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王女殿下の死神  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞


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20 死神たるの対価

 どのくらいそうされていたのか。

 時間にすれば五分に満たない短いものだった。

 口の中をかき回す、血と唾液の混じったエルフリードの舌。

 その行為を拒絶したいのに、上手く動かない自分の体。そして、失われていた魔力が満ちていくじんわりとした熱。

 心が感じる忌避感とは裏腹に、自分の体は貪欲にエルフリードの血を取り込み、魔力へと変換していった。

 それと同時に、肉体の損傷も回復していく。全身を重石のように覆っていた疲労感も和らいでいった。

 身体強化(エンチャント)魔術による過負荷によって満身創痍となっていた体が元に戻っていく。

 リュシアンの体が、自らを押しのけられるほどに回復したことを悟ったのだろう。エルフリードはそっと唇を離した。

 血の混じった唾液が、わずかに糸を引く。

 エルフリードの身を引くと、仰向けになっているリュシアンには王都の薄汚れた空が見えた。だが、朧気ながら見える月や星のすべては、リュシアンにはすべて色を失って見えた。

 星の輝きも、月の光も判らない。

 己の眼球は色を識別しているのだろうが、頭がそれを理解することを拒んでいるのだ。

 ただエルフリードだけが、リュシアンの視える世界の中で色を持っていた。

 そのエルフリードは、片膝を立てた姿勢ですとんと廃墟の床に腰を下ろしていた。剥き出しとなった足には、屋敷を出る前にリュシアンが彼女の全身に描き込んだ対黒魔術用の術式が紋様となって連なっている。

 その立てた膝に腕を乗せ、そこに額を押し当てるようにしてエルフリードは俯いていた。


「エル……」


「すまぬ」


 リュシアンの言葉を遮るように、エルフリードは喉の奥から絞り出すように言った。


「すまぬ」


 リュシアンから責められることを恐れるような、普段の彼女からは考えられないほど弱々しい声だった。


「お前に、望まぬ行為を強いてしまった……」


 リュシアンは魔術というものが人の心を歪め、人間という存在そのものを消費していく在り方を忌避している。

 魔術も所詮、人間の醜さを体現するものの一つでしかない。いや、その醜さを最も色濃く反映したものが魔術であるのかもしれない。ただ魔術を習得していくことに楽しみを覚えていた幼い頃の自分は、それを判っていなかっただけなのだ。

 だから、エルフリードの体液に魔術的な効能が宿っていることを知っても、それを利用しようとは思わなかった。そして、彼女の身に宿るその力が他者に知られることを極度に恐れた。

 自分がこれまで殺してきた魔術師の工房で見てきた、生きながら魔術の道具に貶められてきた人間たち。その中にエルフリードが加わってしまうことに、恐怖を抱いた。

 だから今回も、リュシアンはアリシアの陰謀の阻止と同時にヴェナリアの諜報機関の壊滅を神経質なまでに追い求めたのだ。すべては、エルフリードの体質が知られることを恐れたが故。

 そしてエルフリードは、リュシアンの中にあるそうした魔術に対する忌避感を理解している。

 それを判っていてなお、彼女は今回の行為に及んだのだ。

 そんなエルフリードを、リュシアンは責める気になれなかった。

 罪悪感とリュシアンに責められるかもしれない恐怖感に打ちのめされている少女。

 本来であれば、その姿は無責任で卑怯なのだろう。彼女の味方であろうとするリュシアンであっても、それは判る。

 リュシアンはエルフリードを信頼しているが、盲信はしていない。

 自分の中で唯一、色彩を失わないこの少女であっても、世界の醜さと無関係ではいられないことくらい、判っている。

 それでも、エルフリードには自らの醜さに打ちのめされてしまうだけの心がある。だから、リュシアンは彼女を信頼できるのだ。

 それに、あのような行為をエルフリードにさせてしまったのは自分の責任でもある。彼女だけを責めることは出来ない。

 エルフリードのリュシアンを放っておけないという気持ちは、彼にもよく判る。きっと自分も、エルフリードを守るためならば、彼女の矜持を踏みにじってでも彼女を助けようとするだろう。

 自分たちは、そういう存在なのだ。


「もう気にしなくていいよ」


 リュシアンは上体を起こして、そっと彼女の髪を梳く。


「エルは、俺を助けようとしてくれたんだから」


 慰めようとしているのだが、口調の素っ気なさはどうしようもない。

 幼い頃の無邪気さを、リュシアンはどうしても再び胸に宿すことが出来なかった。あの頃の自分は、どこか他人のようにも感じてしまう。

 きっと、人を初めて殺したあの日、自分の魂は不可逆の変質を遂げたのだろう。

 世界を醜いと断じたあの日。

 人を殺し続けていった日々。

 それらは自分の心から感情というものを欠落させていった。詠唱なしで魔術を発動出来るようになったのも、同じ頃だ。

 魔術とは、精神の動きによって(ふる)うもの。

 感情の欠落は一見、魔術の発動に不利なようにも思えるが、余計な感情に心を乱されない分、魔術発動のための精神集中に有利だった。呪文の詠唱は自己を魔術を発動させるための特定の精神状態へと昇華させる自己暗示のようなものだが、リュシアンの場合はそれが不要になったのだ。

 髪の色が白くなったのも、そうしたことによって体内の基礎魔力の向上と魔力循環の活性化が起こったからだ。色素が抜けることで、より体内の魔力循環が円滑になったのだ。

 だからリュシアンは、今に至るまでに色々なものを代償にしてきた。

 そのことを、後悔はしていない。

 エルフリードを守るための力を手に入れられるのならば、あとはどうなろうと構わない。

 自分の中に、彼女への想いだけが残っているのなら、心すら魔術のために捧げて見せよう。


「まあ、出来れば今度はもう少し雰囲気のある時にしてくれると助かるけど」


 ぶっきらぼうな口調で放たれた軽口に、エルフリードは顔を(うず)めたまま、ふんと鼻を鳴らす。


「……お前は、そうやって私を安心させようとする。お前の心を踏みにじった私を」


 リュシアンと自分自身、その両者を等しく嘲るような攻撃的な声音だった。


「俺は、君に助けられた立場だから。エルに苛立ちをぶつけるのは、流石に身勝手すぎる」


「では、私の身勝手はどうなる?」


 リュシアンに自身の行為を許して欲しいと望みながら、いざその願いが叶えられると、今度はリュシアンが責めてくれないことを(なじ)る。

 その身勝手が、矛盾が、自業自得と判っていながらもエルフリードの胸を抉る。

 エルフリードが、リュシアンの声でアリシアに放った叫びは、だから事実なのだ。夢の中で、エルフリードは何度も自分自身を切り刻んだ。リュシアンの人生をねじ曲げてしまった自分という存在を、何度も何度も断罪した。

 それでも、自分はこの少年から離れられないのだ。

 エルフリードの中には、リュシアンを支配したいという思いと、そうした自分の浅ましさをリュシアンに断罪して欲しいという自罰的な思いがある。


「そのままでいて欲しい」


 だが、リュシアンはエルフリードにとって残酷なことを口にする。


「エルが今のエルでいてくれる限り、俺は君の色を見失わないで済むから」


 リュシアンにとっては、エルフリードのそうした矛盾した心こそが救いなのだ。ただ傲慢で身勝手なだけの人間ならば、彼女もまた、リュシアンの中で色を失っていただろう。


「こんなことを言うのは傲慢かもしれないけど、俺はエルのそういうところが良いと思う」


「……」


「それに、いつだって、俺はエルに助けられてる。今回だって……」


「違う!」


 耐えられなくなったように、エルフリードはリュシアンの言葉を遮った。そして、髪を梳く彼の手を引き剥がす。


「すべては、私の身勝手さが起こしたことだ! お前を望まぬ形で助けたのも、私が助けたいと思ったからだ! あの女の呪詛をわざと受けたのだって、お前が思っているようなものじゃない!」


 エルフリードがアリシアから呪詛を受けることになった切っ掛け。それは、彼女がリュシアンの警告を無視したことだ。

 だが、それによってリュシアンは常にアリシア・ハーヴェイの動向を追うことが可能になった。

 エルフリードはリュシアンの魔眼の特性を知っている。だからこそ、自ら呪詛を受けにいったのだ。

 そしてその結果、リュシアンはヴェナリア情報調査局の暗躍と、アリシアら共和主義者による議事堂爆破計画を知ることが出来た。

 エルフリードの判断は、自身の身を危険に晒すという点以外は、完全に国家利益に適うものだった。

 リュシアンとの間に信頼関係があるからこその、連携技。


「ああ、確かに私はお前の役に立つと思って呪詛を受けた」


 髪からリュシアンの手を引き剥がしながら、自らの手は未だリュシアンの腕を掴んだままだ。浅ましいにも程がある。


「だが、同時に思ってしまったのだ。私が呪詛を受ければ、お前に構って貰えると。ファーガソンでも、あの女でもなく、お前を独占出来るのは私だけだと実感出来ると、そう思ってしまったんだ」


 わなわなと、エルフリードは自分自身への怒りと羞恥で体が震える。


「知っている」


 リュシアンは静かに言った。


「知っているよ、君が独占欲が強い女の子だってことくらい」


 何でもないことのように、リュシアンは言った。


「……私は、厄介な女だぞ」


「だろうね。もう十分知っている」


「……ふん、この愚か者め」


 穏やかに、エルフリードは罵った。


「一生、私に縛られて生きるつもりか?」


「縛られているなんて思っていない。だけど、君が傍に居てくれと言った。だから、俺は俺の意志で、エルの傍にいる。それだけの話だよ」


「……お前も、存外厄介な性格なのかもしれんな」


「知らなかったの?」


「ああ、知らなかった」


 お互いが、どこか冗談のように言い合う。


「……そうだな。私が最初にそう言ったのだったな」体の強張りを解くように、エルフリードはふっと笑った。「お前に傍にいてくれと、私の行く末を見届けてくれ、と」


 ぱん、とエルフリードは両手で己の頬を張った。顔をリュシアンの方に向ける。


「うむ、いつまでもうじうじしているのは私らしくないな。お前が回復したならば、すぐにあの女を追うぞ」


「ああ、そうだね」


 リュシアンはそう言って立ち上がった。そして、骨を折られた彼女の右手を取る。

 治癒の魔術。

 魔力がほぼ回復したリュシアンにとって、指の骨折程度の治癒ならば造作もない。


「……どう?」


 骨が元通りになったのを確認するためか、エルフリードはしばし指を屈伸させる。


「うむ、問題ない。礼を言うぞ」


「よかった。じゃあ、行こっか?」


 リュシアンはエルフリードの背中と膝の裏に手を入れて、ひょいと抱き上げる。


「今度は、体に負荷をかけすぎないように気を付けるよ」


 時間はあまりない。だから身体強化(エンチャント)の魔術を使わないという選択肢はないが、エルフリードに心配をかけるような無理な使用法だけはしないようにしなければならない。


「呪詛の治癒は、移動しながらする。この体勢なら、君の体内に魔力を注ぐのは簡単だから」


「ああ、それはいいのだがな、リュシアン……」


 少年の腕の中で、横抱きにされた少女は居心地悪そうに体をもぞもぞとさせている。


「ん?」


「この恰好のままは、いささか恥ずかしい……」


 今のエルフリードは、ズボンを履いていない。さらに上着を強引に剥ぎ取られかけたので、ボタンが飛んでしまい、前を閉じることが出来ないのだ。

 下着に上着を引っかけただけという半裸に等しい恰好、その恰好のままリュシアンに抱き上げられている現状は、エルフリードの顔面を羞恥で赤く染めるのに十分なものだった。


「ごめん」


 言われて初めて気付いたらしいリュシアンは、ゆっくりとエルフリードを廃墟の床に降ろす。ズボンは少し離れた場所に脱ぎ捨てられている。


「……まったく、屋敷を出る前にも対黒魔術用の紋様を描くためとはいえ、臆面もなく裸になれと言ったり、私を女扱いしないのはありがたいのだが、こうも女として意識されないと、流石に複雑な気分になる」


 面と向かって言うのは恥ずかしかったので、エルフリードはズボンを回収しながら愚痴を零す。

 上着についてはどうしようもなさそうなので、リュシアンは自分の着ていた上着をエルフリードに差し出した。


「ん、すまんな」


 照れ隠しめいた短い言葉と共にエルフリードはそれを受け取り、腕を通す。


「……ところで、この者らはどうするのだ?」


 彼女が指さしたのは、廃墟の床で気絶している数名の男たち。アリシアによる精神操作を受けた者たちだ。


「クラリスたち警察に通報して、保護してもらう。だけど、呪詛のための生け贄となった人については、どうしようもない」


 どこまでも冷たく平坦な声と共に、リュシアンは首を振った。

 呪詛をかけるために肉体を破裂させられた人間たちは、永遠に身元不明。行方不明のままだろう。到底、人間としての死に方ではない。

 アリシアが行った呪詛の方法は、リュシアンの忌避する魔術の在り方そのものであった。


「だから、これ以上あの女を野放しには出来ない」


「うむ、同感だ」


 エルフリードは再びリュシアンに身を委ねる。少女を抱き上げたまま、魔術師の少年は高く跳んだ。


「振り落とされないように、しっかり掴まっていて」


「うむ」


 エルフリードはリュシアンの首筋に両腕を回す。見上げた少年の瞳は、鮮やかな虹色に染まっていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「正直、俺はあの魔女がどうやって議事堂を爆破するのか、いまいち確信が持てなかった」


「うむ」


 エルフリードを横抱きにしたリュシアンは、夜の王都を跳んでいた。


「議事堂に結界は張ってないけど、魔力探知装置はある。幻影魔術の光学迷彩で姿を消して、正面から乗り込むのはまず不可能」


「うむ」


 エルフリードは、リュシアンの胸に額を押し付けるようにしている。下を見ないようにしているのだ。それに心なしか、首に回された両腕に力が籠もっているようにも思える。

 このロンダリアの王女は、高いところがあまり得意ではない。

 リュシアンもそれが判っているから、会話で彼女の高所恐怖症を誤魔化そうとしているのだ。


「でも、第一運河に面している露台(テラス)には探知装置がないから、そこからなら光学迷彩を使って侵入は可能。あとは、転移魔法陣そのものを議事堂内に持ち込むって方法も考えた」


「転移魔法陣?」


「どこかで爆薬を爆発させ、その威力を議事堂内部に送り込むって方法。魔力を流していない魔法陣はただの幾何学模様と変わりないから、探知装置を潜り抜けられる。この二つの可能性については、クラリスから議事堂の守衛に伝えてもらった」


「うむ、続けよ」


「ただ、これはちょっと確実性に欠ける。どっちも、発見されたらそれで終わり。搬入物に紛れて魔法陣の描かれた何かを議事堂に運び入れるにしても、発見を恐れて小さい魔法陣にすればそれだけ転移出来る物の量……この場合は爆風だけど……が減る。結局、どこかで爆薬を爆破させても、議事堂に伝わる爆風は少なくなる。逆に、大きな魔法陣ならば例え探知装置が検出出来なくても、搬入段階で発見されてしまう」


「議事堂内部に仕込むことが難しいということは、外か?」


「だから、その可能性も考えていた。アリシア・ハーヴェイという魔術師の性格から、どんな方法を取る可能性があるのかを考えていたけど、多分、一番厄介な方法を取りそうな気がする」


「一番厄介な方法?」


「エルがさっき経験したような方法」


「おい、まさか?」


 ハッとエルフリードはリュシアンの顔を見上げる。その表情は相変わらず、感情の希薄なままだ。いささかぶっきらぼうにも見える少年の顔の中で、瞳だけが虹色に輝いている。


「ああ、人間を生け贄する方法。具体的には、人体で魔法陣を描く。幾何学模様のそれぞれの頂点に人間を配置し、そこを線で結ぶと転移魔法陣になるってもの。そして、それらの人間の命を使って、魔法陣を発動させる」


「人間は当然、操るわけだな」


「まあ、自ら共和主義の理想に殉じたいという奴らが多く集まらない限りは」


 アリシアの同志たちは、軒並み逮捕されている。リュシアンの言う可能性は限りなく低いだろう。


「つまり、この王都のどこかに、あの魔女に操られた人間たちがまだいるわけか」


「そういうこと。それで、定時になったらそれぞれの配置につかされて、魔法陣の完成。当然、魔法陣の中心は議事堂」


「何十万という王都の人間の中から、精神操作を受けている人間を探すのは不可能に近かろう。お前の魔眼を以てしても」


「だから、術者そのものを殺すしかない。そうすれば、精神操作も自然と解ける」


「だが、一つだけ問題があろう? お前ならば、それも判っているだろうが」


「俺の考えている方法が、確実にアリシア・ハーヴェイの計画と合致しているかが判らない。それだけが不安要素だね」


「あの魔女を殺しても、議事堂が爆破される可能性はあるのか?」


「仲間がいるかいないかで変わるけど」


「この際、仲間がいる可能性は除外してよかろう。それで?」


「多分、議事堂爆破はアリシア・ハーヴェイを殺せば阻止出来る。でも、魔術師は往生際の悪い生き物だからね。死の間際に周囲の不特定多数の人間に呪詛をばらまく可能性もあるし、爆薬を持っているのなら自分の死と同時にそれが爆発するよう、予め爆裂術式を仕込んでおくとか。まあ、こっちが殺すのを躊躇うような仕掛けはしているはずだよ」


「だがお前は……」


「そう、俺は魔術師にとっての“死神”。始末したあとの処理は任せてくれていい。問題は、あの魔女を逃がさないこと。議事堂爆破を阻止出来ても、逃がしてしまったら意味がない」


「お前は先ほど、あの女を黄剣で斬り付けていたな? それも、逃がさないための布石か?」


「ああ。〈モラルタ〉で傷を負わせたのは、あの魔女の意識を俺に向けさせるためだから」


 リュシアンの霊装たる双剣〈ベガルタ〉、〈モラルタ〉。

 黄剣〈モラルタ〉は、不治の傷を負わせる呪いの剣。この剣で斬られれば、どのような治癒魔法も意味をなさず、自然治癒もしない。傷を治すには、〈モラルタ〉を破壊して呪いを解くか、刀身の錆を傷口に塗るしかない。

 リュシアンはこの剣で、浅いながらもアリシア・ハーヴェイの右腕を斬り付けている。つまり、逃走するにしても不治の呪いを解かなければ、そのまま失血死する可能性もあるのである。

 魔術師であれば、その呪いに気付く。だからアリシアの意識を、リュシアンに向けることが出来るだろう。


「ならば、お前は逃がさないための仕掛けに集中してくれ」


 腕の中で、エルフリードは己の額をリュシアンの胸にこすりつけた。


「奴の足止めは、私がやろう」


「ああ、頼んだ」


 リュシアンもきゅっと、エルフリードを抱く力を強めた。

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