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チョコと少女と少年と 後編


『テルノアリス城』から程近い場所にある、首都の街並みを望む事の出来る高台。憩いの場としても使われている為、二、三人が腰を下ろせる幅のベンチも、いくつか設置されている。

 その内の一つ。手摺りの前に設置されたベンチに、リネは一人で座り込んでいた。

 もう夕暮れが近い。黒髪の少女の身体は、西の彼方に沈もうとしている太陽の光で、橙色に照らされている。

「はぁ~……。何でいつもあんな風になっちゃうんだろ……」

 傍から見ても落ち込んでいるとわかる程、リネは肩を落としてそう呟いた。

 ディーンとは普段から、軽い言い合いのような事はしているが、こんな肝心な時にまで雰囲気を悪くしてしまうなんて、間が悪いとしか言えない。

 エリーゼから教えてもらい、リネ自身も素敵だと感じたバレンタインと言う催し。

 遠い東の島国ではある月になると、女性が男性に、好きだという気持ちを形にして相手に渡すという、お祭りのようなものが行なわれているらしい。

 それを知った時リネは、真っ先にディーンの事を思い浮かべた。

 普段のディーンは冷たい印象を受けるが、いざという時の彼は頼りになって、素直にかっこいいと思える少年だ。それに本当は、優しい一面を持っている事もよく知っている。

 そんな彼に対してリネが抱く感情は、好きか嫌いかで言えば間違いなく好きの方になる。

 だがその想いが恋愛感情かどうかと聞かれると、正直リネはわからなくなってしまう。そう言った複雑な感情を確かめる事が、彼女にはまだ出来ていない。

 だからこそリネは、その気持ちを伝えるとまではいかないものの、せめて感謝の気持ちを表せられればと思い、ディーンにチョコレートを渡そうと決めたのだ。

 自分を助けてくれた少年に。

 孤独だった自分に、居場所をくれた彼に。

「……やっぱり渡さなきゃダメだよね。想いはきっと、伝えなきゃ伝わらないもん」

 少し弱気になっていた気持ちを奮い立たせて、リネはもう一度立ち上がろうとした。

 するとその時。

「はいこんばんわ」

「うひゃあ!?」

 突然耳元で声がして、リネは驚きのあまりベンチから転げ落ちそうになった。心臓の鼓動を嫌な感じで高鳴らせながら、リネはベンチの後ろに立つ人物を見て眼を丸くする。

「ディーン……!」

「ハハッ。いや、すまん。まさかそんなに驚くとは思わなかった」

 申し訳なさそうに苦笑しながら、ディーンは何気ない感じで、ゆっくりとリネの隣に腰を下ろした。

 するとその途端、リネの鼓動が、さっきとは別の意味で高鳴り始める。軽く緊張しているのが、自分でもわかってしまう。

(どうしよう……。別にいつも通りの事なのに、変に緊張して来ちゃった)

 内心で動揺を隠しきれないリネは、オロオロと視線をあちこちへ巡らせる。もしかしたら、頬も少し紅くなっているかも知れない。

 しかしディーンの方は、そんなリネの様子に気付いていないようだ。軽く両手を組むと、静かに口を開く。

「さっきは悪かったな」

「は、はい! ――って、え?」

 緊張のあまり、リネは思わず上擦った声で返事をしてしまう。

 一人だけ動揺して慌てているリネを他所に、ディーンは真っ直ぐ正面を向いたまま話を続ける。

「エリーゼから聞いたんだ。何かよくわかんねぇけど、バレ何とか言う催しの真似して、俺にチョコレート渡そうとしてくれたんだろ?」

「あ……、う、うん……」

 何かよくわからない、という事は、自分がディーンにチョコレートを渡そうと思った経緯は知らない、という事だろうか?

 恐らくエリーゼも、そこまで詳しく話したりはしていないだろう。昨日一緒にチョコレートを作っていた時も、彼女は秘密は守ると言ってくれていたし。

「だからその……、ごめん。深く考えもせずに、さっきみたいな事言って」

 いつもよりやけに照れ臭そうに、ディーンはそう言って顔を逸らした。

 その仕草が何だか可笑しくて、思わずリネはクスッと笑ってしまう。

「ホント優しいよねぇ、ディーンって。いつもそういう感じでいてくれたらいいんだけどなぁ」

「……うるせぇな。俺の勝手だろ?」

 ディーンは突き放すような事を言うが、リネにはもうわかっていた。彼は本心から、そういう事を言っている訳じゃないんだ、と。

 そんな風に、普段と同じような会話が出来たからだろうか? ふと気付くと、いつの間にか緊張が解れている。

 今なら変に気負う事無く、素直に渡せそうな気がした。

「ねぇ、ディーン。今更だけどこれ……、受け取ってくれる?」

 気分が落ち着いてはいるものの、リネは少し躊躇いがちにチョコレートを差し出す。

 するとディーンは、また紅いリボンの付いた箱をまじまじと見つめ、そして意を決したように、サッと右手で受け取ってくれた。

「あ……、えっと。ありがとな……」

 まだ照れ臭そうにそう言って、ディーンは軽く頷いてみせる。

 彼の顔がやや紅い気がするのは、夕日のせいなんだろうか? それとも……。

 何だか少し気になってリネが内心で考え込んでいると、ディーンが軽やかに立ち上がって、嫌味の無い笑顔で告げる。

「さて……、もう日も暮れるし、宿に帰ろうぜ」

「うん!」

 気のせいだったのかなと思いつつも、リネは軽く笑い返して、ディーンの後を追う。

 ゆっくりと、それでいて嬉しそうに。




 ◆  ◆  ◆




 ディーンがリネと共に宿の前まで帰ってくると、まるで自分たちの帰りを待っていたかのように、ジンとエリーゼの二人が出迎えてくれた。

「お帰りなさい、二人とも。意外と早かったわね」

「何だよ。二人してずっと待ってたのか?」

「ええ、まぁね。――それで、どうだったのリネさん?」

「はい。ちゃんと受け取ってもらえました」

「そう。良かったじゃない」

 お互いに嬉しそうな表情で会話するリネとエリーゼ。そんな二人の様子を見ていると、ディーンは何だかしてやられた気分になる。

(……まさか、最初から全部仕組まれてたりしねぇよな?)

 と口に出す訳にもいかず、ディーンは自分の胸の内に、その言葉を押し留めた。

 すると、その二人から離れてこちらに近付いてきたジンが、こっそりと声を掛けてくる。

「なぁディーン。もしかして、お前もチョコレートを渡されたのか?」

「ああ、まぁな。……って言うか、じゃあジンも?」

「ああ。宿に着くなり、有無を言わさず『受け取りなさい』だ。正直、何がしたいのかさっぱりわからん」

「ハハ……、そっか」

 こっちはある程度予想していた事だが、ジンの方はやはり不思議がっているらしい。その表情を少しも変えないまま、再度ディーンに尋ねてくる。

「ところで、このチョコレートにどういう意味があるのか、お前知ってるか?」

「え? ああ、そういえば俺もまだ聞いてなかったな……」

 答えを求めて、ディーンとジンがほぼ同時にリネとエリーゼの方を振り向くと、二人は悪戯っぽく笑って同時にこう言った。

「「教えてあ~げない」」

「「?」」

 楽しそうに笑い合うリネとエリーゼ。

 そんな二人を前に、ディーンとジンは顔を見合わせ、首を傾げるしかなかった。



 これは、とある日に起きた出来事。

 少年少女たちの、穏やかな日常の物語。

 大切な想いがたくさん詰まった、大切な一日の話。



という訳で、特別編いかがだったでしょうか?

別に何が特別って訳でもないような気がしますが(笑)、たまにはこんな話を書いてみるのもいいものですね♪


ではまた、次の外伝のネタを思い付いた時にお会いしましょうw

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