とある立ち位置からの状況報告・Ⅳ
首都テルノアリスを狙うアーベント・ディベルグの企みは、『魔術師』と呼ばれる紅い髪の少年の活躍によって、見事に打ち砕かれた。
『紅の詩篇』。
紅い髪の少年が戦いの中で会得した能力。それによって首都は崩壊を免れ、再び平和な日を迎える事が出来た。
だが、まだ全てが終わった訳ではなかった。
紅い髪の少年と、『妖魔』一族の生き残りである少女。
彼らの関係は何処に向かうのか。
ジンはそれを、ただ傍らから見届けるしかない。
首都を狙った戦いも漸く終決し、ジンは少し安堵していた。
紅い髪の少年には礼を言っておかなければならない。
彼がいなければ、恐らく首都は崩壊を免れなかっただろう。
だが首都が救われたのが、彼のおかげだと知る者は少ない。知っているのはジンを含めて、一部の王族と正規軍の中の数人の兵士のみ。『ギルド』に所属している者に関しては、ほとんどが事実を知らない。
(まぁそれでも、あいつはそれでいいと言うんだろうけどな……)
クスッと、面倒臭そうな顔をした紅い髪の少年を思い出し、ジンは笑う。
それに彼にはもう一つ、伝えておかなければならない事が出来た。
彼の探し人、ミレーナ・イアルフスの行方の事で。
『ギルド』の仲間から受けた報告が確かなら、この情報は間違いなく紅い髪の少年にとって朗報になるだろう。これを伝えた時、彼はどんな顔をするだろうか?
と、そんな事を考えていた時だった。
「いやぁ、待たせてすまないね」
部屋の扉が開くと同時に、若竹色の髪の青年ハルクが苦笑しながら現れた。
今ジンがいる部屋は、テルノアリス城内にあるハルクが普段使っている執務室だ。作業机と本棚、床には不思議な模様の絨毯と、貴族にしてはあまり豪華な感じがしない。一時、紅い髪の少年が使っていた部屋の方が豪華な気がする。
話があるとハルクに呼び出され、ジンは謁見の間に向かおうとしたのだが、ハルクがここで話そうと提案してきたのだ。
もちろんジンは例の如く畏まって、自分が入る訳にはいかないと言ったのだが、当然聞き入れてはもらえなかった。
少々緊張した面持ちで、ジンは正面の作業机に座るハルクを見た。
「――それで、話したい事というのは何ですか?」
率直にジンが尋ねると、ハルクは少し困った顔で話し出した。
「実はね……、キミの友人の友人。つまり、あのリネ・レディアと言う少女の事なんだ」
「!」
ハルクが『あの』少女の名前を出した事で、ジンは彼が何を言おうとしているのかすぐにわかった。
そんなジンの表情を苦笑しながら見つめ、ハルクは続ける。
「彼女は『倒王戦争』の頃に滅亡したと言われている一族、『妖魔』の生き残り……。そうだね?」
「……そのようです。俺はこの眼で見た訳ではありませんが、ディーン・イアルフスが重傷を負った際、その傷を『治癒魔法』なる術で治したのが、彼女だと聞いています」
最早隠し通せる事でもないと割り切り、ジンは事実を口にした。
多分自分の考えている事は当たっている。ハルクは、いやきっと、王族たちは――。
「彼女を軍で管理するつもりなんですね?」
ハルクの口から聞く前にと、ジンは先手を打った。結論を無駄に引き延ばしても恐らく意味はない。ならば早く終わらせてしまった方が、どちらの側にとってもいいはずだ。
それが例え、望んでいない結論だったとしても。
「――キミも『史実』の事は知っているだろう?」
ハルクは敢えてジンの質問には答えず、話を先に進める。
ジンもそれを黙って聞いていた。
「『妖魔』の『血』には、『魔術』の力を強める効力がある。実際アーベントもその『血』を飲んで、『魔術』の力が向上したというのは聞いているよ。……となればこの先、アーベントのように彼女の『妖魔』の『血』を悪用しようとする者が必ず現れるだろう。それを防ぐ為には――」
「彼女を軍で保護し、管理下に置く事でその身を守ると同時に、アーベントのように悪用する者の出現を食い止める。……と言う訳ですよね?」
ハルクの言葉を遮る形で、ジンは自分の口から結論を出した。その方が辛さが和らぐと思ったのだ。彼女と紅い髪の少年が引き裂かれる事に、憤りを覚える辛さが。
だがそれは、ほんの少し和らいだだけだった。
やはり納得のいかない思いが、ジンの中にはあった。
「彼には……、ディーン君にはすまないと思う。彼は必死の思いでこの首都を救ってくれたと言うのに、ボクらはそんな彼から大切な友人を奪い取ろうとしている。だけど仕方がないんだ。戦う力の無いボクらはこうする事でしか、自分たちの街を守る事が出来ない。――キミも辛いだろうけど、これは元老院の決定なんだ。わかってくれ」
「……」
ジンは口を開かなかった。開こうとはしなかった。
二人を引き離す事になる。
それを認めるのを、拒む自分がいたからだ。
◆ ◆ ◆
「――あまり驚いていないようだな」
それは、ジンが紅い髪の少年と共に、少女の休む部屋から去った後。一時間程経った頃だった。
再び部屋を訪れたジンが、ハルクから命じられた事の全てを彼女に伝えると、少女リネは少し寂しそうな顔をしたが、驚いているような様子は見られなかった。
ジンにはそれが意外だったのだ。
「……うん。何となくそんな予感はしてたんだ。あたしの『血』には『魔術』の力を高める効力がある。ジンが今言った元老院からの命令は、そのあたしの『血』を悪い人に渡さないようにする為のものなんでしょ? なら、仕方ないよ。あたしだって、あたしの『血』のせいで傷付く人が出たら嫌だもん」
そう言ってリネは少し寂しそうに笑った。寂しそうに笑って、寂しそうに俯いた。
もしも今、あの紅い髪の少年がここにいたら、彼女のこんな表情を見て何と言っただろう? 慰めただろうか? 励ましただろうか? ……いや、彼はきっとどちらも選びはしない。どちらも選ばず、ただ黙って現状を受け入れるだろう。
現に彼は、ジンと二人になった時に言っていた。元々俺は一人だったと。俺一人が守ろうとするより、軍が守った方がいいに決まっていると。
恐らく彼は割り切っていたのだ。王族の決定なら仕方がない事だと。元老院に意見を聞き入れてもらえる訳がないと。
だがジンは違った。
彼と違って、そこまで割り切れない。諦め切れない。
だからこそ、ジンは問い掛けていた。
「キミ自身はどう思ってる?」
「……えっ?」
俯いていた少女は、ジンのそんな問い掛けに顔を上げる。
「キミ自身はどう思ってるんだ? 王族の、元老院の命令に従いたいのか? そんな簡単に諦められるのか? ディーンと離れてしまう事が、悲しくはないのか?」
「それは……」
少女は言い淀む。本音を言ってしまうのが恐いのかも知れない。本音を口に出してしまえば、抑えが利かなくなってしまうのが恐ろしいのかも知れない。
だからジンは背中を押す。お節介だとわかっていて、それでも言わずにはいられなかった。
「どんな状況であれ一番大事なのは、やっぱりキミ自身の素直な気持ちなんじゃないのか?」
「……」
「例えどんな結果に終わるとしても、悔いを残すべきじゃない。――俺が言えるのは、それだけだ」
言いたい事は全部言った。だがそれは、ジンが言うべき言葉ではなかったかも知れない。しかしだからと言って、ジンには見て見ぬふりも出来なかった。二人には、このまま終わってほしくなかったのだ。
しばしの沈黙。
やがて少女は顔を上げる。
何かを決意したかのように。
◆ ◆ ◆
あの日から三日後。
ジンは首都の北側、第二検疫所を背に、紅い髪の少年と黒髪の少女の背中を見送っていた。
あの後リネはジンに告げた。紅い髪の少年と一緒にいたい、と。
その言葉でジンも決意した。
王族に、元老院に進言する事を。二人の仲を裂かないでくれ、と。
だが意外にも、ジンがハルクにその旨を伝えると、ハルクはあっさりと了承してくれた。他の元老院にも働き掛けると約束してくれた。
そしてその結果として、ジンは二人の背中を見送っている。
何かを言い合いながら歩いていく二人。それでもどこか、二人の背中は不思議と楽しげに見えた。
「――あなたもまた、旅がしてみたくなったんじゃない? 『ギルド』の任務とか仕事とか、そういうの一切抜きにしてさ」
傍らで、自分と同じように二人の背中を見送るエリーゼが、不意にそんな言葉を口にした。
ジンは優しく微笑みながら、遠ざかっていく二つの背を見つめる。
「さぁ……。どうだろうな」
そんな風に、ジンは答えた。
例え一つの物語であっても、そこには様々な視点がある。
紅い髪の少年が表側とするなら、ジン・ハートラーは裏側の立ち位置だった。
だが物語は続いていく。
彼らの意図しない所で、また別の物語が生まれていく。
その時は、ジン・ハートラーが表側に立つ番かも知れない。
という訳で、テルノアリス編(裏)は終了です。
ジンくんの活躍、いかがだったでしょうか?
次にどんな外伝書くかはまだ決めてないので、ネタが決まったらまた更新します!
それと同時に、本編の方もよろしくお願いします!