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Act.7 戦士への報酬


 回避を選び続けていたアルフレッドは、ついに攻撃へと転じる為に動き出す。

「このゴミカスがぁ……ッ! 俺様の『魔術』が人形遊びだと!?」

 レオンを操りながらアルフレッドに攻撃を仕掛けながら、ハロルドは怒りの声を上げる。

 だが一貫して、アルフレッドは冷静さを保っていた。

 レオンからの攻撃を両手のダガーで受け流しつつ、微かに笑みを含んで口を開く。

「違うってのか? てめぇの『魔術』の仕組みはさっぱりわからねぇが、実際てめぇは人を操って、自分の手を汚さねぇようにしてるだけだろうが。にも拘らず、その程度の事で王様気分に浸るなんざ、『魔術師』の真似事して遊んでるようにしか見えねぇんだよ」

「! クッ、ソがぁ……!」

 アルフレッドの辛辣な言葉が完全に頭に来たのだろう。ハロルドは怒りに満ちていた表情をより一層険しくし、右腕を高々と掲げながら大声で叫ぶ。

「そんなに死にてぇなら望み通りにしてやるよ! 調子付いたゴミカス野郎が!!」

 異変が起きたのは、その直後だった。

 丁度ハロルドの背後。遺跡の奥へと続いているはずの通路の先から、複数の足音が聴こえてきた。

 まるで兵士が隊列を組んで行進して来ているかのような、ザッザッザッという規則正しい足音。今のこの状況では、それが返って不気味さを醸し出している。

「俺様の『魔術』が人を操るものだってわかるなら、『こうなる事』も理解出来てんじゃねぇか? えぇ?」

 そう言って、ハロルドが邪悪な笑みを見せた時だった。足音が止み、絶望の象徴たる操り人形たちが、アルフレッドの視界に映り込む。

 薄暗闇の中から現れたのは、見知らぬ人間ばかり。

 一目で旅人だとわかる服装をした男や女。その辺のチンピラらしき、派手さやガラの悪さに重点を置いた服装の男。そして、恐らく考古学者か探検家らしき、機能性を重視した軽めの服装に、眼鏡を掛けた男。

 数は全部で十人程。皆一様に、虚ろな瞳でアルフレッドの方を見つめている。

(おいおい、こいつら全員操られてやがんのかよ!? ――って、ちょっと待て)

 大人数に取り囲まれそうになっているにも拘らず、アルフレッドの思考は別の所へと逸れていた。

 眼の前の光景の中に足りないものがある、と。

 そう、アルフレッドは気付いたのだ。

 自分を取り囲もうとしている操り人形たち。その面子の中に、リズベットの姿が無い事に。

(あいつの姿だけが無いって事は……、まさか……!)

 この瞬間、アルフレッドの脳裏には二つの可能性が浮かんだ。

 一つは絶望。彼女が既に死んでいるという可能性。

 だがもう一つは、希望。彼女は生きて、遺跡の奥で助けを待っているという可能性。

 後者であってほしいという、心からの願いを胸に、アルフレッドは前進する決心を固めた。

 前へ進むしかない。

 そして信じるのだ。

 リズベット・レイクシュオールもまた、自分と同じように戦っているという事を。

(悪ぃな、レオン。ちょっと痛ぇだろうが我慢してくれ!)

 胸の内で叫びつつ、アルフレッドは相対していたレオンの腹の中心に、右足で思い切り蹴りを叩き込んだ。

 くの字に折れ曲がって後ろへと倒れ込む友人の姿を見つつ、アルフレッドは右手のダガーを左脇に挟み、懐からある物を取り出した。

 それは手榴弾型の閃光弾。十センチメートル程の長さで、黒く細長い筒状の形をしている。

 アルフレッドは右手の親指で、上部にある鉄の留め金を器用に外すと、手から滑り落とす形で、それを地面に落下させた。

 着地の瞬間、辺りに激しい閃光が撒き散らされ、周囲にいる者の視界を真っ白に染め上げる。

「な……ッ、閃光弾だと!?」

 思わぬ攻撃に驚いたのか、ハロルドがどこか悔しげな声を上げる。

 もちろんアルフレッドは眼を庇っていた為、閃光に眼が眩む事は無い。

 眼潰しによってまともに動けなくなった操り人形たちの間を、縫うように走り抜けながら遺跡の奥へと進む。

「くっそ……! 舐めた真似してくれるじゃねぇかゴミカスがぁーーーーッ!」

 背後で苛立ったような声をハロルドが上げるが、アルフレッドは気にしない。

 今はただ、走り続ける事の方が先決だった。

 リズベットの安否を、この眼で確かめる為に。




 ◆  ◆  ◆




 ハロルドと操り人形の群れから逃れ、走る事数分。アルフレッドは漸くといった思いで、遺跡の最深部へと辿り着いた。

 操られていたとはいえ、レオンをあのままにして来た事に若干の心苦しさを覚えつつ、しかしアルフレッドは、どうにか頭を切り替える。

(あの『魔術師』に操られてねぇって事は、リズは必ずこの遺跡の中にいるはずだ)

 例え、彼女が死体となって冷たい地面の上に横たわっているとしても、その可能性だけは揺るがない。もちろんアルフレッドだって諦めたつもりは無いが、それでも一抹の不安は過ってしまう。

 だがのんびりもしていられない。いつハロルドが操り人形たちを従えて、ここへやって来るかもわからないのだ。

 数分先か、或いは数秒先か。いずれにしろ、リズベットを探したいのなら、すぐに行動に移らなければならないだろう。

「……とはいえ、どうしたモンか」

 言いつつ、アルフレッドは困り果てた顔で、意味も無く自分の周囲を見回してみる。

 辿り着いた大広間のような場所は、長い年月の間手付かずだった為か荒れ果ててはいるが、それでも貴族たちが行なうような舞踏会なら、問題無く開けそうな程の広さがある。

 全体像としては、四角く区切られている空間。それにアルフレッドが進んできた通路の他に、三本の通路がぽっかりと穴を開けている。最初に見た四本の通路は、どうやら全てがここに繋がっているらしい。

 アルフレッドは背後を気にしつつも、とりあえず大広間の奥にある巨大な台座の傍まで歩み寄った。

 台座の高さは大体三メートル程。その台座を上り切った壁の部分は壁画になっていて、何かしらの戦いの様子が描かれている。が、砂埃によって酷く汚れている為、どういう戦いの状況を描いているのか、詳しく読み取る事が出来ない。

「完全に行き止まり、だよな……」

 古の壁画を見つめ、アルフレッドは溜め息混じりに呟く。

 先へ進む道がない以上、ここが遺跡の最深部なのは間違いない。だが自分が今立っている大広間はもちろん、走り抜けてきた通路にさえ、リズベットの姿は見当たらなかった。

 となると彼女は、残る三つの通路のどこかにいる、という事になるのだろうか?

 もう一度、今度は別の道を使って引き返してみるか……と、アルフレッドが背後を振り向いた時だった。

「――!」

 ほんの微かにだが、自分の頬を何かが掠めた気がした。

 柔らかい、ほんのりと心地良さを感じさせるもの。

 ここが屋外であったなら、流れて来る事に何の違和感も湧かないもの。

 そう、今のは間違いなく――。

「風……? だが、一体どっから……」

 不思議に思いつつ、アルフレッドはもう一度、台座の周辺を遠巻きに見つめてみた。すると確かに、どこかから風が流れて来ている。どうやら風の元は、この台座の上の方にあるようだ。

 注意深く気を配っていないと、感じ取る事すら出来ない程の微弱な風。

 その風を頼りに、アルフレッドは台座の最上部を目指して、足早に石段を昇り始める。そして壁画のすぐ傍まで近付いた所で、アルフレッドは漸くその風の発生源を突き止めた。

 台座の最上部の床と壁画が繋がっている部分に、人一人が辛うじて通れる程の小さな隙間がある。周りの薄暗さに溶け込んでいる為、じっくり観察しないと、恐らく簡単に見落としてしまうだろう。

「そういやぁ、『アイツ』と一緒に閉じ込められた『グレッグス鉱山』でも、確か似たような事があったっけな」

 大嫌いな紅い髪の少年の顔を思い出しつつ、アルフレッドは苦笑する。

 あの時と状況が似ている為、アルフレッドは容易に結論付ける事が出来た。

 恐らくこの壁の向こうに隠された部屋がある、と。

 そしてそれだけでは無い。

 もしこの隠し部屋の存在に、あのハロルドと言う男が気付いていなかったとしたら。それに気付いたリズベットが、この中に身を潜ませているとしたら。彼女の姿だけが見当たらなかった事にも、充分納得がいく。

「……とりあえず調べてみるか。いるにしろいねぇにしろ、ここでジッとしてる訳にもいかねぇしな」

 適当に考えをまとめ、アルフレッドは隙間の中へと潜り込む。

 未知なる空間に足を踏み込む事に対する恐怖など、微塵も感じられなかった。




 ◆  ◆  ◆




 結果的に、アルフレッドの予想は当たっていた。

 狭い隙間を通り抜け、転げ落ちるかのようにどうにか入り込んだ空間は、さっきの大広間よりも格段に狭い、一般的な宿の一室くらいの広さしかなかった。

 その片隅に、彼女はいた。内部が薄暗いとはいえ、見間違うはずもない。それ程までに、アルフレッドは渇望していたのだ。

 彼女、リズベット・レイクシュオールとの再会を。

「リズベット!?」

 暗がりの中にいた、どこか弱々しく見える姿のリズベットは、慌てて駆け寄るアルフレッドの声に、一度では反応を示さなかった。

 彼女は罅割れの激しい壁に背を預け、浅く呼吸を繰り返している。

 様子がおかしい事は、すぐにわかった。

「しっかりしろリズベット! 聴こえてるか!? おい!」

 リズベットの身体を優しく抱き起こし、アルフレッドは再度声を掛ける。

 すると今度は、どうにか反応が返ってきた。

「アル……フレッド? どうして、あなたがここに……」

 ゆっくりと瞬きするリズベットは、弱々しくもかなり驚いた様子で、アルフレッドの顔を覗き込むように呟いた。

「今はそんな事どうでもいいだろうが! お前これ、怪我してんだろ! あの野郎に……、ハロルド・ベイワークにやられたのか!?」

 薄暗い中、それでも眼を凝らしてリズベットの身体を見ると、白いローブの隙間から露出している彼女の身体は、擦り傷や打撲傷などが何カ所にも亘って見受けられた。しかも、白いローブと辛うじて認識出来たものの、リズベットの服はあちこちが破れたり裂けたりしていて、とてもみすぼらしい格好だった。

 あまり想像したくは無いが、それでもアルフレッドは考えてしまう。

 操り人形と化したレオンや、その他の人間。操られている者の中には女もいたが、それでも割合的には男の方が多かった。

 その者たち全員が、ハロルドの思うままに動かせると言うのなら――。

「お前、もしかして……」

 最悪の展開を想像してしまい、思わず口籠るアルフレッド。もしかしたら今、男の自分が傍にいるだけで、リズベットに耐え難い苦痛を与えてしまっているのではないだろうか。

 だがリズベットは、そんなアルフレッドの考えを否定するように、ゆっくりと首を横に振った。

「……大、丈夫。アルフレッドが想像してるような事は、されてないから」

 そう言って微笑むリズベットを見て、アルフレッドはただ黙り込む事しか出来なかった。

 例えアルフレッドが想像したような事が無かったとしても、『大丈夫』などと言えるはずが無い。

 どれだけ恐ろしかっただろう。

 どれだけ苦しかっただろう。

 この隠し部屋に自力で逃げ込むまでの間、きっとリズベットは、たった一人で戦い続けていたのだ。

 それこそアルフレッドには想像もつかないような、恐怖と苦痛に晒されながら。

「もう心配する事はねぇ。俺が必ず、お前とレオンを助け出してやる」

 まるで自分自身を鼓舞するかのように、アルフレッドは強い口調でリズベットに告げる。

 と、その時だった。


『どこに行きやがったゴミカスがぁっ!』


 盛大な叫び声が遺跡内に反響し、大広間の壁を通り越して、隠し部屋の中にまで響いてきた。

 明らかに激怒しているらしい、聞き覚えのある男の声。恐らく壁一枚を隔てた向こう側には、操り人形たちを引き連れたハロルドが待ち構えているに違いない。

「チッ、あの野郎……もう追い付いて来やがったか」

 予想よりも早い追い討ちに、アルフレッドは顔を顰める。

 忌々しい事この上無いが、閃光弾による足止めだけでは、大した時間稼ぎにはならなかったという事なのだろう。

(どうする……。閃光弾を使った眼眩ましなんざ、そう何度も通用するモンじゃねぇ。だがここから安全に脱出する為には、是が非でもあの野郎を倒す必要がある。せめて何か、相手との戦力差を埋められるような武器があれば……)

 思案しつつ、アルフレッドは何気無く隠し部屋の内部を見回してみる。

 と、部屋の奥の方に眼を向けた所で、アルフレッドはある物を発見した。

「……? あれは……」

 部屋の奥にある物体を訝しく見つめながら、アルフレッドはゆっくりと歩き出し、その物体を完全に視界の中に捉える。

 見つけた物体は、地面に突き刺さった一本の剣だった。

 片刃の刀身に護拳が付いた、刃渡り一メートル程の剣。分類としてはサーベルになるのかも知れないが、刀身は曲線を描く事無く真っ直ぐに伸びている。

 さらに眼を引くのは、刀身の根本にある黄金(こがね)色の宝玉だ。近付く事で初めて気付いたが、宝玉は淡く明滅を繰り返している。

 何だか不思議な雰囲気のある剣だと、アルフレッドは感じた。

「……他に武器になりそうなモンは見当たらねぇし、剣一本でもねぇよりはマシか」

 即座に判断を下したアルフレッドは、剣の柄に手を掛け、それを一気に引き抜く。そしてそのまま、リズベットの方へと引き返し、彼女の傍らに屈み込んだ。

「リズ、お前はここに隠れてろ。俺が迎えに来るまで、絶対外に出るんじゃねぇぞ。いいな?」

 砂で汚れたリズベットの頬を親指で優しく拭い、アルフレッドは静かに立ち上がる。

 すると、リズベットはアルフレッドを見上げ、眼を丸くしながら弱々しく呟く。

「一人で……、どうする気、なの……?」

「決まってんだろ。この騒動を終わらせんのさ」

 リズベットに悪戯っぽく笑い掛け、彼女から視線を外したアルフレッドは、すぐに真剣な顔付きになった。

 やるべき事は既に決まっている。

 彼女が、リズベットが見つかったからと言って、誰が気を緩められると言うのか。

 安心していい訳が無い。

 安心出来る訳が無い。

 レオンだけでなく、リズベットまでこんな眼に遭わせたあのクソ野郎を、許す事など出来はしない。それこそ、天地がひっくり返ったとしても到底無理な話だ。

 報いを受けさせるべきなのだ。

 例えあの男の命を、この手で奪う事になろうとも。


「幕を引いてやるよ。この最低でくだらねぇ、独り善がりの人形劇にな!」


 小声で呟いたその言葉は、声の大きさに反して、凄まじいまでの闘気を感じさせるものだった。

 そしてアルフレッドは歩き出す。

 大切な仲間を傷付けた下卑たる『魔術師』を、自らの手で討滅する為に。




 この時はまだ、アルフレッドは気付いていなかった。

 自らが今手にしている物が、一体どういう代物なのかを。

 それは、手に入れる事すら困難とされる物。

 数が希少とされてはいるが、『魔術師』と渡り合う為には有効な対抗手段とされる、魔の力を司る武器。

 偶然か、或いは必然か。

 アルフレッドが手にしているその剣こそ、この遺跡に眠っていた宝。

 とある能力をその身に秘めた、『魔剣』だった。



という訳で、アルフレッド編第七話でした。

いや~、漸く持って行きたかった展開に辿り着いたなぁw

そのせいで外伝にしては、普段より文字数が多くなっております。

ついに『魔剣』を手に入れてしまったアルフレッド!

この先一体どうなるのか!?w


それにしても、この話もそろそろ終わりが近いかな……。

今度こそ、多分あと二話ぐらいで終わるんじゃないでしょうか。ww

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