グルメじゃない彼にはわからない。
コロコロコロコロ
毎朝出勤前に、部屋を掃除します。
コロコロコロコロ
粘着テープは週に4本。
多い?少ない?
そんなわたしを見もしないで、彼はなにも言わずに家を出ます。
以前は駅まで一緒に行ったのに。
コロコロコロコロ
涙が続く。
今日は仕事を遅刻します。
通販の荷物を受け取るの。
彼が家を出る時間に受取指定をしました。
ピンポーンと、待っていた気がする音が聞こえます。
受け取ったのは黄色い小さな航空便。
ロサンゼルスから直行ですって。
箱の中身はなんでしょう。
通販のサイトで見たの。
主成分はシナモンとバラの花びら。
そんなかわいらしい成分で、本当に効くのかしら。
今日はこれをお守りに持つの。
ぎゅっと握ったわたしのねがい。
もう一度わたしを見てほしいの。
もうずっと背中しか見ていない彼に。
ダブルベット、今は両端に寝てる。
コロコロコロコロ
綺麗にしてお家を出ます。
彼はお薬の営業さんです。
毎日いろんな病院にいきます。
お昼はどこかの病院のDr.と食べるんだって。
以前はそんな風に言っていました。
わたしはデパートのマネキンです。
笑顔を作ってお仕事します。
きっと今ごろ彼はお昼を食べています。
わたしはお客さまに「お味はいかがですか」と訊ねます。
彼はお掃除なんてしません。
値引きされたお惣菜、今日は買わずに帰ります。
晩御飯はビーフシチュー。
隠し味はシナモンです。
綺麗にしていたはずのキッチン。
汚れものがたまっていました。
「ねえ、今日お昼ここで食べたの」
こちらを見ない彼に訊きます。
「ああ」
彼はテレビの音量を大きくしました。
せめて彼の顔を見てご飯を食べたくて、わたしは斜め向かいに座ります。
彼はなにも言わずに手を伸ばして、ビーフシチューを口にしました。
シナモンにバラの花びら。
他によく知らないエッセンス。
昔からの調合なんですって。
効くかはわからない惚れ薬。
視界の端にでも入れば、効くかもしれないって思ってた。
汚れた食器を片付けます。
彼がお昼に使った食器と一緒に。
二枚のお皿はつけ置きしてなくて、汚れがなかなか落ちません。
コロコロコロコロ
お掃除します。
コロコロコロコロ
ベットの上を。
綺麗にしたお家の中で、汚れていたのは二枚のお皿。
フォークは二本、ありました。
コロコロコロコロ
涙が続く。
綺麗にしたお家の中で、汚れていたのはベットの上。
見知らぬ長い髪、誰のものかもわからぬ陰毛と。
コロコロコロコロ
わたしが泣いても。
コロコロコロコロ
彼はこちらを見ない。