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Act.5 魔の巣窟

 深い深い闇の奥。

 遺跡の最深部の片隅に、『その者』はいた。

 人の手を加えられず、永い永い時を経たが故に、朽ち果てて地面に倒れてしまった、鎧を纏った人間を模った銅像。その銅像をまるで踏み付けにするかの如く、自らの椅子代りに使っている『その者』は、とある気配を感じ取って、ふと虚空を見上げる。

「……へぇ、また誰かこの中に紛れ込んだのか。それなら、ちゃんと歓迎してあげなきゃいけないね」

 独り言を呟き、口許に緩い笑みを湛えつつ、『その者』はゆっくりと腰を上げる。

 どうやら獲物(おきゃくじん)は、すぐ近くまで来ているようだ。




 ◆  ◆  ◆




 額の右側に、二匹の蛇が絡み付いた形の特徴的な赤褐色の刺青を入れた、アルフレッドと同年代の青年。

 頭髪は右側が長く、左側は短いという左右非対称の変わった髪型をしており、青年が歩を進める度に、長い方の煉瓦色の髪が微かに揺れる。

 と、ゆっくりとアルフレッドとの距離を詰めた青年は、数メートル程の間を開けて立ち止まった。

 長い間会っていなかったとはいえ、見間違うはずがない。

 その風貌も雰囲気も、最後に会った時のままだ。

 こんな形で再会する事など想像していなかったが、アルフレッドはついにかつての仲間、レオン・マーガストと巡り会う事となったのだ。

「お前、無事だったのか!」

 まず何よりも先に、レオンが無事だったという思いが口を突いて出た。そしてアルフレッドは、思わずレオンの許へ歩み寄りそうになる。

 だが、安堵したのも束の間だった。

「……」

 声を掛けたにも拘らず、レオンから反応が返って来ない。彼はただ無言を貫き、俯き加減でピクリとも動かない。

 そこでアルフレッドは、今更のようにハッとする。

 今の自分は、彼と容易く口を利けるような人間じゃない。そもそもこうしてここにいる事自体、責められても文句を言えない立場なのだ。

 レオンに近付いてしまいそうになる足を何とか踏み止め、アルフレッドは重たい口を開く。

「その……、久しぶりだな。元気だったか?」

「……」

「ああ、何で俺がここにいるかって言やあ、『ケルフィオン』の『ギルド』で、お前とリズが働いてる事をクルスさんに聞いたからだ。……本当に今更な事だが、『あの時』の事をお前やリズに謝ろうと思ってな。俺が無理矢理、クルスさんにお前たちの居場所を問い質した」

「……」

「そう簡単に許してもらおうなんて甘い考えで、今ここに立ってるつもりはねぇ。ただ、話だけでも聞いてくれねぇか?」

「……」

「? ……レオン?」

 ここに至って、アルフレッドは漸く違和感を覚え始めた。

 レオンの様子がおかしい。さっきから一言も口にしないどころか、身動き一つ取ろうとしない。

 そもそもなぜ彼は、自分に対して罵声の一つも浴びせる素振りがないのだろう? 彼らとの酷い別れ方から考えれば、それは至極当然な事のはずなのに。

 仮に自分の事を無視しているのだとしたら、わざわざ立ち止まる必要など無い。最初から話など聞かず、さっさとここを立ち去ればいいだけの話だ。

 いや、それ以前に――。

「……おい、リズや仕事の依頼人たちはどこだ?」

「……」

 若干語気を強めて問い掛けたにも拘らず、尚も沈黙という答え。

 その行為自体が、アルフレッドにある結論を齎した。

 今、自分の眼の前に立っているのは、レオンであってレオンじゃない。明らかに、不気味な雰囲気を放つ別の人間へと変貌している、と。

「答えろレオン! 一体何が――」

 あったんだ、と問い掛け終わる前に、事態は突然動き始める。

 暗がりからゆっくりと歩み出し、全身を明るみに晒すレオン。その彼が力無くぶら下げた右手には、ロングソードが握られている。


 彼の脛の辺りまで伸びた刀身に、ベッタリと血が付いたロングソードが。


「なっ……!?」

 思わず声を詰まらせたアルフレッドが、数歩後退りをしたその瞬間だった。

「ァァ……、アガアァァアァッ!」

 まるで怒り狂った獣のような、人間の物とは思えない叫び声を上げ、レオンは右手に持っていたロングソードを振り上げ、猛然とアルフレッドに襲い掛かってきた。

 突然の事に驚きつつも、アルフレッドは反撃ではなく回避を選ぶ。

「止めろレオン! 一体どうしたってんだ!?」

 アルフレッドが必死に呼び掛けても、レオンは反応を示さない。それどころか、気でも狂ったように剣を振り回し、会話しようとする気配すら感じさせない。本当に獣になってしまったかのようだ。

(どうなってやがる……!? 別人なんてものじゃねぇ。まるで何かに操られてるみてぇな――)

 闇雲に振るわれる剣線を躱しつつ、そう思い至った瞬間、アルフレッドはある可能性に辿り着いた。

 他者を人形のように操る。そんな、普通ではあり得ない現象を引き起こせる技術。

 人を生かさず、また活かさない、殺傷に特化した最悪の技術。

 そんなものはこの世界において、一つしか考えられない。

「まさか、『魔術』か!?」

 叫びつつ、レオンが大きく振りかぶって放った斬撃を、アルフレッドは後方に大きく飛び退いて躱した。

 仮に自分の考えている通りだとしたら、本当に最悪な状況だ。

 アルフレッドは『魔術』に関する深い知識は持っていないが、仕事柄、悪行を企む『魔術師』と交戦した事は幾度かある。その際、人や物を自由に操る『魔術師』も確かに存在した。

 経験がある以上、術を発動している『魔術師』が近くにいるであろう事も、予想する事は出来る。


 だがアルフレッドには、その『魔術師』に対抗し得る術がない。


『魔術』を使える者と使えない者の間には、致命的とも言える程の力量の差がある。それは『ギルド』で働く人間にとって、常識となっている事実だ。

 だからこそギルドメンバーたちの中には、キチンと『魔術師』対策を練っている者も多い。

 常に五人一組のチームで行動し、充分な武装強化を施した戦力で、一気に押し切ろうとする者。

『ゴーレム』狩りで手に入れた『導力石』を用いて、『魔術』を封じ込める策を講じる者。

 そしてもう一つ。これはギルドメンバーにおいてかなりの少数派だが、『魔剣』を使用する者だ。

『魔剣』を使用する者が少数となってしまうのは、『魔剣』その物の数が希少な上、製造に年単位での時間が掛かり、尚且つ必ず出来上がるという保証がないからだ。

 その問題点がある為に、ギルドメンバーの中で『魔剣』を持つ者は少ない。『魔剣』所有者としてアルフレッドが知っているのは、以前共に働いた事のあるジン・ハートラーくらいのものだ。

(仮に今起きてる現象が『魔術師』によるものだとしたら、そいつはこの遺跡の中にいる可能性が高い。――まさか、リズベットがここにいない理由は……!)

 最悪の事態を想像してしまったアルフレッドは、回避に専念していた両足を一瞬止めてしまう。

 その一瞬を、暴れ回るレオンは見逃さなかった。

 大きく振りかぶったロングソードを、容赦無くアルフレッドに振り下ろす。

 以前、彼らの間に確かにあったはずの絆を、粉々に打ち砕くかのように。

「くっ!」

 だがアルフレッドは、どうにかその一撃を防ぐ事が出来た。両手に握ったダガーを交差させるように構え、レオンの斬撃を正面から受け止める。

 ギシギシと刀身を軋ませながら、アルフレッドは鍔迫り合いの状態でレオンと睨み合う。

「眼を覚ませレオン! お前は俺なんかと違って、簡単に自分を見失ったりするような人間じゃねぇだろ!」

「……」

 レオンは答えない。虚ろな瞳でただ闇雲に剣を振るい、アルフレッドに牙を剥く。

 まるで本当に、操り人形と化してしまったかのように。

(こうなったら仕方がねぇ。『魔術』で操られていようがいまいが、意識を奪っちまえばとりあえずこの場は治められる!)

 意を決したアルフレッドは、まず鍔迫り合いの状態を脱しようと、全身に力を込め始める。

 狙うは短期決戦。レオンの剣を押し返して距離を取り、懐に忍ばせてある閃光弾を使って視界を遮る。そして彼に再び近付いて、首筋などの急所を殴る事で意識を奪う。相手が人間である以上、物理的な攻撃は有効なはずだ。

 瞬時に判断をつけ、すぐさまアルフレッドが行動に移そうとした、まさにその時だった。


「ハイ、そこまでだ」


 突然レオンの後ろから男らしき声が聴こえ、アルフレッドは眉を顰める。

 と、次の瞬間。鍔迫り合いの状態で剣に並々ならぬ力を込めていたはずのレオンが、自分から剣を弾いて後方に跳び、アルフレッドと距離を取った。

 そこでアルフレッドは、思わず眼を瞬かせる。自分の視界の中に、レオンとは別の人物が現れたからだ。

 容姿から男だとわかる眼の前の人物は、周りの薄暗さに溶け込むかのように、全身を黒一色に染めている。

 短く切り揃えられ、清潔さの保たれた黒髪。

 死神を思わせるかのような黒いマント。

 が、唯一肌の色だけは、女性と見間違う程に色白い。

 顔立ちにはどこか気品のようなものが溢れるその男は、レオンを一瞥してから、アルフレッドに向けて言い放つ。

「驚かせて悪かったね。ようこそ、来訪者さん。え~っと……、キミで一体何人目になるんだっけ……」

 場違いな優しい頬笑みを見せながら、男は最後の方でブツブツと何かを呟いている。

 アルフレッドは両手のダガーを仕舞う事無く、内心で身構えつつ問い掛けた。

「てめぇ……、一体何者だ?」

 警戒心全開で尋ねられている事を自覚しているのか、男は優しい頬笑みを一変させ、邪悪な笑みをその顔に湛えた。

 口角を軽く引き上げ、まるで獲物を品定めするかのような眼でアルフレッドの姿を捉えつつ、男はどこか愉快げに口を開く。

「ボクの名はハロルド・ベイワーク。――ああ、別に覚える必要はないよ。どうせすぐに何も考えられなくなるんだから」



書いてる自分が言うのもなんですが、今回のお話、若干展開がスローペースな気がしますw

外伝は本編の方よりも文字数を削ろうとしている面があるので、その分どうしても話数が増えてしまいますね。

う~ん、アルフレッドの話、あと何話で終わるんだろう?w

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