10話【そうだ、服を作ろう】
「うぅぅ~ん……ふぁ~。よく寝た~…」
気持ちのいい朝が今日もやって来た。
昨日は色々と精神的にも疲れたので早めに就寝したのが良かったのか、朝までぐっすりと眠ることができた。それもこれもふわふわのお布団のお陰でもある。
そう。このお布団も例の綿花で作られたもの。
寝心地が悪いわけがない。
価格を思うとガラリと寝心地が悪くなるけどね…。
「ファム~おはよう~」
「おはようございます。よく眠っておられたので起こしませんでしたが…気持ちよく眠れましたか?」
「うん!気分爽快」
「それはよかったです」
笑顔のファムにわたしも笑顔で返す。
わたしがこの世界で生まれてから、今やこれが日常の光景だ。
朝食を済ませてわたしは寝室のクローゼットへ向かった。
中には成人男性サイズの服しかない。シンプルなシャツにアンクルパンツ…かな?わりとカジュアルな感じの服ばかりだ。
「う~ん…シャツなら何とかなりそう…かな…?」
今現在、わたしには着替えがない。
下着の替えは何枚かあるが、普段着が一枚もないのだ。
まさに服難民、という状況だったりする。
なので前精霊王さんが残してくれている服をリメイクしようと決めた。幸い涙花はド田舎出身で就職して上京するまで近所に遊ぶ場所もなかったため、インドアで出来るものは一通りやっている。お裁縫、編み物、料理、何でもござれだ。
かと言ってアウトドアが嫌いな訳じゃない。
田舎に限らず猟期と言うものがある。要は野生の動物を狩る事ができる定められた期間だ。
涙花の実家の田舎では猪や鹿、雉等の鳥類をその家々で捌いていたので当然わたしも出来る。
初めての彼氏を連れて実家に帰った時たまたま爺ちゃんが狩った猪が転がっていて、いいところを見せたくて「わたしやるよ!」と張り切ったお陰でドン引きされてフラれた記憶はまだ新しい。
まぁ記憶があるってだけでこの幼女体に出来るのかと言われればやってみなければわからないけど。
「ティア様~お裁縫箱をお持ちしましたよ」
シャツを数枚持ちリビングへ出ると裁縫箱を足で掴んだファムが飛んできた。
明らかに裁縫箱の体積がファムと五倍は違うというのにスイーっと飛んでくるのでちょっと不思議。
「何を作るのですか?」
「わたしの着替えだよ。わたし今着ているものしか無いから汚したりしたら着替えがないでしょ?」
これじゃサイズが合わないし、とシャツを手に取るとファムは納得顔で苦笑した。
ちなみにクローゼットの中の服の素材は普通の綿か麻で出来たものだった。これなら気兼ねなくリメイクできる。
「見ていても構いませんか?」
「いいけど、楽しくないかもよ?」
パーツ毎に目打ちで縫い目を切りながらチマチマとした作業をする。二枚目のシャツの分解を終えるとわたしは一旦作業を止めた。幼女の手が限界を迎えたからだ。
意外だが、縫い目は全て手縫いだった。この世界にはミシンはないのだろうか?
「休憩にしましょう」
ファムはいつの間にかお茶を運んできてくれていた。それを飲みながら服のデザインを考える。
「ファムはどんな服がわたしに似合うと思う?」
「そうですね」
わたしはこの世界の服が一般的にどういうデザインなのかを知らない。唯一この家に残されていた服もシンプルで参考にならないのだ。あとは昨日出会った男の子の服くらい。
「丸い襟の付いたワンピース等の可愛らしいものが似合うと思います」
「ワンピかぁ~」
わたしは頭の中でちょっとだけ甘めのフリフリワンピを思い浮かべる。どうせなら可愛いのを作りたい。
折角幼女体なのだから、幼女でなければ着られない可愛い系のワンピがいいなぁ。
けれど何分材料不足である。リボンもボタンもお裁縫箱には入っていなかった。ファムに聞いても家の中には無いと言う。とてもがっかりだ。
おまけに布も足りない。分解したパーツを眺めてみてもせいぜいシンプルなシャツワンピを作れるのが関の山だ。
「今ある材料じゃ簡単なワンピースしか作れないなぁ…」
「では買いに行けばよいではありませんか」
「え!?良いの!?」
外の森に出ただけであんなに取り乱していたのに、どういう事なの?罠なの?と胡乱な目で見るとファムはわざとらしくコホンと咳払いをした。
「勿論、私が同行しますよ?前回はひとりで外の森に出ていかれたのでお叱りしたのです」
「そっか。ファムが一緒なら安心って事だね! あ、でもお金…」
問題が発生した。わたしはこの世界じゃ無一文なのだ。
金は天下の回し者…じゃなくて回り物。無一文じゃ相手にされない。
「お金なら先代様が残したものがありますよ」
なんと先代の精霊王さんが金銭を残しておいてくれているらしい。
「使っちゃって良いの?」
「勿論です。この家は既に先代様からティア様へ所有者が代わっていますから」
「そうなんだ。じゃあ有り難く使わせてもらおうかな」
一番の問題が解決したのでホッとする。
そしてふと気が付いた。
─あれ?でもそれ使っちゃったらその後どうやってお金稼いだら良いの?
そう。幼女で精霊王のわたしには収入源などないのだ。
日本なら幼女を雇うなんて色々と違法なのであり得ない。
それなら先代さんはどうやってお金を手に入れていたんだろうか?真似をするのも有りかも知れない。
「ねぇ、ファムは先代さんの事よく知ってるの?」
「はい。私は先代様と同時に生まれましたから」
「そうなんだ。ファムと先代さんは兄弟みたいなものだったんだね」
同時に生まれたってことは兄弟のように育ったのかな?と勝手に思ったのだけど、わたしの言葉を聞いてファムは一瞬目を真ん丸にして驚き、在りし日を思い出すように笑みを浮かべた。
「ところで先代さんはどうやってそのお金を用立てたの?」
「先代様は人の街にある【職業別組合】に精霊の森に生える良質の薬草等を買い取っていただいてましたね」
聞けば先代さんはたまに人間の世に紛れてお出掛けしていたらしい。その時に採集した薬草等をギルドに卸していたのだとか。しかも正体を偽って人間として。
なんでも先代さん、とても食いしん坊だったようで人の街に出掛けては人間の食べ物を持ち帰るのが趣味だったみたい。
買い物をするにはお金が必要なのでそうしてお金を手に入れていたようだ。
「なるほど。それならわたしにも出来そうだね。確か書斎に植物図鑑もあったし」
そうと決まれば取り敢えず1着だけ服を作ってしまおう。街に行くならこの格好じゃ恥ずかしいし。
そして薬草を採取してそれを街に売りに行く。それを元手に欲しいものを買うのだ。
これで布もリボンもボタンも買える。
「あ」
浮かれていたが、もうひとつ無くてはならないものを思い出した。
─靴、ないんだっけ…。
さすがに靴は作れない。
このままでは裸足で行くことになる。
─仕方ない。ここは日本伝統のアレを作るか。
ファムに要らなくなった布を集めてもらい、ふたりでそれを裂いてゆく。わたしひとりの力では無理なので手伝って貰ったのだけど、ファムには何をしているのか解らないようで終始不思議そうな顔をしていた。
そう。私が作ろうとしているものは布草履だ。
実家のお婆ちゃんに教えてもらったので作り方はバッチリ覚えている。
取り敢えず街に行くための物なので簡易的なものを作ることにした。街に着いたらまずは靴屋だ、と頭のなかにメモしておく。
それとは別にもう一足ちゃんとしたのを作るつもりだった。家の中でも裸足で移動していたのでスリッパ代わりに。
「ふんふんふ~ん♪」
「楽しそうですね」
「楽しいよ~。あ、ファム。このヒモ踏んづけててね」
鼻唄を歌いながら手を動かす私をファムも楽しそうに見ている。
手先を動かすのが好きだからか、何かを作っていると時間が過ぎるのを忘れてしまう。とは言え幼女体にそこまで体力はないのである程度進めたら休憩、そしてまた進めるの繰り返しである。
精霊王と言っても肉体の強度は人間と変わらないので早く大きくなりたいものだ。
そんな風に思いながらも一日は過ぎていった。
あれ…?恋愛要素が…ない…(;°;ω;°;)
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