勿来関、大混乱に陥るの事(その二)
派手な音を立てて影道仙と「八幡神」が吹っ飛んだ。
「のわーっ!!」
およそ神様らしくない声を上げながら「八幡神」が落下して顔から地面に激突した。
「ちょよ、ちょっとお!?大丈夫ですかハチマンさまあ!?なにやってるんですか私の邪魔をしないでくださいっ!!」
「こっちのセリフだバカーッ!!!!」
影道の放った雷撃を紙一重でかわした「八幡神」がものすごい勢いでがばりと起き上がる。帯電した髪の毛が一斉に逆立ってパチパチと静電気を起こしている。
「お、お前、神様じゃなかったら死んでたぞ今の!?狙うとこが違うだろうが狙うとこが!!」
「えー、おかしいなあ。わかりましたもう一回。えいっ」
影道は「八幡神」に怒鳴り返されて不本意といった顔でもう一度雷撃の呪法を唱える。今度は無事に北面の砦に直撃した。が、直撃はしたものの勢い余って攻め手の友軍まで一緒に巻き込んで派手に兵士たちが吹き飛んで行った。
「タリホー!ようし調子出てきたぞう、このまま一気に……」
「待った待った待った!!お前、もうちょっとおとなしめの術は無いのか、なんかこう、風が吹くとかそんなの」
脂汗を流しながら「八幡神」が影道仙に提案する。目論見通り奥州軍を混乱に陥れ首尾よく砦としての機能を奪うには至ったが、このままこの陰陽師を調子づかせれば味方までもれなく焼き尽くしかねない。
「なるほどわかりました。そういうのは得意です。さあ陰の気を集め、陽の気を集め、両極より四象出で四象より八卦へ至らん、陰中に陽あればそこに和合の奔流生ずべし、東嶽大帝、来臨急々!!」
影道が呪文を唱えながら四方の地面に楔を撃ち込む。楔で囲まれた空間から白い雷光を帯びた空気の球が次々と生まれ、臨界に達するとぽん、と音を立ててフワフワと舞い降りていく。
砦の上空、壁際、軒下とあちこちに散らばった空気の球は、影道の合図とともに一斉に弾けた。彼女の呪法によって球の中に封じられていた陰気と陽気……極小の低気圧と極大の高気圧が一気に解放され、凄まじい勢いで空気が流動し、そこかしこに巨大な乱気流を巻き起こした。
関所の屋根は引き剥がされ、柱が倒壊する。物見櫓が強風に煽られてポッキリとくの字に折れ曲がり、物見台にいた兵士たちがバラバラと落ちていく。地上にいた兵士たちも自分を支えていることがかなわず、一人また一人と風に乗って吹き飛ばされていき、空中で互いの頭をぶつけたりそのまま遥か彼方まで放り投げられたりしている。
「…………」
「八幡神」は呆然とした顔で、嬉々として一人で戦場を大混乱に陥れている陰陽師の顔を見やった。なるほど確かにこれほどの強力な呪法を使う者など人間界には五人とおるまい。しかし、彼女はその術の威力を制御する事が出来ないのか、そもそも初めから制御する気もないのか敵味方関係なくみな平等に薙ぎ払っていった。下に視線を送れば、そこには奥州軍常陸軍関係なく全ての人間が影道仙の放つ呪法に振り回されていた。
「よしよし、ちょっと目測と外れましたが概ね成功でしょう。ドヤァッ」
「わかった、お前とは二度と一緒に戦さはすまい。晴明がお前に術を使うことを禁止した理由がようわかったわ」
「えー、なんでですかあ?」
「わからんのかいっ!いいからともかくお前はもう術を使うな、いいか!?もう十分だろう、小僧を取り返しに行くぞ!」
そう言って「八幡神」は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した勿来関に突入して行った。
「八幡神」と影道仙の二人が関所の母屋が立っていた場所に到着するのとほぼ同時に、北側の混乱を抜けきって佐伯経範もまた母屋まで辿り着いた。
「おう虎の子、小僧はどこだ?」
経範の姿を見つけた「八幡神」が金平の所在を訪ねる。しかし経範の方も金平たちをまだ発見できていないようだった。もはや関所の中は敵も味方もなくただ影道仙の施した雷鳴と竜巻に追われて混乱の極みに達している。その隙に乗じてまた姿をくらましてしまったのだろうか。
「八幡神」は周囲を見回す。見ればいつの間にか敵の大将もすでに砦を捨てて退却しているように見受けられる。あるいは金平は彼らと共に砦を離れてしまっているのではないか。
「お主たち、地面を探れ、どこかに抜け道がないか探してみろ。あまりにも指揮官が消えるのが早すぎる。絶対どこかに隠し通路があるはずだ、砦というのはそういうものだ!」
「八幡神」の下知に従って経範や影道仙たちが突風に吹き飛ばされないように這いつくばりながら必死になってあたりを探った。思いの外発見は早く、枯井戸の底から松明の明かりが漏れ見えているのを影道が目ざとく見つけた。おそらく井戸に見せかけて横穴が続いているのだろう。
「行くぞ、続けっ!」
そう言って「八幡神」が勢いよく飛び込む。後に続いて経範たちが井戸に入ろうとした時、
地面が裂けるような轟音と地響きが起きて二人の体を転がした。




