Episode 4 幕引き
外伝17話、漸く掲載です!
本編の合間にでも楽しんで頂ければ幸いだなぁ~、という気持ちで書いておりますので、今後ともよろしくです!
「おい、ホントか今の話!?」
「あ、ああ。もう直、西の遠征から首都に帰る『ギルド』の一団がこの街を通る。その一団は騎馬隊だからな。旅人三人ぐらいなら、頼めば首都まで運んでくれると思うぞ?」
『ファレスタウン』の『ギルド』内。カウンターの向こう側から返ってきたその言葉に、ジグランは子供のように飛び跳ねて喜びを表現する。
「マジかよ! いやぁ~ツイてるなぁオレたち! なっ、レイ――」
そう言い掛けながらジグランが隣を見ると、さっきまでそこにいたはずのレイミーの姿が無い。
不思議に思い周りを見回すと、レイミーはカウンターから少し離れた位置に立って、窓の外の様子を窺っていた。
「レイミー? どうかしたのか?」
レイミーの隣に歩み寄りながらジグランが尋ねると、彼女は視線を窓の外に向けたまま口を開く。
「外の様子。何だか騒がしいと思わない?」
「あん? ――あ~、そういや少し妙だな……」
レイミーに倣うように、ジグランも窓の外の様子を窺って怪訝な声を上げる。
「何だかんだでこの街も結構人が多そうだからな。誰かが諍い起こして、道の真ん中で喧嘩でもしてんじゃねぇのか?」
窓から顔を離しながら、冗談っぽく笑ってジグランがそう言うと、レイミーは無言のまま真剣な表情を向けて来た。
それを見て思わず笑みを消したジグランは、彼女が何を言わんとしているのかを瞬時に察する。
「おい、まさか……」
「そのまさかだったら?」
暫しの沈黙と硬直。
そして次の瞬間。恐らく同じ結論に辿り着いたであろう二人は、ほとんど同時に『ギルド』を飛び出していた。
なぜなら二人の脳裏には、とある少女の姿が過ぎっていたのだから。
◆ ◆ ◆
『魔術師』シャルミナとチンピラ五人の戦いは、戦いと呼べるかどうかも疑わしい程、圧倒的で一方的な展開を見せていた。
つまりは、シャルミナの圧勝。
ナイフやロングソードを振り回すチンピラ五人に対し、シャルミナは『烈風魔法』を応用した投げ技で応じ、男たちの身体を軽々と投げ飛ばしていく。
「クソがぁ!」
ロングソードを握った男が、シャルミナの身体を両断しようと真横に剣を振るう。
だがシャルミナは軽い動作でその場に屈み、回避と同時にがら空きになった男の腹に、風の力を加えた右掌底を叩き込む。
「がはぁっ!」
くの字に折れ曲がった男の身体は、まるで何かに吸い寄せられているかのように、酒場の近くにあった廃材置き場に背中から突っ込んだ。
轟音を上げながら整頓されていた廃材が崩れ、男の姿が見えなくなる。
「まだ続けるつもり? あんたたちみたいな『普通の』人間じゃあ、どう足掻いても私には勝てないわよ」
未だ自分を囲む四人の男たちに向けて、シャルミナは冷たく言い放つ。
男たちの方は、シャルミナの投げ技や打撃を何度も受けながらも、しつこく喰らい付こうとしてくる。
「舐めやがって……! 『魔術師』のくせに殺傷技を使わねぇなんてよぉ! 余裕のつもりか、この『魔女』がぁ!」
確かにその言葉通り、シャルミナは一度として、投げ技や打撃以外の殺傷能力のある『魔法』を使っていない。
彼女の行使する『烈風魔法』の場合、『斬風』などがそれに該当する。
だがシャルミナは使わない。その気になれば一撃で男たちの身体を斬り裂く事が出来るにも拘らず、彼女は使おうとしない。
完全に、手加減していた。
彼女はこの場で、人を傷付ける『魔法』を使う事を躊躇っていた。
なぜならここには、あの少年がいるからだ。
あの少年、リッツの見ている前で誰かを傷付ける事を、シャルミナは意識して恐れている。
自分の存在が『魔女』だとバレている今、何も気にする事などないはずだ。無闇に人を傷付けたとしても、ここにいる者たちは、この女は『魔女』なのだから当然だ、と思うはずだ。その一言で済んでしまうだろう。
だがそれでも、シャルミナは非情になり切れない。
意識して人を傷付ければその瞬間、自分は『本当の魔女』になってしまう。その思いが働いて、シャルミナの身体を躊躇わせていた。
(確かに私は『魔女』と呼ばれてる。この街の人たちが私の事を恐れてるって事も、充分わかってる。でも、だからって私には――)
「ボサッとしてんなよ『魔女』がぁ!」
「!」
完全に不意を突かれ、シャルミナは無防備だった。ナイフを持った男二人が、同時に彼女の身体を貫こうと突進してくる。
回避どころか、防御も間に合わない。そう感じた瞬間だった。
「「何してんだこのチンピラがーーーーーッ!!」」
突然シャルミナの視界に新たな二つの影が飛び込み、男二人を一撃で卒倒させた。
驚くシャルミナの眼に映ったのは、息を荒げる男女のペア。
片方の女性は薙刀を構え、もう片方の男性は、両手に籠手を装備している。
シャルミナがよく見知っている二人、レイミー・リゼルブとジグラン・グラニードだった。
「二人とも、どうしてここに……」
呆気に取られたように眼を瞬かせるシャルミナに、問われた二人は息を整えもせずに答える。
「どうしても何も、あんたが、ここで暴れてると、思ったから、すっ飛んで来たのよ……」
「ったく、感謝、しろよな……。お前の事だから、一人で、何とかしようと、してるんじゃねぇかと、思って、ここまで、走って来たんだぜ……」
「レイミー。ジグラン……」
弱々しく呟いたシャルミナの肩を両側から軽くポンと叩き、レイミーとジグランは一歩前に進み出る。そして一度息を整えると、残っているチンピラ二人に強い口調で言い放つ。
「事情はさっぱり呑み込めないけど、ウチの連れに手を出そうってんなら相手になるよ」
「オラ、さっさと掛かって来い。このジグラン・グラニード様が、喧嘩のやり方ってモンを教えてやるぜ」
シャルミナを庇うように闘争心を剥き出しにする二人に、チンピラの二人は僅かにたじろぐ。
すると、その時だった。
「お前たち! そこで何をしている? 何の騒ぎだこれは?」
シャルミナが声のした方を見ると、剣や斧を携えた四、五人の男女が、険しい顔でこっちを見ていた。風貌から、恐らく『ギルド』の人間だろう。
「やべぇ! 逃げるぞ!」
残っていたチンピラの片割れ、リーダー格らしき男もそれに気付いたらしく、気絶している仲間を見捨てて一目散に逃げ出した。
「おい、待て!」
リーダ格の男に続いて逃げ出したチンピラの後を追って、『ギルド』の人間二人が一斉に走り出す。そして残った者たちは、気絶しているチンピラたちを次々と拘束し始めた。
「何だよ。つまんねぇ幕引きだな」
事態が終息した事を悟ったのか、ジグランは不満そうな声を上げた。傍らのレイミーも、可変式の薙刀を三つに折り、腰のホルダーへと仕舞う。
するとレイミーは、心配そうな顔でシャルミナに声を掛けて来る。
「シャルミナ、大丈夫? あんたの事だから、一人で無茶してたんじゃない?」
「ううん、私は平気。ありがとね、レイミー」
軽く首を横に振ってそう言った後、シャルミナは少し離れた位置にいるリッツに眼を向けた。
今も母親に大事そうに抱かれ、リッツは眼に涙を溜めながらも、嬉しそうに笑っている。
(よかった……。これで、いいんだよね……)
心の中でそう呟き、シャルミナは切なそうに笑って眼を伏せる。
リッツに自分の正体がバレてしまった事は確かに悲しいが、それでもどうにか、親子を巡り合わせる事は出来た。
これでいい。あの少年が笑っていてくれるなら、それで……。
「ちょっといいか?」
物思いに耽っていたシャルミナの耳に、厳しい声が響いてくる。
振り向くと、さっき現れたギルドメンバーの内の一人。斧を携えた体格のいい男が、シャルミナ、レイミー、ジグランを探るような眼付きで見つめていた。
「こいつらの事で聞きたい事がある。悪いが『ギルド』まで同行してもらえないか?」
そこまで口にした後、男は「それに……」と言ってシャルミナの方を見た。
「キミはこいつらに『魔女』と呼ばれていたそうだが、本当か?」
仲間が拘束しているチンピラを一瞥し、男はシャルミナにそう問い掛ける。すると傍らのレイミーとジグランが男の意図を察し、割り込むように口を開く。
「ちょっと待てよ。まさかてめぇ、シャルミナの事を――」
「ああ、その通り。キミが『ゴルムダル大森林』で噂になっている『魔女』なのか、と聞いてるんだ」
「随分一方的じゃないか。こっちにだってちゃんとした事情があるんだ。それを無視して問い詰めるような真似、この子にしないでくれる?」
「何もそんなつもりはないさ。話ならちゃんと『ギルド』で聞かせてもらう。――じゃあ、行こうか」
男に促され、レイミーとジグランは渋々従った。
シャルミナも抵抗する意志など無く、素直にそれに従う。彼女には、好奇な眼に晒されているこの状況から、早く抜け出したいという気持ちもあった。
『ギルド』の人間に付いて歩き始める直前、不意にシャルミナは肩越しにチラリと振り返る。
視線の先には、母親に抱かれたリッツがいる。彼はその大きな瞳で、真っ直ぐにシャルミナの事を見ていた。
だがシャルミナは、何も声を掛けなかった。掛ける事など出来なかった。
「……ごめんね、リッツくん」
小声でそう呟き、シャルミナは視線を戻して歩き始める。
無垢な少年の視線を、背中に感じながら。
この次の話で、シャルミナさんのお話は終わりとなります。
少し気が早いですが、次はどんな外伝を書こうか悩んでます。
このキャラの話書いてくれ!……っていうのがありましたら、メッセージや感想に書いてもらえると有り難いです。
それでは!ノシ