新人vtuber、異世界を実況する~VSレッドドラゴン戦で囮をやってみた~
「はい! みんなーこんにちはー、ライムです!
えーとぉ、今日はですね、前回お知らせした通り、なんと!
レッドドラゴンに挑みます! わー!
でも前回を見てない人のために、前回までのあらすじ! いってみよー!
えーっとぉ、前回ですね、ライムとユニスちゃんは、ゴブリンとかコボルトとか、そーいう小型モンスターの大移動の原因を調べるために、カガドーマの街までやってきたんです!
それで、ユニスちゃんのすっごーい魔法で、大移動の原因が、山から下りてきたレッドドラゴンから逃げてるってわかったんです!
レッドドラゴンが山から下りてきたのは、山が火山として死んじゃったからで……もっとあったかいところ、ファンタジーな感じで言うと火の力があるところにお引越ししたいから、みたいなんですけど……。
でもでも、それって私たち人間にしてみたら、とっても困るんだよね。
日本で言うと……そうだなぁ、ヒグマさんが群れで街にやってきた感じ?
……わあ、言っといてなんだけど、すっごいハザードだね! ごめん! でも危なさはなんとなくわかってくれたでしょ?
そんなわけなので、ライムとユニスちゃんはレッドドラゴン退治のために旧街道をさかのぼってレッドドラゴンを追いかけたんだよ!
……けど、なんとレッドドラゴンは一匹じゃなくって……どうしよう!?
ってところが、前回までのあらすじ!
それで、今回はそんなレッドドラゴンにいよいよ挑むんですが……はい、みんなー、もっかい今回の動画のサブタイトルを見てみて?
うん……そうなんだ……。
また、なんだ……。
ライム、また囮役なんだ……。
しょうがないよ……だってライム、お料理とかお洗濯とか、あと色々調べたりは得意だけど、戦うのだけはホントぜんっぜんなんだもん。
でもでも、ライムだってユニスちゃんの役に立ちたいんだよ。ホントだよ。
だからね、ライム今回もがんばるよ! ユニスちゃんが一匹ずつ確実に戦えるように、一匹のレッドドラゴンを限界までひきつけてみようと思います!
ってわけで……そろそろはっじまっるよー!」
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「おあああああーーっっ!! 無理無理無理無理、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」
せっかく神から与えられた、可愛らしい幼女声を全力で台無しにしながら俺は走る。しゃにむに走る。もはや実況をしている余裕などかけらもない。
キャラなどもちろん作っていられず、完全に素だ。いやまあ、今までの動画でも晒しまくっているから今更ではあるが。
にしてもこれは、一瞬たりともキャラロールできない。そんな悠長なことをしていたら、絶対に死ぬ。確実に死ぬ!
「ギャオオォォォーン!!」
「ひいいぃぃぃぃーーっ!?」
そう。俺は今、全身が赤い鱗で覆われたドラゴンに、絶賛追いかけられている。客観的に見れば、レッドドラゴンに追いかけ回される幼女という図になる。
もちろんドラゴンは見上げんばかりの巨躯で、道中にある家や壁などはほとんど紙くず同然に蹂躙されている。
こちとら覚えたての街の地図を思い出しながら、少しでもやつの動きを阻害するようなルートを選んでいるってのにこの有様だよ。でかい! 説明不要! とはよく言ったものだ。
不幸中の幸いは、この街が昔色々あって放棄されたゴーストタウンってことか。だから俺以外に巻き込まれる人はいない。その分脆くもあるんだが……。
「うひょぁっ!? あっぶねえぇぇぇー!!」
はい、おまけの火炎ブレス入りました。撮影開始直後みたくキャラロールを徹底するなら、ご覧くださいレンガがあっという間に燃え尽きていきますとか言えてるんだろうが。
うん、直前まで俺が走っていた軌道を貫く形で、特大の炎が通っていったな。
でもって崩れかけの家屋が焼失した。位置取りを変えていなかったら、ああなっていたのは俺だ。
今このときばっかりは多方面同時録画能力に感謝したものの、そもそも俺がこんな目にあっているのはその能力を受け取ったからだから、素直に喜べない。
「頼むユニスゥゥゥ!! 早く来てくれぇぇーーっっ!! ああああぁぁぁぁーーっっ!!」
燃え盛る廃墟をバックにして、俺は彼方に向けて叫んだ。
その視界の中には複数のウィンドウが浮かび上がり、うち3つがここではない場所の映像を映し出していた。
そこには、やはり赤い鱗のドラゴンと戦う……もとい、首を剣で切り落とした幼女の姿。どうやら、もう少しのようだ。もう少しだけ耐えれば、彼女は来てくれる。
「うおおあああああ死んでたまるかぁぁぁーーっっ!! 絶対vtuber界でトップに立ったるんじゃあああぁぁーーっっ!!」
叫んで自分を鼓舞しながらなおも走る。
そうだ、死ぬわけにはいかない。シンプルに死にたくないというのももちろんだが、せっかく伸びて来た視聴者数のことを思えば、こんなところで死ぬなんて絶対に嫌だ。
「キュシャアアァァァーー!!」
「ぎょええぇぇーーっっ!?」
通常のブレスとは異なる、甲高い音とともに放たれた青炎のブレス。それは明らかにそれまでのブレスより威力が高く、廃墟の一角、具体的には俺のほぼ直近真後ろが爆ぜた。
すさまじい衝撃を伴った熱風が背中に直撃し、俺はそのままきりもみ回転しながら空中を吹き飛んでいく。
あまりの威力に、意識が一瞬飛びかける。しかし直前、穏やかな白い光とともに身体を引き寄せられ、かろうじて気絶は免れることができた。
「お待たせライム!」
その理由はただ一つ。先ほどまで離れたところで戦っていた彼女が……勇者ユニスが、ギリギリのところで間に合ったからだ。いつの間にか俺は、彼女の腕の中に抱かれていた。
まだ幼女と言って差し支えないあどけない顔をこんな状況で屈託なく綻ばせる彼女を見て、俺は安堵の息をつくと同時にずっと思っていたことを叩きつける。
「ユニス! ばっかお前、遅いんだよ!」
「えぇーっ!? ボクすっごくがんばってたじゃん! レッドドラゴンをソロで八分ちょっとって史上最速だと思うんだけど!」
「そういう問題じゃな……あああぁぁぁぁ後ろ後ろ後ろォ!」
お姫様抱っこされながらも、俺の周囲に浮かぶ仮想ウィンドウは状況を無慈悲に映し続けている。その一つが、人間なら死角になる位置からの尻尾の横薙ぎを正確に捉えていた。
「おっと」
食らおうものなら俺らのような幼女ごとき、ぺしゃんこ間違いなしな重い一撃。それをユニスのやつ、あろうことか足場代わりに蹴って急激な方向転換に利用した。相変わらず、やることがめちゃくちゃなやつだ。
彼女はそのまま物陰に飛び込むと、俺を下ろして剣を抜いた。白銀の輝きが、炎の赤い光の中で静かに映える。
「何はともあれ、あいつを倒さないとね」
「おう……あとは任せる」
「うん、まっかせて! ライムをこんな目にあわせたやつなんて、ぎったんぎったんにしちゃうんだからね!」
そして彼女はばちこんとかわいらしいウィンクを飛ばすや否や、弾丸のように飛び出していった。
俺はそれを見送ると、一つため息をついて……どさりとその場にへたり込んだ。どうやら緊張の糸が切れたらしい。
いつものことだ。そしてこれまたいつも通り、ここから彼女の戦闘を実況する気力なんて残っていない。
とはいえ、死の瀬戸際にあったからか、思考は比較的クリアだ。俺はもう一つだけため息をつくと、改めて録画を続けているウィンドウ各種に目を向けた。
そこには閃光たなびく剣を縦横無尽に操り、ドラゴンと渡り合うユニスの姿が、様々な方向から映されている。
俺はそれを眺めながら、編集をどういう風にするかを考える。この瞬間俺は、ようやく己の本分を取り戻すのだ。
バーチャルYouTuber、すなわちvtuberライムとしての本分を。
まあ、世界広しと言えども、異世界から動画を配信しているやつなんて俺しかいないだろうけどな……!
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別に好き好んで異世界に来たわけじゃない。ただ、vtuberになるためにとりあえずMMDモデルを完成させたのはいいものの、具体的にどんな動画を作るか考えてなかったからさぁ。
だから異世界行きの白羽の矢が立ったのを受けて、シンプルに「異世界から動画配信とか、絶対閲覧数伸びるやん!」と思って。承諾して今に至るわけさ。
実況とか大規模な編集とか、あの手この手を駆使しなくても、地球とは異なる文化や文明を撮影するだけで十分人目をひくだろうと思ったんだ。
だから、神を名乗った相手がなんのために俺を異世界に派遣したのかをもう少し考えるべきだったなと、今になって思ったりはする。
神とやらは、俺にゲームの記録係を任せたいと言ったわけだが。じゃあなぜ異世界からそれを派遣するのかと、もう少し考えたほうがよかったんだ。
そうすれば、毎日のように命の危険にさらされることもなかっただろうにな。
……いやまあ、これについては特典で欲しい能力はあるかと聞かれて、戦闘系の能力を一切希望しなかった俺も悪いんだが。
それでもだ。派遣先の異世界が、地球と比べてどれくらいの危険度を誇るのかを教えてくれなかった神にも非があると思わないか?
まさか記録を手伝って欲しいと言われて、それが滅亡の危機に瀕した世界の話とは思わないじゃないか。
まあ、悪いことばかりでもない。異世界の色んな景色や文化を見て回れるのは、シンプルに楽しい。
それに性癖をこれでもかと詰め込んで自作したMMDモデル、ライムになれたし。
幼女(と言っていいのかはさておき)とお近づきになれたし。
vtuberとして活動し始めて一ヶ月くらいでチャンネル登録者も10万人突破したし。
……ん? ひょっとして俺、結構満喫しているのか?
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「今回のタイトルは……『VSレッドドラゴン戦で囮をやってみた』かな……」
動画データを地球に向けてアップロードしながら、ぽつりと呟く。
毎度のことだが、タイトルは本当に悩む。俺の動画は神の力を借りて、すべて異世界から配信しているから「異世界実況シリーズ」と銘打っているものの、それだけでは情報が足りない。
だからこそ中身を端的に知らせるタイトルがいるわけだが、短すぎたら意味がない。逆に長すぎるのも問題で、この加減次第初見さんを引きつけられるかどうかにつながるので手は抜けない。
一回二回くらいなら、それなりに気の利いたタイトルも浮かぶんだが。毎回そんなうまく行くはずもなく、ベストを探して試行錯誤する日々だ。
「……囮役、これで何回目だ? 自分でもネタにし出した辺り、そろそろ引き返せないくらい定着しちまった気がする……。
でも俺、戦闘力ゼロだからなぁ……戦闘であいつの役に立とうと思ったら、囮以外にできることがないし……」
俺だって異世界に来たからには、魔法とかいろいろやりたいとは思ったよ。ユニスの手伝いができたらいいなとも思ったし。
でも他の能力にリソースの一切を割いているようで、俺はまったくその手の技術が身につかなかった。武器のほとんどはそもそも持てないレベルだし、魔法なんてさっぱりだ。
唯一回避に関しては、戦闘力ゼロながらレッドドラゴン相手に八分間も粘れるくらいにはあるが……それだけどうにもならん。
仕方がないので、俺はその割かれている能力を活かしたサポートに専念している。具体的には、長い旅を続ける必要があるユニスに、日本のそれと変わらぬ快適な環境を提供している。俺の得た力は、そういうものなのだ。
「ふはぁー。ライムぅー、お風呂あいたよー」
「おーう」
その日本式ライフスタイルの象徴、風呂から上がって来たユニスが蕩けきった顔でぺたぺたと近づいて来た。
そのまま背後から俺に抱きつくと、肩越しに顔を並べて来る。
感触から言って全裸だなこいつ。いつものことだが、仮にも勇者が裸族なのはどうかと思う。
いや、確かにドラゴンをクエストなRPGの3作目の勇者の父親は、覆面マントにパンツ一枚の変態だったが。あれもリメイクされたら普通の渋いおっさんになってたわけで。
何が言いたいかというと、そのぷにぷにボディを密着させるのは俺の理性が危ないということだ。あんなバカげた膂力を発揮できるのに、なんだそのけしからん身体は。どうなってるんだクソッ、異世界万歳!
「編集? ってやつ、終わったの?」
「ああ。今はアップ中だ」
「そっかー」
パソコン周りのことはわからないので、こういうことについてはユニスはかなり淡白だ。代わりにとばかりに頬ずりをしてくる。
「ねーライム。ボク、今日のご飯は生姜焼きがいいなぁ」
「おー、いいな。いいよ、作ったる作ったる」
「あとね、食後のデザートにはアイスクリームが食べたいな。クッキーバニラが食べたいんだ」
「ばっかお前、アイスは交換レートが高いって毎度毎度……あー、いや、いいや。今日は助けてもらったし、礼ってことで」
「やったー! ライム大好きー!」
「おうおう、俺も好きだぜユニス」
頬ずりから勢い余ってキスまでしてくるユニス。
もちろん嫌なはずがないので、なすがままの俺。むしろ正面から改めて受ける所存。
戦闘のときは思わず遅いとなじってしまったが、ユニスがいなければあそこで俺が死んでいたことは間違いないのだ。アイス程度でこの頼れる相棒に報いることができるなら、安いものだ。
「……お、アップ終わったな。んじゃま、投稿ーっと」
ポチッとな。
「終わった?」
「投稿はな。もうちょっとだけ待ってくれ、つぶやきったーで宣伝ツイートだけやっておきたい」
「はーい」
宣伝という言葉の意味はよくわかっていないユニスだが、あまり時間がかからないことはわかっているので、素直に頷いてきた。
「……これでよし、と。うーし、そんじゃ飯にすっかー」
「わーい! 待ってましたー!」
一通りの仕事を終えた俺は、首根っこにユニスをぶら下げたままキッチンに向かう。
ネタ切れになったらこの生活そのものを使うのもありと思っている、俺ことライムの日常は大体こんな感じだ。
異世界に来ておよそ一ヶ月。自分でも随分と順応しているなとは思うよ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついカッとなって書いた。今は反省している。
いや、これはもしや名案なのではと思ってつい勢いに任せて3時間くらいで書いたんですが、案の定見切り発車感全開の半端なできになった感じがひしひしと!
アイディア自体は悪くないと思うので、構想や設定をもうちょっと磨いてみようかなーなんて。
ところでゼノコロさん剣落とさないんですが、なんとかなりませんかね……。