影道仙、少女の正体を推察するの事(その五)
「…………!」
影道仙の言葉に金平は絶句する。だがそれは金平自身も心の中では本能的に想像はついていた。山奥に人知れず「うつぼ船」の中で眠っていた少女。食べることも無く、およそ人間らしい活動をほとんど行わないこの小さな女の子がただの人の子であろうとはもちろん彼だって思ってはいなかった。いなかったが……
「『龍脈」とは大地を流れる霊力の集合体です。その霊力に人格を与え、擬似的な『生命』として活動する能力を与えられたのがあの『悪路王』、そしてその霊力を物質として結晶化させ、金丹として顕在化させた存在、それこそがこの子……『丹生都比売』と呼ばれた生きた不死の仙薬なのです」
「ばっ……そん、な、莫迦な事があるか!?コイツが不老不死の薬だってえのか!?何を根拠に……」
「確かめる方法を簡単です。その子を食べてしまえばいい」
「な……!?」
「肉を食むなり生き血を啜るなり、如何様にも好きに召し上がってその仙力を己がものとすればいいのです。実に簡単な証明方法ですね」
「でっ、できるかバカヤロウ!!俺に『鬼』になれっていうのか、人食いのバケモンに!!」
「そうだな、普通はできまい。人間としての良心と道徳心があるのであれば、な」
激昂する金平をたしなめるように「八幡神」が口を挟む。
「つまり、そういう事であろうよ。それこそが不死の仙薬を他人の手に渡す事を防ぐ最大の防御策となろう。逆に言えば、不老不死になるためには人の生き血を啜ることも厭わない、というような者でなければ不死へは辿り着かない、とも言える。だがはたしてその様な者を『人間』と呼べるのかは甚だ疑問であるがな」
「…………」
「とまあ、以上がこの子に関する私の推察となります。もちろん本当にそうなのかどうかという確証はありませんが、お師匠様が『筑波山に答えがある』とおっしゃっておられた以上、それほど間違いはないものと見ます」
「……俺にはどうにも納得いかねえが、コイツがまあ普通のガキではねえってことぐらいはわかる。だがよう、それがわかったところで、これから俺たちは何をしなくちゃいけねえんだ?」
「わかりません」
影道仙があっけらかんと答える。
「わかんねえのかよ!!」
「だってわかんないんだもーん。『悪路王』がこの子と出会った時に何が起こるのか、まるで予測がつきません。『龍脈』の霊力が励起して大噴火が起こるのか、天の気が呼応して大嵐が発生するのか、案外『お嫁さんになってください』とプロポーズしに来ただけかも知れません」
「まあおそらく三つ目は無いだろうなあ」
「八幡神」がトボけて茶々を入れる。困った事に事態は全く手詰まりである。にぃの正体が彼女のいう通り人の姿を模した不死の仙薬だとして、では自分たちはこれから何をなすべきなのか、金平はいくら頭を巡らせてもその先の展望が掴めなかった。
「そもそも何で筑波山なんだ?あそこが徐福の一族が最後に辿り着いた土地だってのはわかった。だがあそこにゃあ『丹』が採れたなんて話は聞いた事がねえぞ。確かに常陸国は産鉄も盛んだし筑波にもたたらが多くあるがよ。あいつらなら丹が採れる所を探すんじゃねえのか?」
「ご意見ごもっとも。もちろん彼らは筑波山だけでなくこの常陸国一帯そのものを求めてやって来たのでしょう。筑波山はあくまでもこの土地における『富士山』的役割を担っているのかと。おそらく、彼ら徐福の一族が最初に入植した土地が筑波だったのでしょう」
「それもお前の個人的な推測かよ?」
「いえ、これには明確な根拠があります」
「根拠?」
「はい。『常陸国風土記』の筑波郡誌の序文はこうあります。『古老の日へらく、筑波の県は、古、紀の国と謂ひき』とね」
「紀の国……?」
「そう、紀の国。かつて徐福が流れ着き、そこに土着して勢力を張った国と同じ名の国がここにあった。さらに『風土記』茨城郡誌にはこうも書かれています。『茨城の郡、東は香島の郡、南は佐礼の流海』とね……」
「さが……だと?」
「地名で言えば霞ヶ浦、つまり新治郡出島村坂(佐賀)郷を指します。『さが』ですよ『さが』。徐福が最初にこの国に漂着した土地の名を、最後の到達点にもつけた。そういう事です。鹿島(香島)という地名の由来も諸説あります。武甕槌命を祀る『甕島』が転訛したとも、『杵島曲』から来ているとも言われています。『杵島曲』とは春秋にお山に男女が集まって歌い踊るお祭りの際に踊る舞曲の事ですね。いわゆる『嬥歌』というやつです。ほら、筑波山で毎年行われる例のアレです。ちなみに徐福が最初に流れ着いた肥前佐賀の浦もまた『杵島』と言います」
影道仙の説明を作者が補足しておくと、肥前杵島郡は現在の佐賀県鹿島市に相当する。また肥前国には佐賀に隣接する形で基肄郡という地名が存在する。
「まあ要するに徐福の一族が常陸国に流れ着いてここで同じように土着したであろうことはほぼ間違い無いかと思われます。彼らは『丹』を求め移動を繰り返し、その土地その土地に彼らが求めた『丹』を神格化した『丹生都比売』を祀る社を残していきました。あいにく常陸国において『丹生都比売神社』に相当するお社を私はまだ見つけ出せていませんが……」
「あるぞ」
車座になって話をしていた金平たちの輪の外から何者かが声をかけて来た。
「北の境にある多珂郡に『丹生都比売』を祀る所がある。武蔵国の中山氏が勧請した『丹生神社』がそれだ」
そう言って顔を強張らせた佐伯経範がどっかと金平の隣にあぐらをかいて座った。




