと言えば体を動かす方が好きでして…正直な所、料理はここ数年まともにしておりません」
照れながら微笑み返してくるクロエに同性ながらきゅんとした。
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