この世界ならこんな魔法
夢で思い付いてしまったものは書くしかないだろう!
思い付かなくなったら消します。
『 』
彼女の名を聞き、震え上がらない人間はそうそういない。そう断言できる。大人も子供も老人も男も女も皆誰もが、この名を聞けば無条件に耳を塞ぐ、塞ぎたくなる。
人間はこの世界でも脆い生き物だがただ脆いだけではない。命を紡ぎ、畑を耕し、一心に働き、魔法を試行し、武器を振るって懸命に生きる種族だ。
しかし、それを否定するように彼女は生まれた。人間でありながら亜人のような強靭で頑丈な体を持ち、吸血鬼のような不死性を持ち、妖精のような美しさを持ち、人間のような器用さと頭脳を持ち、魔人のような魔法を持ち、化け物のような残虐性と冷酷さを兼ね備えて彼女はこの世界に生を受けた。そして、その才能で遊ぶかのようにこの世界を滅ぼし始めた。
無知な人間をめちゃくちゃにし続け、無能な魔法使いをぽいぽいと投げ捨て他の種族が来れば他の種族ごとぶちのめす。
彼女に慈悲はない、優しさなど欠片もない、同情もない、あるのは純粋な悪意。或いは憎しみと他者を虐げる心が彼女の全てを支配している。
愛すらないと言いたいところだが、彼女には愛している者が一人だけいた。
それは『自分』だ。
強大な自己愛、自分を愛する心のみが彼女に存在する。もしも、彼女に世界で一番美しいものを問いかけたなら、それは自分だ、と当たり前のように答えるだろう。
それほどの美しさが彼女にはあった。他者を寄せ付けない圧倒的な力を持ちながらも他者を魅了し引き寄せてしまう魔性の魅力も彼女は持っていた。
道を踏み外すことがなければその力を使い、どれだけたくさんの者を救うことができただろうか。と、沢山の人間が言ったが元々、彼女の心に『正義』なるものは存在していないのだ。存在するのは『悪』のみ、悪になるために生まれてきた者なのだから『正義』に道を外すことはないだろう。まあ、彼女にとっては自分なりの『正義』を貫いているだけであり、彼女からすれば他の者が悪になるのだが。
さて、ここまでの悪逆非道を聞けば彼女がどうなるかは分かるだろう。彼女は強大な支配欲と傲慢さによって魔王となった。全てを支配し、逆らう者を都合の悪い者を気に入らない者を刃向かう者を立ち向かう者を全て滅していった。
彼女を倒すことが出来る人間などいるはずがなかった、否、居てはいけなかった。
そんな彼女にも一人だけ目をかけている者がいた。ある小さな集落に住む幼い少年である。今はまだ自分より遥かに劣っているが時間を許せば多大な脅威になり得るであろう、そんな少年だ。幼いながらも他者を慈しむ心と彼女を倒そうという『正義』の気概がひしひしと感じられる。
ならば、と彼女はその少年を放っておいた。この世界を統治してから数十年。彼女の相手になる者は居らず退屈していたのだ。 彼女はその少年を放っておき、少年が間違った方向に進んでしまった時はその道を無理矢理正した。その行動は正解になると確信しながら。
結果から言えば予想通りだった。いや、少年は予想以上の脅威となり今や、彼女とほぼ同等の力を持つ者と化していた。しかも、彼には他者からの救いがある、祈りがある、支えがある、護りがある。そんな少年は彼女をうち滅ぼさんとし、彼女と闘うために一心に彼女の元へ向かった。
彼女は多少予想外の結果になったことは少し驚いたが、何も変わりなかった。寧ろ、『勇者』へと進化したこの人間をどうやって倒してやろうか考えていた。たくさんの種族が勇者を応援している。その勇者は必ず魔王を倒してくれると確信している。その勇者に希望と期待を持っている。しかし、彼女はそんな希望と期待を粉々に砕き、他者が絶望に嘆く姿を見るのが楽しみで楽しみで仕方がなかった。
遂に、その時がやってきて勇者と魔王が相対した。勇者は憎むべき彼女を睨みつけながら魔王は愉快そうに美しく妖艶な笑みを浮かべながら。
知っている者はほぼいないであろうそれくらい高度な魔法が彼女から放たれる中、勇者は勇ましく正義の剣を振るった。魔王の腕が足が首が体が千切れて飛んで肉片へと変わる、そんなことはありえず、戦いは常に魔王が有利な状態で進んでいった。当たり前だろう。戦ってきた年季そのものが違うのだ。勇者がそれに食らいつけるのは彼が持つ圧倒的な戦闘のセンスと努力による実力、そして、他種族の加護があるからだった。そもそも、勇者は人間でありそれを凌駕することは人の理を外れるも同然である。人の理を犯し罪を重ねた彼女とは土台が違うのだ。それでも、彼は諦めなかった。『正義』の心が、人間の祈りが彼をつき動かした。
するとどうだろう。勇者の力は先程の倍近くに跳ね上がり、魔王と互角、いやそれ以上の力へと変化した。魔王は更に自分を追い込む勇者に歓喜した。
果てに魔王は本気を出し、勇者を滅ぼそうと全ての力を降り注ぐ。
しかし、遂に決着がついた。勇者の正義の剣が彼女の胸を貫いたのだ。叫びをあげるわけでもなく黙ってその剣を受け入れる彼女は笑っていた。刹那、閃光が弾け光が辺りを覆う。黒く淀んでいた空は晴れやかとし、人間を苦しませていた絶望も消えた。
皆、狂喜乱舞し喜び、勇者を称えるべく彼の姿を探した。しかし、彼の姿も彼女の姿も消えていた。死体すら無かった。戦いなど起こっていなかったかのように決戦の地は静まりかえっていた。
勇者の名は人々の心に刻まれた。その存在は物語となり語り継がれた。魔王の名は人々の心に刻まれた。その存在は禁忌となり語り継がれた。
この世界の物語はこれで終わりとなるが、腑に落ちないところがいくつかある。
魔王と勇者の行方だ。
さて、ここから先はこの世界から消えた二人の人間の行方を描いた物語。
次回からは一人称視点に変更したい…