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佐伯経範、自らの呪いを語るの事

夜が明けた。


昨日まで筑波郡衙庁舎の並んでいた街並みは変わらず突如として現れた巨大な大木に押しつぶされたまま無残な姿を晒している。


その廃墟の中に、剣鉾を脇に置いて正座する坂田金平と、同じく正座した佐伯経範がしおらしく縮こまったまま情けない顔を見せている。


その二人を前にして源頼義は腕を組んで呆れたように二人を見下ろしている。



「誠に、面目次第もござらん、私は()()()()と敵味方の区別も無く暴れ回ってしまうもので・・・」


「経範どの。それで、もう()()()()の程はよろしいので・・・?」


「は、それはもう・・・」



あれほど勇ましい巨躯の経範が見ていてかわいそうなくらいに恐縮してしまっている。その姿を見て金平も昨夜の激闘での高揚感もすっかり何処かへ吹き飛んでしまった。


昨晩、不意に現れた「山の佐伯」の代理人を名乗る佐伯経範との不可思議な死闘は、思いがけない形で幕を引いた。金平の暴言から始まった些細な行き違いは言い合いの末、ついには本気の切り結びにまで及んでしまい、事態はお互いの血を見ずにはいられないほどにまで悪化してしまった。


その結果、佐伯経範はなんと「虎」に姿を変え、狂える野獣となって金平と頼義を襲ったのだった。その「虎」はさらにその前日筑波山の麓に現れた謎の森の中で出会った巨大な「虎」そのものだった。


金平はその「虎」と真っ向から斬り合ったが、信じられない事に、金平がいくらその「虎」の身を斬りつけても、「虎」は死ぬどころかかすり傷ひとつ負うことが無かった。なす術も無く絶体絶命に窮地に追いやられたかに思えた二人は、たまたまその場に自生していた木天蓼(わたたび)の実の毒気に当てられて酩酊した「虎」の自滅によって幸運にも難を逃れることができたのだった。


そのまま眠り続けていた「虎」は、朝日の光を浴びると再びその姿を変え、元の佐伯経範の身体に戻っていった。


やがて正気を取り戻した経範は、昨夜の己の行為を知り、慌てて頼義たちに向かって謝罪した。大の男が真っ裸で平謝りに謝る姿は滑稽を通り越して不気味ですらある。先の「変身」によって跡形もなく破り捨てられてしまった衣服の代わりにそこらへんに散らばっていた官服を羽織ってはいるものの、金平に負けぬ巨漢の経範には身丈が合わず、()()()()()()のなんとも間抜けな姿になってしまっている。


金平はこのような状況にもかかわらずその経範の姿を見て笑がこぼれそうになるのを必死に耐えていた。もとより目の見えぬ頼義には経範の姿なぞ如何様(いかよう)であっても変わることはなく、大真面目に経範に向かって言った。



「経範どの、あなたの()()が・・・例の『徐福の秘法』なのですか?」



頼義の問いかけに経範は短く、



「は・・・」



とだけ短く答えた。



「かような状況で我が姿をお見せする事になったのは甚だ遺憾ではござるが、かく相成っては致し方なし、お話いたそう、我が一族に課せられた()()を・・・」



観念したかのように経範は縮こまっていた体を上げ、己が一族にまつわる事実を語り出した。


佐伯経範の家祖藤原秀郷は、下野守に封ぜらた時、かの地で「徐福」と名乗る仙道士と巡り合ったのだという。その男は下野の二荒(ふたら)山において仙術、仙薬の研究をしていると言い、その地を「蓬莱山(ほうらいさん)」と呼んで秀郷に薬学や地政学などを教えていた。ある時徐福の助言により秀郷が二荒山の麓を荒らす「百目鬼(どうめき)」という鬼神を退治した時、徐福は秀郷の武勇を褒め称えて、彼に不老不死の秘術の一端を託したのだという。



「その武勇の誉れあれば、必ずや『悪路王』をも退けることができるであろう、というのが徐福が秀郷公にこの()()を授けた理由だと、そう言い伝えられている」


「その秘法が、あの・・・」


「左様、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、この身体よ」



経範はそこまで説明すると、一旦言葉を閉じた。経範は一貫して己の身に起こる「虎化」の現象を()()と呼ぶのが頼義には気になった。



「これが呪いと言わずして何と言う!!不死身の身体と言うだけならばありがたくもあろう、だがその事実はこれだ!あの月の光を浴びれば理性も自我も持たぬ野生の『虎』になるなど、呪わしいにも程がある!」


「いや、でもアナタ自分で嬉々としてその力使ってましたよね」


「うむ、それを言われると()()()()もでないところが苦しい。がははは」



口では呪いだ何だと忌まわしげに言うが、ちゃっかりその力を活用しているところを見るに、さほど重荷にも苦痛にも感じていないのではなかろうかこの御仁は。



(もしかしてただの残念な人なのではなかろーかこの人は)



話を聞く分にはひどく重い宿業を背負っているように思えるのだが、語る本人は意外にもあっけらかんとその突出した能力を享受している節がある。なんとなく頼義は経範の隣にふてくされて正座している金平と見比べてしまった。


鬼狩りの将である坂田金時の息子として生まれながらに同じ「鬼狩り」としての資質と宿業を背負わされ、幼き時から苛烈な修行と魔物退治に明け暮れていた金平だが、彼もまたそのような自分の生い立ちを恨むでも悩むでもなく、むしろその波乱万丈な運命を楽しんで生きているようにすら見受けられる。二人とも己に課せられた運命の重さにまるでへこたれることも無く堂々と己の異質な能力を存分に発揮している。



(うーん、似てるかも)



そう思うと不覚にも頼義の口元にふっと笑みがこぼれてしまった。

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