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常陸国、天変地異が続くの事

父の言葉に頼義は思わず目を丸くした。



阿弖流為(アテルイ)の首が、常陸国(ここ)にあると!?」


「うむ、茨城と那珂(なか)の郡境を流れる川の中ほどに一の宮とは違う別の『鹿島神社』という(やしろ)があってな、なんでもそこに下野達谷(たや)窟にて討ち取られた高丸という鬼の首が祀られているのだそうな。社伝によればそれが坂上田村麻呂公が打ち取った阿弖流為(アテルイ)の首だと言う」


阿弖流為(アテルイ)の首が、ここに……」



父の説明を受けて、頼義は押し黙って考察する。死んだ賊将の首が死後もなお動いて呪いを撒き散らすなどと言う言い伝えは古来よく聞く伝説ではある。頼義自身この坂東において平将門公の伝説は嫌という程聞いたクチである。この地にも似たような伝説が触れ回っていて土地のものを恐れさせていると考えられなくも無い。だが同じ常陸国内とはいえ茨城郡と筑波郡とではいささか距離が離れているように見受けられる。それほど広い範囲に伝播するほど「悪路王」の言い伝えが広まっているのだろうか。


その謎には頼信が一つ手がかりを教えてくれた。「日本紀略」によると大墓公阿弖利爲(アテルイ)は坂上田村麻呂に敗れたのち「河内国」にて処刑されたのだと言う。それを聞いて頼義もなるほどと膝を打った。


筑波郡の南側は、「()()郡」という。


阿弖流為(アテルイ)が処刑されたのは畿内の「河内」ではなく、ここ常陸国の「河内」だったという事か。「悪路王阿弖流為、終焉の地」であるならば、地元の住民が「御霊」として恐れ奉っていたとしても不思議ではない。


それでもなお胸に引っかかるものが頼義にはあったが、ひとまず悪路王については置いておくとして、今筑波郡で起こっている異様な事態に関しては早急に手を打たねば領民の不安はいや増すばかりである。頼義は父にこの件に関する問題の解決を自分に任せてもらえるように願い出た。


この一件、到底常人のなせるものではあるまい。何者か妖怪化生の仕業か、あるいは「鬼」の所業であるならば、その相手は「鬼狩り」である自分の領分である。頼義は国衙を退庁し、まだのんびりとイビキをかいている金平を蹴り飛ばして起こした。


よほど楽しい夢でも見ていたのか、だらしなくヨダレまみれの口を開けてまどろんでいた金平は不平タラタラに抵抗するが、頼義の容赦ない二撃目に仕方なしに起き上がる。この二年で彼女もすっかり金平の扱いに慣れたようで、この大男に対してまるで加減の無い一撃を平気で食らわすようになっている。



「ああ、久しぶりのいい酒だったのに、あとネーチャン……」



まだ寝ぼけている金平のつま先を頼義がふんずける。さすがの金平もこの激痛には目を覚ました。



「痛えなテメエこの野郎!もうちょっと手加減をだなあ……」


「うるせえいいから上のヤツ呼んできやがれテメエこんちくしょう!」


「…………」


「わ、私じゃ無いですよ今の!?」



金平の悪態にちょうどタイミングよく重ねて割り込んできた近くの男の怒鳴り声が響いた。どうやら受付の役人に向かって何やら噛み付いているようである。



「お前みてえな木っ端役人じゃ話になんねえんだよ、いいから上の人間呼んで来い上の人間をよう!!」



下袴を履かず尻をからげた姿の漁民らしき男が大声を上げて怒鳴り散らしている。役人の方は扱いに困ったようにぞんざいな口調で応答する。



「だからあ、そのような事は地方の郡衙(ぐんが)に申し建てせよ、いちいち小事を切り回しているほど国府は暇では無いのだ。さあ帰った帰った」


「だ・か・ら!!郡司様に訴え出ても梨の礫で、訴える度に『そのような事は国府にでも上申するが良い』って言ってきやがるからこうしてわざわざ鹿島くんだりから来てるんじゃねえかよこのタコ!!じゃあ何か、今度は朝廷にでもお申し上げするってか?巫山戯(ふざけ)んじゃねえぞいいからお偉いさん連れて来いってばよう!!」



男はあらん限りの悪口雑言で役人に食いつく。騒ぎを聞きつけて守衛の兵士が駆けつけて()()()()()()が始まろうとしていた。



「あの、もし……!」



頼義が兵士たちと押し問答をする(くだん)の男に声をかけた。その声、その口調。頼義には間違いなく聞き覚えがあった。



「失礼ながら、鹿島の眞髮高文(まがみのたかふみ)殿ではございませぬか?」



兵士たちに押さえつけられて揉みくちゃになった男が頼義の声を聞いて振り返る。その彼女の姿を見て男は



「おおおおおお、こりゃあ、若さまじゃねーですかい!!」



と驚きの声を上げて満面の笑みを浮かべた。


頼義は兵士や役人たちをなだめ、何とかして町外れの方まで男を連れ出した。眞髮高文と呼ばれたこの漁師は、常陸鹿島郡と下総香取郡とを隔てる利根川の内海一体の漁民を取り仕切る「船橋衆」という集団の頭領を務めている。先年この地で起きた平忠常(たいらのただつね)との紛争の際、利根川を渡る水先案内人として頼義たち常陸国軍を手引きした縁で、頼義はこの人物のことをよく知っていた。



「いやいやいやいや、若さまにおかれましてはすっかりご無沙汰いたしやしてへへへ。こりゃみっともない所をお見せいたしやした」



といやにへりくだって恐縮する。



「随分と大層な剣幕でしたが、いかがなされたのです眞髮どの?」



頼義は久しぶりに会う漁師の大将に先ほどの騒動の経緯を問いただした。



「おうおうそうそう、聞いてくだせえよ若さまよう!!」



眞髮高文は(せき)を切ったように事情を話し出した。何でもここ数ヶ月、海の水温が上がって来ているのだという。初めは気づかないほどの些細な変化であったが、春を迎えた頃には明らかに例年と違う海水温度に、近隣の漁民たちの間から不安の声が上がり始めた。



「今はまだ大丈夫でしょうが、このまま海の水がこうもぬるまっちまっちゃあいけねえ。魚が卵を産まなくなっちまう。そうしたら来年は不漁どころの騒ぎじゃねえって話でさあ。コイツはきっとロクでもねえ事の先触れですぜ若。だから俺っちはこうして役人に事態を警告してやってるっていうのによう!」



眞髮高文は腹の虫が収まらぬようで地団駄を踏んで悔しがる。



「くっそう……コイツはまるで『悪路王』でもやって来るんじゃねえだろうなオイ」



漁師の頭領は思わず独り言を繰った。

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