とある戦場からの戦況報告・Ⅲ
幾度かの戦闘を終え、テルノアリス城へ傷の手当ての為に戻ったジンは、そこで紅い髪の少年と合流した。
この街での出来事について何かを発見したらしい紅い髪の少年は、城の中から街並みを観察したいと言ってきた。
丁度元老院の一人、ハルク・ウェスタインも傍にいた事から、城への入城はあっさり許可された。
そしてそれにより、紅い髪の少年はアーベント・ディベルグの本当の狙いを看破する。
すなわち、『術式魔法陣』の発動。
事態に際して、紅い髪の少年から術式を安定させている『魔術師』の討伐を頼まれたジンは、数人の正規軍兵士を連れ、首都の外壁、北西の角の部分に向かった。
そこには紅い髪の少年の予想通り、『魔術師』が待ち構えていた。
紅い光を放つ半径二メートル程の魔法陣の中心に立つ『魔術師』は、街の中に現れた仮面の人物たちと同じ格好をしていた。
「お前たちの企みは看破された。大人しく投降しろ」
最後通告のつもりで、ジンは『魔術師』に冷たく言い放った。
だが『魔術師』はそれに応じた様子は見せない。それどころか、不気味なニヤリとした笑みをジンや兵士たちに向けた。
「クク……。我々を追い詰めたとでも思ったか? だとしたら残念だったな」
「どういう意味だ?」
「こういう意味さ。――出でよ、『ゴーレム』!」
「なっ……!?」
勝ち誇ったかのような『魔術師』の叫びで、突然地面が激しく揺れ動き、岩盤を突き破って三つの巨大な塊が姿を現した。鋼鉄の鎧を纏う五メートル超の人型の物体。『魔術兵器』として名高い、『ゴーレム』だ。
(ある程度予想はしていたが、まさか配置されているのが『ゴーレム』とは……! しかも三体も……!)
恐らく紅い髪の少年も、こういう事態になるのを危惧していたのだろう。城の一室で役目を任された時、彼は少し躊躇っているようだった。
今になってジンは思う。彼の危惧は当たっていたのだと。
「さぁ! 存分に暴れてやれ、『ゴーレム』ども! 『術式魔法陣』はあと僅かで完成する!」
『魔術師』の声に呼応するかのように、三体の『ゴーレム』は活動を開始する。
ジンは即座に、背中の鞘から『黒裂剣』と『白滅剣』を引き抜いた。そして、緊張で強張る正規軍兵士たちに呼び掛ける。
「『ゴーレム』はあくまで囮だ! あの『魔術師』を狙え! 奴に『術式魔法陣』を完成させてはいけない!」
「はいっ!」
威勢のいい返事が返ってきた瞬間、ジンは先頭に立っていた『ゴーレム』に突貫した。走りながら『黒裂剣』に力を込め、黒い衝撃波『黒閃』を放った。
『ゴーレム』の左腕に被弾した『黒閃』は、鋼鉄の鎧を半分程剥ぎ取った。
だがまだ破壊するには至らない。しかも『ゴーレム』はあろう事かそのダメージを受けた左腕でジンに攻撃を仕掛けてきた。
「! くっ!」
いかにジンでも『ゴーレム』の巨大な拳を真っ正面から受けては、身体中の骨を粉々にされてしまう。 素直に回避を選び、左に跳ぶジン。と、そこに待ち構えたいたかのように『ゴーレム』が右拳を放ってきた。
(躱し切れない! なら――!)
思うが早いか、ジンは右拳目掛けて『黒裂剣』と『白滅剣』を同時に振るった。
『黒閃』と『白雷』の二つを受けた『ゴーレム』の右手は、手首から先が粉々になっていた。
だが『ゴーレム』は痛みによる叫び声など上げない。すぐさま体勢を立て直し、ジンに襲い掛かろうと向かってくる。
(ダメだ……! こいつが邪魔で『魔術師』の懐に入れない! このままでは――!)
そう思考するジンの背後。別の『ゴーレム』が今まさに拳を振り下ろそうとしていた。
「ジンさん、避けて!」
「!」
別の場所にいた兵士からの叫び声に、ジンは瞬時に右へ転がった。
その瞬間、ジンのすぐ傍を鋼鉄の塊が通り過ぎた。地面を転がっていたジンは体勢を立て直し、『ゴーレム』と距離を取る。正直冷や汗をかかずにはいられなかった。
「くそ! 迷っている暇も無しか!」
ジンは改めて剣を握り直し、『ゴーレム』の懐へ飛び込もうとした。
だがその時――。
眩く紅い光がジンの視界を覆った。
ジンはハッとして『魔術師』の方を見る。最悪の事態だった。
「ハハハハハ! 残念だったな貴様ら! 『術式魔法陣』の発動だっ!!」
ゴウッという炎が唸りを上げ、首都の街並みが紅い光に呑まれていく。地面に出現した巨大な魔法陣は、恐らく首都全域を囲んでいるのだろう。
(間に合わなかった……! くそ……っ!)
ジンは紅い光に呑まれていく首都を見る事が出来ず、歯を食い縛って眼を閉じた。
止められなかった……。阻止出来なかった……。そんな暗い思いに、ジンの心は支配された。
ところが、だ。
「な……っ、何だこの現象は……!?」
「……?」
彼の耳に届いたのは、驚愕しているかのような『魔術師』の声だった。
ジンは恐る恐る眼を開いてみる。そして彼は、自分の眼を疑った。
「これは……! 炎が……、流れていく……?」
首都を飲み込もうとしていた巨大な魔法陣から放たれる炎が、巨大な奔流となってある一点に向かって集まっていく。
その方向を見つめ、ジンはある事を思い出した。
確か紅い髪の少年が向かった先も、この炎の奔流と同じ方角だと。
そしてジンは知っている。『深紅魔法』の使い手である紅い髪の少年が、とある能力を使えるようになる為に必死だった事を。
「これはまさか……、『紅の詩篇』なのか!?」
紅い髪の少年から、『紅の詩篇』が炎の従属能力だという事は聞いていた。だがこれ程までに強力な従属だと聞いた覚えはない。にも拘らず、現実はジンにこう告げている。
『紅の詩篇』が成功したのだ、と。
「そんな……。そんなバカなッ!!」
首都を飲み込もうとしていた炎は、最早完全に消え去った。
呆然と虚空を見つめ、『魔術師』はピクリとも動かない。
「どうやら勝負あったようだな、『魔術師』!」
ジンが声を掛けても、『魔術師』は反応しない。どうやら今の現象のせいで戦意を失ったようだ。
呆然自失。まさに読んで字の如くといった状態だ。
だが、こちらはそうもいかないようだ。
三体の『ゴーレム』たちは遮る意味は無くなったというのに、未だに攻撃態勢を解こうとしない。荒野にいる『ゴーレム』と同じく、人間に敵意を剥き出しにしている。
「護衛とはいえ完全に自立行動だった訳か。――仕方がない。全て破壊する!」
ジンは両手の剣を握り直し、『ゴーレム』に立ち向かった。
この戦いに、もうすぐ終止符が打たれる。
紅い髪の少年の勝利を信じ、ジンは戦場を駆け抜けた。
という訳で、ディーンがアーベントと戦っている間の、ジンの戦いの話でした。
こうして書いてると、別視点描くのが楽しくて仕方ない(笑)