表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/33

Act.6 絶望を齎す征服者


 薄暗く、暖かい陽の光が差さない場所。

 外界から隔離され、少しひんやりとした空気が辺りを包む、四角く区切られた空間。

 その片隅に、とある女性がいた。

 艶のある真っ直ぐな菖蒲(あやめ)色の髪を、肩の辺りまで伸ばし、白を基調とした細身のローブに身を包んだ、二十代中頃の女性。

 世間一般で言えば、間違いなく美人と呼ばれるはずの色白く端正な顔立ちは、しかし今、苦悶の表情を浮かべていた。

 その女性は、空間内にある朽ちて倒れた石像の陰に、たった一人で蹲っている。

 何かから逃れようとするかのように。

 何かから隠れようとするかのように。

 彼女の名は、リズベット・レイクシュオール。

 かつてレオンと共に、アルフレッドとチームを組んでいたギルドメンバーだ。

 一体どうしてこんな事になったのか。自分はただいつも通りに、レオンと共に『ギルド』で仕事を請け負って、仕事の依頼人に会い、この遺跡までやって来ただけだと言うのに……。

 事の発端は『あの男』。

 依頼人と共に遺跡内を調べていた時に、突然現れた『あの男』が、全てを狂わせてしまったのだ。


 男の正体は『魔術師』だった。


 邪悪な笑みを湛えつつ、男が口にした呪文のような言葉。それに呼応するかのように、異変は突如として起こった。

 最初におかしくなったのは、依頼人である学者の一人だった。

 その学者は『魔術師』の男に命じられるまま、レオンに襲い掛かり、リズベットを逃がそうとした彼は、『魔術師』の餌食になってしまった。

 文字通り、操り人形となる形で。

 そしてそこからが、悪夢の連続だった。

『魔術師』に操られ、乱心したように剣を振るうレオンは、残る二人の依頼人を持っていたロングソードで斬り付け、あろう事か逃がそうとしていたはずのリズベットにまで、その矛先を向けてきた。

 最悪の状況の中、『魔術師』は嘲笑うかのような高笑いを上げつつ、さらにリズベットを追い込む行動を取る。

 信じられなかった。

 まさに悪夢としか言えなかった。


 なぜならそう、操られていたのはレオンたちだけでは無かったのだ。


 逃げようとするリズベットを取り囲んだのは、見知らぬ数人の人間。その姿から恐らく、遺跡近郊を通り掛かった旅人や、ここを根城にしていたチンピラたちだろう。

 その全員が、リズベットを悉く、容赦無く痛め付けた。

 男だけでなく女もいた。

 だが何人いたのかまでは思い出せない。何をどうされたのかも思い出せない。

 ……いや、違う。彼女は思い出したくないのだ。

 この現実を受け入れたくない。

 これが現実だと認識したくない。

 そんな思いが胸の内に溢れ返り、彼女は思い出す事を拒絶していた。

 自分はもう駄目なのだろうと、リズベットは無意識に自覚する。

 大人数からたった一人で痛め付けられた事による恐怖と、レオンが操り人形になってしまった事への悲壮感。さらには肉体的、精神的に蓄積された二つの疲労が彼女の身体を蝕み、一歩足りとも動けなくなっていた。その上薄暗い遺跡の中に長くいた事で、時間の感覚など(とう)の昔に狂っている。

 きっと助けは来ないだろう。

 救いが訪れる事は無いだろう。

 全てを諦め、ほんの少し前まで戦士だったはずの女は、ゆっくりと瞼を閉じる。

 この瞬間、リズベット・レイクシュオールは敗北した。

 絶望と言う名の、自らの心の闇に。




 ◆  ◆  ◆




「……ベイワーク、だと?」

 突如として現れ、レオンを操り人形のように従える男。ハロルドと名乗るその男が口走ったセカンドネームに、アルフレッドは何か聞き覚えがある気がした。

 そう、あれは確か、自分が大陸のあちこちを転々としていた頃。『首都・テルノアリス』から北の方角にある広大な森林地帯、『ゴルムダル大森林』近郊にて耳にした出来事。

 流れの『魔術師』が森林地帯において、通り掛かった旅人を次々に襲っていたという事件。

 もちろん当事者ではないアルフレッドは、事件の詳しい内容を知らない。故にその事件を解決させたのが、あの紅い髪の少年だとは知る由も無いだろう。

 ともかく、その時挙がっていた犯人とされる『魔術師』が、確か『リシド・ベイワーク』と呼ばれていたはずだと、アルフレッドは記憶している。

「あれぇ、おかしいな。キミはボクと初対面のはずだろ? ボクの名前に心当たりでもあるのかい?」

 アルフレッドが口にした疑問の声に対し、ハロルドは不思議そうに首を傾げた。

 両手に握るダガーに込める力を若干弱めつつ、アルフレッドはレオンの様子を一瞥してから、その問いに答える。

「てめぇ個人にって訳じゃねぇ。前に『ゴルムダル大森林』っつー森林地帯の近くで、てめぇと似た名前を聞いた覚えがあったからな」

 試しにと思って口にしたその言葉で、ハロルドは眼を瞬かせた。どうやらアルフレッドからその情報が出て来るとは、夢にも思っていなかったらしい。

 が、ハロルドはすぐに表情を平淡な物に変え、平然とした様子で口を開く。

「……ああ、キミが聞いたって言うそれ、多分ボクの兄貴の事だと思うよ」

「兄貴?」

 セカンドネームが同じという時点で大体予想は付いていたが、アルフレッドは思わず聞き返してしまっていた。

 それに応じるかのように、ハロルドは言葉を続ける。

 聞いている側が虚しくなってしまうような、どこまでも冷たい口調で。

「リシド・ベイワーク。それがボクの兄貴の名前だよ。――それにしても、まさか兄貴の事を知ってる人間に会うなんて、いやはや世間ってのは狭いもんだねぇ」

「……あまり悲しんでるようには見えねぇな、てめぇ」

「は?」

「確かそのリシドって奴、死んでるはずだろ?」

 眼を丸くし、本気で驚いているような表情のハロルドに向けて、アルフレッドは事実を口にする。

 アルフレッドが聞いた話では、リシド・ベイワークなる人物は『ゴルムダル大森林』において、既に死亡が確認されているという事だった。詳しい状況まではさすがにわからないが、それは間違いない。

 だが眼の前のこの男。ハロルドと言うこの男の態度は、明らかに不自然だ。

 この男は今確実に、自分の兄の死を知っているにも拘らず、何の興味も関心も示していなかった。

 まるで、その男は赤の他人だから関係無い、と言い張っているかのように。

「自分の兄貴が死んでるってのに、随分冷静なんだな」

「ハッ。ハハッ、何? もしかして悲しんでほしかった? ヤダなぁ、止めてくれよそういう期待抱くの。鬱陶しいだけだって」

 若干語気を荒くして話すアルフレッドに対し、ハロルドは心底うんざりした様子で、溜め息混じりに顔を逸らした。

「確かに『あいつ』はボクの兄貴だけど、だから何な訳? あんな出来損ない、生きてようが死んでようがどうでもいいよ。大した才能もないくせに『魔術師』を気取ってる、救いようのないバカなんだから」

「……!」

「兄貴の名前を知ってるって事は、キミも大体の話は聞いてると思うけど、あいつはねぇ、自分の『魔術』の制御に失敗して、呆気なく絶命したんだ。バカバカしくて笑えるだろ? 噂じゃあ通りすがりの『魔術師』にコテンパンにされたらしいし……、ホント見事なまでの無能っぷりだよねぇ」

 まるで話を聞いているアルフレッドに同意を求めるかのように、ハロルドは苦笑しながら話す。

 その様子を、アルフレッドはただ黙って見つめていた。

 正直な所、リシドと言う人間に対して、同情心のようなものを感じずにはいられない。実の弟であるはずのハロルドに、ここまで好き放題に言われるばかりか、悲しんですらもらえないなんて……。

 話に聞いた限りでは、リシドと言う男もまた、決して褒められるような人間では無かった事は確かだ。しかしだからと言って、ここまで無下に扱われるのが正しい事だとは思えない。

 現に今、アルフレッドは怒りを感じている。

 まるで自分の知り合いを貶されているかのような、不愉快な腹立たしさを。

「最低のクソ野郎だな、てめぇは」

「!」

 気付けばアルフレッドは、そんな風に口を開いていた。自分でも驚く程に、冷徹な声で。

 もちろん、そんな言葉を浴びせられれば、大抵の人間は憤りを感じるだろう。

 現にハロルドは笑みをスッと消し、眉間に皺を寄せつつ告げる。

「……何だって? よく聴こえなかったから、もう一度言ってくれないか?」

「てめぇは最低のクソ野郎だ、っつったんだよ。てめぇの兄貴の事なんざほとんど知らねぇし興味もねぇが、これだけは言える」

 一旦間を置き、ダガーを握ったままの右手の人差し指で、アルフレッドはハロルドの方を差し、力強く言い放つ。


「やってる事に関して言やぁ、てめぇも兄貴と大差ねぇんだよクソ野郎」


 指を差したまま、無表情でハロルドを見つめ続けるアルフレッド。

 またハロルドの方も、しばらく何の反応も見せず沈黙し、両者の間で数秒の時間が流れた。

 が、その均衡は、突如として破れる。

「――ハッ! ハハハッ! ハハハハハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハッ!」

 アルフレッドの言葉に何を思ったのか、気が狂ったように笑い出すハロルド。

 ところが次の瞬間――。

「ふッざけんなゴミカスがぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 ほんの一瞬で言葉使いと表情を一変させたハロルドは、右腕を乱暴に真横に払う。

 するとその瞬間、今まで静まり返っていたはずのレオンが動き出し、血の付いたロングソードで再びアルフレッドに斬り掛かってきた。

(チィ! あの野郎、またレオンを……!)

 先程の右腕を払う動作が合図だったのか、レオンはまたもや操り人形と化してしまう。

 歯噛みしつつ回避を選ぶアルフレッドを嘲笑うかのように、激昂した様子のハロルドが叫ぶ。

「調子に乗ってんじゃねぇぞ! テメェ如きゴミカスなんざ、その気になりゃあ簡単に始末出来るんだよ! 俺様は偉大な『魔術師』なんだからなぁッ!」

「ハンッ。自分で言ってりゃ世話ねぇよ」

 ハロルドの言葉を軽く受け流しつつ、アルフレッドは不敵に笑ってみせる。

 例え同じ『魔術師』ではあっても、眼の前の男とあの紅い髪の少年とでは、天と地程の差がある。それが理解出来たからこそ、アルフレッドには笑みを零せる余裕があった。

(『アイツ』は自分の事を、この男みてぇに図々しく誇ったりしねぇ。どんなに強大な力を持っていようが、それを過信して力に溺れるなんて事をしねぇんだ。……ま、その余裕ぶってる所が癇に障るんだがな)

 内心で悪態を吐きつつも、アルフレッドは暗い気分になりはしなかった。それはきっと、あの紅い髪の少年の事を認めているからに他ならない。

 生意気で、ムカつく年下のガキ。

 だがそう思うと同時に、彼の行動力を尊敬している自分がいる。

 だからこそあの少年には負けられない。

 いや、負けたくないのだ。

 例え今が、どんなに困難な状況だったとしても、レオンとリズベットを取り戻す為に、アルフレッドは決して諦めない。

「悪ぃがてめぇの人形遊び、邪魔させてもらうぜ! ハロルド・ベイワーク!」



なぜかリシドの弟登場!w

という訳で、いよいよアルフレッド編も第六話に入ってしまいました。

が、未だに終わる気配がありませんww

それにしても、よくもまぁ今更リシドの弟出そうなんて思い付いたモンだ。

『魔女の森編』では完全に噛ませ犬キャラ(笑)だったリシドくんに、まさか弟がいるなんて作者もビックリ!w

いや、うん、もちろん冗談ですよ?


しかしながら、今回の外伝は結構長引きそうです。

一応もう結末までは考えてあるんですが、前話の後書きで書いた通り、本編と違って文字数をかなり抑えてあるので、あと何話続くかわかりません。

ですので、まぁ気長に更新を待ってもらえればと思います、ハイ。


……って言うか、はよ本編の方も更新せんとなw

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ