自転車
席替えを終え、生徒会の仕事もきっちり片付けた僕は自転車にまたがって帰り道に就いた。家から学校までの徒歩30分は意外と辛いものがあったからと、雨の日以外は自転車通学に切り替えてもう一ヶ月になる。一人で帰る帰り道は退屈だけどその日あった出来事を振り返るいい時間だった。
「今日の席替えは2回目だったけど、いい席当てたな」などと考えながら自転車を漕ぐ。確かにいい席だ。周りにはまだちゃんと話したことないけど話は合いそうな男子、クラスの中でも活発で早くも可愛さランク1位を獲得していた今泉さんがいる。極めつけは席の場所。教室端の窓際で、狭いけれど人工芝が手入れされているグラウンドがよく見える。後ろから2番目だから授業中の内職もばれにくい。
でもたぶん、本当によかったことはそれじゃない。千鳥配置で前後左右は必ず異性になる座席配置で前でも後ろでもなく真横に高槻さんが来てくれたことだ。
そういえば大島に捕まらなかったな、あいつ今頃悔しがってるんじゃないか?と思ってるうちに15分の道程を終えていた。やっぱり自転車は楽でいい。
家に帰って、自宅のパソコンで仕事の続きをする。「さっき仕事はきっちり片付けたと言ったな?あれは嘘だ」そう、文化祭を9月に控えている夏休みの生徒会役員に休む暇などなかった。ただでさえ授業で時間を取られている僕は夏休みの間授業のない他のコースの役員に遅れを取りたくなかった。
「ご飯よー」
母親が呼ぶ声で作業をやめる。
早く明日にならないかな、と呟いた声を親に聞かれて「どうしたのあんた恋でもしたの?」と突っ込まれてしまった。親の勘というものは恐ろしい。僕は高槻さんに恋をしてしまったみたいだ。
「恋、か…」
自室で声に出してみた。なんだか実感がわかない。別に恋をしたことがないわけではない。初めて「恋」という感情を自覚したのは確か小学4年生の時だった。別に早くもなく遅くもなく、普通の範疇だったと思う。
けれど僕は今まで本気で人を好きになったことが無いのかもしれない。もっと話したい、ずっと一緒にいたい、と思うことはあってもその子と仲がいい男子に嫉妬することもなかったしその子に好きな人がいるとわかればすぐに諦めていた。一番恋らしいことをしたのは確か中2の夏休み。サマーキャンプで出会った2つ年下の女の子を同い年の男子と取り合った時だろう。結局その勝負には勝ったけれど告白する前にその子は彼氏を作ってしまった。半年以上文通を続けながら推敲を重ねたラブレターを破いたのはいい思い出だ。その子は東京から新幹線で2時間弱かかる所に住んでいるけれど今も親交がある。
きっと今回も何事もなく終わるんだろうな、でも「なにか」が起きたら楽しいかもしれないな、と期待しつつ早く明日になることを願ってその日は布団に入った。