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序章 不穏な誘い

『戦王暦』〇一四五年――。

 それはまだ、『倒王暦』も『英雄』も存在しなかった頃。『ジラータル大陸』は、とある『魔王』によって支配されていた。

 各地で繰り返される、政府側と民衆側による武力的衝突。圧政に抗おうとする者が後を絶たない中、どれだけの血が流されようとも、一向に揺らぐことのない『魔王』の軍勢。

 そんな劣悪な情勢が続く日々を、魔術師ミレーナ・イアルフスは、どこか他人事のような思いで過ごしていた。


 彼女の許に、一通の手紙が届けられるまでは。


 意味深な文面に導かれ、望まぬ再会を果たしてしまったミレーナは、『首都・テルノアリス』に向かうことを余儀なくされる。

 彼女を待っていたのは、彼女と同じく腕利きの猛者として知られる、四人の魔術師達。

 そして現状を憂う、とある貴族達だった。




 混迷を極める時代の中で、彼らは何を思い、何を感じ、何を信じて戦い抜いたのか。

 これは、後に『倒王戦争』と呼ばれる争いを乗り越えた、魔術師達の物語。

 決して消えることのない、戦いの記憶――。

 雲一つない快晴の空の下、心地良い風にその身を預けながら、長い金髪の女性は軽く欠伸をした。

 若緑色の小高い丘の上から見下ろす景色は、都会然とした賑やかで華々しいものではない。だが緑溢れる自然豊かな大地は、見る者の心を清々しく穏やかなものにしてくれる。

 こうして一人、短い草の生えた地面に横になり、ゆっくりと流れる時間を満喫していると、ついつい忘れてしまいそうになる。


 今この大陸が、『首都』に座する一人の王によって、専制的支配下に置かれていることを。


 磨き込まれた宝石のように煌めく、その金色の瞳の奥に僅かな憂いを覗かせ、金髪の女性――ミレーナは静かに目を細めた。

「……一体いつまで続くのかしら。嫌な時代ね、本当に」

 誰にともなく呟き、上半身を起こしたミレーナは、ゆっくりとした動作でもう一度天を仰いだ。

 世界という名の景色は、こんなにも穏やかな姿を見せているというのに、日常という名の現実は、酷く歪な姿で自分達の視界を覆っている。

 信じられないし、信じたくはない。だがこの大陸のどこかでは、日々何かしらの争い事が起こり、悲しみや苦しみに支配されていく人々が大勢いる。

 こんな時代の真っ只中で、自分に一体何ができると言うのか? と、そんな自問自答を繰り返す日々。

 だがきっと、自分一人にできることなんて高が知れている。

 所詮自分は、ただの『人殺し』なのだから……。

「――ミレーナさぁ~~~~~~~~~~ん!」

 やや感傷に浸っていたその時、どこか遠くの方から若い男の声が聞こえてきた。

 自らの名前を呼ばれたミレーナは、少々面倒臭そうな表情を作って浅く息を吐く。

「……何でこう空気が読めないのかしらねぇ、あのバカは」

 愚痴っぽく呟き、ミレーナは憂鬱な気分のまま立ち上がった。

 腰の辺りまである長い金髪を軽く払い、掌やズボンを軽く(はた)いている間にも、彼女のことを探している若い男の声は、徐々にこちらへと近付いてくる。

 やがてミレーナの視界に映った、焦茶(こげちゃ)の髪を揺らしながら小走りで近寄ってくる、二十代前半と思しき青年の姿。萌葱(もえぎ)(いろ)に染まった作業服に身を包んだその青年は、ミレーナの姿を捉えると、やや歩調を早めてさらに近付いてきた。

「全くもう、黙ってどこかに行くその癖、いい加減直してくださいよミレーナさん。子供じゃないんスから」

「うるさいわね。どこに行こうと私の勝手でしょ」

 立ち止まり、緩く笑ってみせる青年に対して、ミレーナは腰に手を当てながら鬱陶しそうな表情で言い返した。

 するとその途端、微笑んでいた青年の表情が、見る見る内に物悲しそうな表情へと変わっていく。

「そうッスよね……。ミレーナさんがどこに行こうと、どうせオレなんかには関係ないッスよね……」

「あんたねぇ……。そうやって人の言うこといちいち真に受けてたら、とてもじゃないけど身が持たなくなるわよ、ザスティン」

 溜め息混じりにミレーナが告げると、ザスティンと呼ばれた少年は大袈裟な動作で目頭を押さえて、神に祈るかの如く天を仰いだ。

「心配してくれるんスね、ミレーナさん。恐縮です……ッ!」

「……」

 ホント面倒臭い奴だなこいつ、と思いながら、ミレーナはもう一度溜め息をついた。

 この青年の名は、ザスティン・ベック。今二人が立っている丘の麓にある、『クレミオン』という名の小さな村で農作業を営んでおり、ミレーナとは腐れ縁と言っていい程の間柄である。

「それにしても、よく私がここにいるってわかったわね。ここへ来ることは誰にも言ってないはずなんだけど」

「ははっ、何言ってんスかミレーナさん。ここから見える景色が好きだって、前にオレに教えてくれたでしょ。もう忘れちゃったんスか?」

「うん。って言うか、覚えてない」

「……」

 身も蓋もない言い方をされたザスティンは、ガクッという擬音すら聞こえて来そうな程の勢いで、思いっ切り肩を落とした。

 こんな感じで、ミレーナは彼に対して毎度毎度遠慮なしに冷たい言葉を投げ掛けては、その反応を見て楽しんでいるのだ。

 彼女としては今日もいつも通り、冗談半分で素っ気なくあしらったつもりだったのだが、どうやら思った以上にザスティンの精神的ダメージは大きいらしい。彼は肩どころか頭すらも垂れ下げて、地面とお話ししている変な人になっている。

 少し言い過ぎたか、と内心で反省しつつ(それでも謝罪の言葉を口にしないのが彼女の常である)、ミレーナはややぎこちなく話題の転換を図る。

「そ……そんなことより、私に何か用があったんじゃないの?」

「へっ? ああ、そうでした。実はついさっき、ミレーナさん宛ての手紙を預かったんで持ってきたんスけど……」

「あらそう。わざわざありがと」

 素直に労いの言葉を掛けつつ、手紙を受け取ろうと右手を差し出すミレーナ。

 ところがどういう訳か、懐に仕舞ってあるらしいそれを探っているザスティンの動きがぎこちない。ようやく取り出した白い封筒を難しそうな表情で見つめ、いつまでも渡そうとしないのだ。

 明らかに様子のおかしい青年に対して、ミレーナは眉根を寄せながら尋ねる。

「どうしたの? 何か気になることでも?」

「それがその、この手紙を持ってきた奴が何て言うかこう、怪しい感じの変な奴でして……」

「はい?」

「手紙の配達員に見えないって言うか、胡散臭いって言うか……」

「……」

 人様宛ての手紙を持ったまま一向に渡そうとしないザスティンに痺れを切らせ、ミレーナは半ば強引に彼の手から白い封筒を奪い取った。

 やや慌てた様子のザスティンから視線を移し、ミレーナは件の封筒を注視してみる。

 表には『ミレーナ・イアルフス様へ』と書かれているだけで、別段変わった点は見受けられない。だが封筒を裏返した所で、ミレーナはふと疑問に思った。

 差出人の名前が書かれていないのだ。

 単なる書き忘れとも考えられるが、表に丁寧な字で宛て名を記入するような人間が、果たして差出人の名前を書き忘れるものだろうか?

 さらに言えば、この手紙を届けた人物はザスティン曰く、『怪しい感じの変な奴』である。

 気味が悪い。そう思うのが自然だろう。

「ザスティン。これを持ってきたその変な奴って、具体的にはどんな奴だった? 男? それとも女?」

「それが……よくわかんないんス。走り去っていく人影を見ただけなんで」

「? どういうこと?」

 詳しく話を聞いてみると、彼が納屋の中で作業をしている最中に、突然外から『ミレーナ・イアルフスさんにお届け物です』という、何者かの声がしたらしい。

 気になったザスティンは外の様子を見に行き、納屋の入口の所で例の手紙を拾ったのだそうだ。

 もちろん、誰が置いたのか確かめようと思った彼は、その時見たらしい。黒いフーデッドマントを身に纏い、足早に去っていく人影を。

「じゃあ相手の人相はわからなかったのね?」

「はい……。ただ、呼び掛けられた時の声は男のものだったんで、多分男なんじゃないかと……」

「……」

 ミレーナはもう一度、白い封筒に視線を落とした。何か他に手掛かりになるような物はないだろうかと思っていた、その時。ふとあることに気付く。

(……! この封蝋の印璽(いんじ)、前にどこかで……)

 獅子のような獣が、薔薇の蔓に囲まれた模様の印璽。表の宛て名と同じく丁寧に押されたそれに、ミレーナは見覚えがある気がした。

 朧気な記憶を辿ってみるものの、しかしどこで目にしたのか判然としない。

 とにかく、内容を確認してみようと思い直し、ミレーナは封を切って手紙を取り出した。

 丁寧に二つ折りされた一枚の便箋。その中央に、やけに直線的な筆跡で短い文章が記されている。

「『二日後、「ケルフィオン」の酒場にて貴殿をお待ちしております』。……なんスか、これ?」

 文面に目を通していたミレーナは、内容を音読する声に顔を上げる。

 声の主はもちろん、手紙を渡しに来た張本人であるザスティンだった。彼はいつの間にかミレーナの隣に移動して、堂々と手紙を覗き見している。

「なんスか、これ? じゃないわよ。勝手に手紙の内容を音読しないでくれる?」

「あ、ごめんなさい。俺も内容が気になったもんで、つい……」

「あんたねぇ……」

 呆れ半分、憤り半分の眼差しを送ってやると、ザスティンは露骨に慌てた様子を見せ始める。

「そ、それにしても妙な手紙ッスね。『貴殿をお待ちしております』なんて、まるで貴族みたいな言葉使いだし」

「!」

 恐らくザスティンは、何気なくその台詞を口にしたのだろう。だがその言葉が、ミレーナの記憶を強く刺激する結果を引き寄せた。

 道理で見覚えがあるはずだ。どうやらこの手紙の差出人は――

(でも、だったら一体、何の為にこんな遠回しな方法を……)

「どうかしたんスか? ミレーナさん」

 しばらく黙考していたミレーナは、ザスティンに呼び掛けられて我に返った。

 隣に佇む青年は、やや首を傾げて不思議そうな顔をしている。

「大したことじゃないわ。これの差出人が誰なのか、見当がついただけよ」

「! そうなんスか? じゃあミレーナさん、ひょっとして……」

 目を丸くする青年に対し、金髪金眼の『魔術師』は、底意地の悪い笑みを浮かべて告げる。

「ええ、とりあえず出向いてやるわよ。変な手紙を差し出すなって、文句を言う為にね」


どうも皆さん、外伝の方では超お久しぶりです!

ってな訳で始まりました、『倒王戦争』編! だいーぶ前から書いてみたい、いや書こう!と思っていたこちらの外伝。色々調整してたら延び延びになってしまいましたが、ようやく投稿開始と相成りました。

ぶっちゃけこのお話、外伝の内の一つじゃなく『フレイム・ウォーカー -Standard of Revolt-』として投稿しようかなと思ったくらいなんですが、作品を分割し過ぎてもアレなので思い止まりました。

ちなみにタイトルのStandard of Revoltは、『反旗』という意味らしいです。間違ってたらごめんなさい。←


タイトル通り『反旗軍』、そして『倒王戦争』のお話を書いていくことになりますので、自ずと主人公はミレーナさんになります。

あと三人称ですので、視点移動の件はご心配なく。(何がだ)

どれくらいの長さになるかわかりませんし、本編と並行で投稿していきますので、相当な確率で不定期更新になると思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。


それでは!ノシ

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