Crimson & Silver -作戦内容-
『ゴーレム討伐作戦』――。
妙に大げさに銘打たれたその作戦内容は、至って簡単なものだった。
『ケルフィオン』の街から南東に十キロ程離れた位置にある『アドルズ渓谷』。首都『テルノアリス』から遥か西の方角にある『ブラウズナー渓谷』程ではないが、未開の場所が多いと言われている渓谷だ。
その『アドルズ渓谷』でつい先日、『魔術戦争』時代に造られたと思われる遺跡が発見されたそうだ。
発見したのは『ケルフィオン』で考古学の研究を行なっている学者連中らしいのだが、発見したその遺跡に、『ある物』が大量に配置されていて、研究作業の妨げになっているそうなのだ。
その『ある物』と言うのが、『ゴーレム』。
遺跡を発見した際、学者連中は大量の『ゴーレム』に遭遇し、命辛々逃げてきたそうだ。だがもちろん、学者連中はその遺跡発掘を諦めるつもりはない。だから今回、『ケルフィオン』の『ギルド』に依頼があったのだ。
遺跡にいる大量の『ゴーレム』たちを破壊してほしい、と。
今回の大規模な作戦に辺り、『ギルド』は一般人の中からも参加者を募った。それによって編成された作戦チームは、ギルドメンバーも合わせて総勢七十人を超す大部隊となった。
もちろん正規軍の数に比べれば微々たるものだが、民間の、しかも一作戦においてこれだけの人数が揃う事はまずあり得ない。それだけ、『ギルドマスター』クルスが今回の作戦に掛ける意気込みは、今までとは違うという事なんだろう。
だからこそ、金を稼ぐという軽い気持ちでこの作戦に参加した事を、俺は早くから後悔していた。
まさかこんな凄い展開になるなんて予想もしてないんだ。ある意味他の人間よりやる気のない俺がこの場にいる事自体、酷く場違いなような気がしていた。
「――お前、ディーンとか言ったよな?」
現地に着く直前、俺が参加したチームのリーダーである男、アルフレッド・ダグラスが、酷く嫌悪したような口調で俺に声を掛けてきた。
恐らく彼は、俺が金目当てである事、そして他の人間に比べてやる気がない事に、早くから気付いていたのだろう。だからこそ、どこか敵意を向けるかのように俺に声を掛けてきたのだ。
俺もそうとわかっていて、それでも無視する事なく適当に言葉を返した。
「……それがどうかしたのか?」
「戦いが始まる前に言っとく。このチームに参加した以上、お前は俺の指示に従ってもらう。俺が戦えと言えば戦い、死ねと言えばその場で即死ね。わかったか?」
彼が嫌味な感じで笑って言うと、周りの仲間たちは同じく嫌味な感じで小さく笑い声を上げた。
こういう時、俺はどうしても喧嘩腰になってしまう。もう少し大人しく、柔軟な対応が出来ていればよかったんだろうが、生憎俺はそんな殊勝な部類の人間じゃない。媚を売るなんてまっぴら御免だった。
「随分と偉そうな物言いだな。高々一『ギルド』の一チームリーダーが王様気取りかよ? ハッ、何とも器の小さい野郎だ」
俺の言葉が完全に癇に障ったんだろう。前を歩いていたアルフレッドは突然振り返り、右手で俺の胸倉を思い切り掴んだ。
「何だと? 何様のつもりだ。金を稼ぐ事しか考えてねぇ野郎がよ」
「あんたこそ何様なんだよ? 他人のあんたに俺のやる事イチイチ指図される覚えはねぇけどな」
「てめぇ……!」
俺はアルフレッドと正面から睨み合った。自分でもなんて無意味な事をしているんだとは思っているが、どうにも感情を抑えられそうにない。
今思い返してみると、あの頃の俺はミレーナの行方が一向に掴めない事に、少し苛立ちを覚えていたのかも知れない。
そんな時に、眼の前のアルフレッドのような、格好のストレス解消相手が見つかったんだ。そう考えると、俺が喧嘩腰になっていたのも無理からぬ事だったのかも知れない。
睨み合い、お互いに殴り合いの喧嘩が始まりそうな張り詰めた空気。それを打ち破ったのは、あの銀髪の少年だった。
「止めろ、二人とも。まさかもう今回の目的を忘れてるんじゃないだろうな?」
声のした方を、俺とアルフレッドは同時に見つめた。
そこに立っていた銀髪の少年ジンは、呆れたように俺たち二人を見つめていた。
「まずアルフレッド。その右手を離せ。いくら彼が金目当てだからと言って、無下に扱っていい事にはならないだろ?」
ジンに諭すような言葉を掛けられ、アルフレッドは「チッ!」っと激しく舌打ちして、強引に右手を離した。それを確認した後、ジンは今度は俺に視線を向ける。
「キミもキミだ。確かにアルフレッドの言動にも問題はあるが、キミのその喧嘩腰の物言いにも賛同は出来ないな。それぞれ別の思惑はあるにしろ、今俺たちはチームを組んでるんだ。結束しろとまでは言わないが、せめてもう少しくらい協力的にしてくれ」
「……ああ、悪かった」
的確に痛い所を突かれた俺は、自分の非を認めざるを得なかった。呟くように謝り、何事もなかったかのように歩き出すジンの背中を俺は見つめた。
自分の非を認めると同時に、俺には思った事があった。
こいつは何だか凄い奴なんだな、と。
◆ ◆ ◆
「――自己紹介がまだだったな。俺の名はジン・ハートラー。キミの名前は……、とそうだ。ディーンと言う名前だったな」
『アドルズ渓谷』に着いた直後、俺たちのチームが配置に着く少し前に、そう言って銀髪の少年は話し掛けてきた。
正直な話、ジンに話し掛けられた時は戸惑わずにはいられなかった。先刻、アルフレッドと衝突し掛けていた件で、俺は少なからず、この少年からも反感を買っているんじゃないかと思っていたからだ。
だからこそ、ごく自然な感じで話し掛けてくれたジンに、感謝の念を抱いている面もあった。
「さっきは悪かったな。飛び入り参加の俺みたいな人間が、空気を悪くしちまって……」
「気にするな……、とまでは言えないが、思い悩む程でもない。『ギルド』で仕事をしていると、多かれ少なかれああいった衝突は嫌でも起きる。それぞれ思惑の違う人間が一堂に会しているんだ。それも仕方のない事さ」
ジンは軽い感じで溜め息をつくと苦笑した。その仕草が本当に自然で、嫌味のない感じだった。さっきのアルフレッドって奴とはエライ違いだ。
「あんたは正規のギルドメンバーなんだろ? 『ギルド』に参加して、どれぐらいになるんだ?」
気付けば俺は、そんな風に質問していた。一人旅をしている俺が他人に興味を持つなんて、初めての事だったかも知れない。
そんな俺を不思議に思う事もなく、ジンは顎に手を当てて考えるような仕草をした。
「そうだな……。もう四年ぐらいになるはずだ。ある目的があってね……」
「目的? 金でも溜めて、何か買うのか?」
「……まぁ、そんな所だ」
俺の言葉に対するジンの答えは、どことなく歯切れが悪いような気がした。
俺がそれを訝しく思っていると、まるで話題を変えようとするかのように、今度はジンが尋ねてきた。
「俺もキミに聞きたい事があるんだけど、いいかい?」
「? 何だよ?」
「さっきキミは、自分の名前をフルネームで言わなかっただろ? ファーストネームしか名乗らないのは、何か理由があるのかい?」
「! あ~、それはだな……」
焦った顔をして言い淀んだ俺を見て、ジンは首を傾げて訝しそうな顔をした。やはりこの世界、フルネームを名乗らないと不思議に思うのは、どこの人間も同じなんだろうか?
ジンの言う通り、俺にはフルネームを名乗らない明確な理由がある。
だがそれは、あくまでも俺個人の面倒臭い性格が災いしているだけの事で、別に名乗るのも憚られるような名前だという訳ではない。むしろその逆で、『この名前』を聞けばこの大陸に住むほとんどの人間は驚くんじゃないかという有名な名前だ。
その為、騒がれるのが嫌な俺は、自己紹介をする時は極力、ファーストネームだけを名乗るように心掛けているのだ。だからこうして突っ込まれると、どう返そうか四苦八苦してしまう。
以前訝しげな顔をしたままのジンに、どう言い訳しようかあれこれ逡巡していた時だった。
「――よし、お前ら。ここが俺たちの配置場所だ」
前方を歩いていたアルフレッドの掛け声で、移動を続けていたチームの足が止まった。辺りを見ると、そこは『アドルズ渓谷』の南側、眼下に古びた遺跡を望む、切り立った崖の上部に当たる部分だった。谷底までは約五十メートル程。どうやってここから降りるつもりなのかと考えていると、アルフレッドのチームのメンバーが、崖下に降りる為のロープを設置し始めた。
「あと五分程で行動開始だ。全員、戦闘準備しとけ」
アルフレッドが真剣な表情で全員に呼び掛けると、俺の傍らにいたジンも表情を改めた。
「おしゃべりはここまでみたいだな。ここから先は、少しの油断が命取りになる」
「あ、ああ。そうだな」
ジンに生返事を返しながら、俺はこの時ばかりはアルフレッドに感謝した。実に上手いタイミングで、話を切り上げさせてくれたものだ。
だがジンの言う通り、そうゆったりと構えていられる訳でもない。
アルフレッドが言った作戦開始時間は、間もなく訪れる。ジンやアルフレッド、そして他のチームメンバーがそれぞれ武器を構える中、俺は特に何もせず、ただ神経を集中させていた。
俺は武器を使わない。より厳密に言えば、使うのは『とある技術』だけだ。
と、その時。谷の北側上空に、紅い光を放つ何かが打ち上げられた。間違いなく、他のギルドメンバーからの合図だった。
その光を見上げながら、アルフレッドが叫ぶ。
「――作戦開始だ! 行くぞ!」
ロープを掴み、崖下へと飛び込んでいくアルフレッドたちに、俺も猛然と続いた。
いつの間にか、やる気が少し芽生えている。戦いを前に興奮しているのかも知れない。
とにかく今、『ゴーレム討伐作戦』は始まった!
外伝もテルノアリス編(裏)と合わせるともう九話目とは……。
読書感想文すらまともに書けなかった自分が、これだけの文章書いてるなんて信じられません(笑)