影道仙女、変若水(おちみず)を語るの事(その三)
「いんどだあ?なんでえそりゃあ」
「今風に言えば『天竺』、大陸の唐国よりさらに西、仏様の大元である釈尊がお生まれになられた国ですね。そこで仏教よりさらに古くから伝わる『摩訶婆羅多』という経典に『不死の薬』にまつわる逸話が収録されています。内容はこうです」
影道仙が遠く天竺まで遡る「不死の薬」の起源譚を語り出した。
遠い昔、まだ神と人とが隔たる事なくともにあった時代、神々のさらに上位に位置する賢者ドゥルヴァーサスは、自分に対して礼を失したインドラたち神々に呪いをかけ、三界全てが滅びの危機に瀕してしまった。この危機に乗じて三界全てを手に入れんと阿修羅たちが神々に戦を仕掛けたが、窮地に陥った神々はヴィシュヌ神の助言により阿修羅たちを退け賢者の呪いを解くには「甘露」と呼ばれる不老不死の薬を使うしか無いと知り、その製作に取りかかった。
千年という時間をかけてようやく不死の薬を完成させた神々は無事賢者の怒りと呪いを解き、以降不死の霊薬である「甘露」は永遠に神々の元に保管されたという。
「おい」
「はい?」
影道仙の長話に付き合って最後まで聞き入ってしまったが、結局肝心要の部分にまるで辿りついていなかった。
「今の話のどこがツクヨミと『金丹』とに関わってきやがるんだコラ。月のツの字も出てこねえじゃねえか!?」
「えー。まだお話の半分も行ってませんよう」
「まだあんのか、続きが!?なげーよ話!!」
「そうは言ってもなんせ相手はあのインドですからねえ。寿限無寿限無五劫の擦り切れを地でいく民族の物語ですよ、一分二分で終わるものですか」
影道の言葉に金平はウンザリした。こうしている間にもにぃは今も体内の「金丹」を消費して弱って行っているというのに。
「まあ、無事に『甘露」は完成し万事うまく収まった三界なのですが、阿修羅の一人であるラーフという不届き者がその甘露を盗んで不老不死の力を独り占めしようと企みました。幸い盗む直前にヴィシュヌ神によって首を切り落とされ、甘露は守られたのですが、間一髪、甘露をひと舐めしていたラーフは首だけが不老不死となり、空へ飛んで行った首と身体はそれぞれ『羅喉星』『計都星』という暗黒星へと姿を変え、それ以降太陽と月を食らうようになったと言います。日食や月食が起こるのは実にこの二つの暗黒星が巻き起こす現象なのですね。
このように、古くから不老不死の仙薬は月と深い関係を持って世界各地に伝えられるようになったのです。これはまあ、月の満ち欠けが『死と再生』の象徴として信仰されてきた事の名残とも言えまして、我が国でも『たけ……」
そこまで長広舌を続けていた影道仙が急にはたと思いついたような表情をして沈黙した。
「え……?まさか、そういう事?月……不死……富士?うつぼから産まれた月の……姫!?」
影道仙がものすごい勢いでグルグルと回りながら考え事をし始めた。こうなると取りつく島もない。
「つながりました!!」
目が回りそうな勢いで周囲を旋回していた影道がピタリと歩みを止めると、金平に向かって大声で叫んだ。
「金ちゃん、急ぎ筑波山へ向かいましょう、あそこの頂上に行けばこの子を助けることができる!!」
影道仙が断言した。
「かもしんない!!」
断言と言うほどでもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
金平は影道仙を引っ張って石岡から一路筑波山へ向かって馬を駆った。馬に乗り慣れない影道仙を引き連れるのももどかしかった金平は頼義を乗せる時の要領で鞍上に乗せ、その後ろに自分も乗って彼女を抱きかかえるようにして手綱を取った。
「はわ、はにゃわわわ……」
いかに無遠慮で男女の距離感の無い影道でも、流石にこの姿勢には動揺を隠せず、間近に迫る金平の男らしい匂い立つような空気に触れて顔を真っ赤にしてしどろもどろになっている。
そんな彼女を意にも介さず、金平は全速力で鞭を振るった。背中で眠るにぃは穏やかな表情ではあるものの、今だに冷たいまま目を覚まさない。
その日のうちに麓まで到着した金平たちは鬱蒼と茂る樹海の前に立った。あの時金平を山頂まで導いた不思議なけもの道はやはりどこにも見当たらない。
「おい、確かなんだろうな、ここに来ればにぃは助かるんだろうな!?」
金平が血走った眼で影道仙を睨みつける。
「そんなに睨まないでくださいよう、絶対に大丈夫とは保証できませんが、少なくとも今の姿を維持することぐらいならできるはずです。多分」
「本当か!?」
「だから可能性の問題ですってばあ。お世辞にも高くはありませんが」
「だが全くないってわけじゃあねえんだろ?ならそれで十分だ」
金平は山頂へ至る道を探そうと必死になって周囲を掻き分けた。再び山道を開こうとあれこれ手を尽くしたが、あの時開いたけもの道は二度と姿を現さなかった。影道仙もあらゆる手を尽くしてなんとかこの結界を解こうと試すが、深い樹々に覆われた緑の迷宮は一向に金平たちに道を示すことはなかった。
「くそ、くそクソクソおっ!!」
がむしゃらになって金平は素手で行く手を塞ぐ灌木を引きちぎり、むしり取る。
「くそっ……くそおおおおお!!!開け、開け、開けよおっ!!にぃが、コイツが死んじまうだろうがよおおおおっ!!!!」
「金ちゃん落ち着いて、手が、手が……」
その手が血まみれになるまで樹々を取り払い尽くす。それでも金平は一向に奥へ進むことは叶わなかった。
「金ちゃん、これ以上はどうしようもないです、いったん国府に戻って頼義サマに指示を仰ぎましょう……」
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「金ちゃん!!」
「くっそおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
絶望に苛まれた金平の悲痛な叫び声が、筑波の男体山の空に響き渡った。




