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男は無数に並ぶ槍衾を前にして仁王立ちする。


その肩にはまだ年端も行かぬ幼女がちょこんと座し、緊張の走るこの場に不似合いな可愛らしい大きな瞳を何度も瞬きさせる。



「心配すんな、お前をアイツらに引き渡すような真似はしねえ。お前は……必ず陸奥に逃がしてやる」



男は少女の顔を見る事なくそれだけ囁くように言った。物言わぬ少女はその言葉に応えるようにぎゅっと男の袖口を掴む。


男に向かって槍の穂先を向ける常陸国国軍の兵士たちはこれまた無言のままジリジリと二人を追い詰めるようにその距離を縮めて来る。少女を肩に担いだ長身の男は



(やるしか、ねえのか……!?)



と心の中で歯噛みしながら、空いた片方の手で握っている長柄の剣鉾(けんほこ)を一振りして刀身を包んでいた布鞘を外す。鍛え上げられた近江鋼の刃が陽の光を浴びてぎらりと青白い輝きを見せる。



「待て」



兵士たちの奥から野太い声が響く。同時に槍衾をかき分けて一人の武者が姿を現した。長い蓬髪に隠された目元は外見からはその表情を伺うことはできないが、その言葉の圧力からこの武者の怒りのほどは十分に周囲に伝わって来た。



「投降しろ、坂田金平(さかたのきんぴら)。我々とてその娘を()()()()したいわけではないのだ、察しろ!主人(あるじ)にこれ以上手向かいするな」



「坂田金平」と呼ばれた大男は、この武者が「主人(あるじ)」と口にした事に反応して目をすぼめ、歯をむき出しにしてギリギリと軋ませた。



「おう、そうかい。テメエが『アイツ』の新しい飼い犬ってわけかよ経範(つねのり)!いや、テメエは犬じゃねえか。テメエはもっとおぞましい、人外の……」


「…………」



経範と名乗る武者は大男の挑発じみた言葉にやや口の端を歪めるが、それ以上の反応は見せず無言のまま二人の行く手を阻むように立ちふさがる。



「……ふん、まあそんなことはどうでもいい。どけ、俺だってお前らに剣を向けたくはねえ。ただコイツをあの川の向こうにいる連中に引き渡すだけだ。それだけなんだ」


男の口調は強気だが、その中には懇願とも取れる悲愴さが滲み出ていた。次第によっては土下座してでも這いつくばってでも許しを請いかねないほどの「祈り」にも似た願い事だった。



「とと……たま」



少女は目を伏せるようにして大男に片言の言葉を発する。男はそんな少女の不安を拭い去るように笑顔を見せた。



「大丈夫だ、誰にもお前を傷つけさせたりはしねえ。絶対だ」



その言葉に、少女も安心したのか、柔らかな笑顔で金平の腕にしがみついた。槍衾が再び緊張を伴って金平たちに向けられる。経範の陰から誰かが



「魔性に魅入られたか金平。愚かな……」



と呟いた。その声に公平は反射的に目を見開き、キッと鋭い眼光をその声の主の元に送る。経範の後ろから小柄な指揮官らしき人物が金平たちの目の前に姿を見せた。



「テメエ……」



金平はその指揮官に向かって絞り出すようにそれだけしか声を発することができなかった。男物の衣装を身に包み細身の直刀を携えているその指揮官は、一見絵から飛び出して来た美丈夫かと見間違うほどの端正な顔立ちをした少女だった。まだ十五かそこらにしか見えぬ外見とは裏腹に、大の大人をも圧倒するような威厳と神々しさを滲ませたその少女武者は、目が見えぬのか閉じた目を悲しげにきつく歪ませた。



主人(あるじ)……」


「良い、退がれ」



経範に「主人(あるじ)」と呼ばれた少女は静かに金平たちの前に進み出た。



「金平、お願いわかって……。その娘は()()()()()()、その娘を『あちら側』に渡せば、失われる命は今の比では無い。それはあなたも理解しているでしょう」


「…………」


「その娘を、『金色の丹生都(にうつ)(ひめ)』が『悪路(あくろ)(おう)』の手に渡れば……」


「うるせえ!!」



彼女の言葉を遮るように金平が吠えた。



「朝廷だ蝦夷(えみし)だ源氏だ安倍だとか知ったこっちゃねえ。俺は、コイツを守ると約束した。それだけだ。テメエらの理屈ったらしい争いごとの道具にも、生贄にもさせねえ!!」


「どうしても、聞けぬと?」


「聞けねえ!俺は行く。邪魔立てするなら……」


「相分かった。ならばこれ以上は言うまい」



今度は彼女の方が金平の言葉を遮った。



「筑波郡大領(だいりょう)源頼義(みなもとのよりよし)の名において命ずる。この者を朝廷に弓引く逆賊として捕らえよ!」



指揮官……源頼義の号令を受けて兵士たちが金平を捕らえるべく一斉に襲いかかった。



「くっ、そおおおおおおおおおおお!!!!!!」



金平は少女を庇いながら獣のように吼えた。

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