Episode 1 魔女と呼ばれた少女
前言通り、今回は本編の『魔女の森編』に出て来たシャルミナを主人公にしたお話です。
ちなみに今回は三人称。
三人称を書くのは久しぶりなので、可笑しな点があればドンドン指摘してください(笑)
『風守り』の一族――。
その一族は、『ゴルムダル大森林』と言う広大な森林地帯において、『魔術戦争』の時代に造られた遺跡を、何百年もの間人知れず守ってきた存在だ。
そんな一族の唯一の生き残りである少女、シャルミナ・ファルメ。
彼女はつい最近まで外の世界、つまり、森林地帯の外へ出た事がなかった。一族の長たちが、掟を守らせる為に彼女に与えた『呪い』によって、彼女は生まれてからの十数年、ずっと森の中で暮らしてきた。
長い間、ずっと一人で。
だがそんな彼女は、ある時紅い髪の少年によって、その『呪い』から解き放たれた。
真の自由を手にした彼女は、初めて自分の生まれ育った森林地帯を旅立つ決意をする。
ここに語る話は、そんな彼女の奮闘を描いた物語である。
「つーかよぉ。何だってこんな所で足止め喰らわなきゃいけねぇんだ?」
雲一つない晴天の青空を見上げながら、少し癖のある茶髪の青年は、心底気だるそうにそんな事を言った。
すると、その隣にいた天色の髪をポニーテールにした女性が、宥めるような言葉を掛ける。
「仕方ないでしょ? 首都の方で起きた事件のせいで、列車が運行してないって言うんだから。文句言ってる暇があったら、少しはこれからどうするかって事ぐらい考えなさいよ」
天色の髪の女性はそう言って、やれやれと言いたげな溜め息をつく。そして、傍らにいる牡丹色の髪をした十代後半の少女に、申し訳なさそうに声を掛ける。
「悪いわね、シャルミナ。せっかくあんたが新しい旅立ちを迎えたってのに、こんな展開になっちゃってさ」
「ううん、気にしてないわ。それにレイミーのせいでもないでしょ。列車が動いてないって言うなら、他の方法を考えればいいんだし」
牡丹色の髪の少女シャルミナは、そんな風に笑って答える。まだ十代だというのに落ち着きのあるその言動には、大人らしさを感じずにはいられない。
「はぁ~、シャルミナは相変わらず大人だわねぇ。どっかの男にも見習わせたいわ」
「それ俺の事言ってんのか?」
「あら何? ちゃんと自覚があるんじゃない、ジグラン・グラニードくん」
「レイミー、てめぇ……」
「もう、止めなってば二人とも」
今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな二人の間に、シャルミナは躊躇いながらも割って入る。
ジグラン・グラニード。
レイミー・リゼルブ。
そして、シャルミナ・ファルメ。
この三人は『ゴルムダル大森林』という森林地帯で、とある紅い髪の少年と出会い、とある経緯を経て共に旅をする仲になった三人である。
彼らの現在の行き先は、ジラータル大陸の首都『テルノアリス』。
トレジャーハンターを職業としているジグランとレイミーは、首都に住まう一部の王族たちと面識がある。シャルミナが二人に同行する以前の旅の成果を、その王族たちに報告する為、三人は首都を目指している最中という訳だ。
だがこれも奇妙な偶然だが、シャルミナたちが出会った紅い髪の少年が関わった事件のせいで、彼女らは足止めを喰らっている。
『テルノアリス襲撃事件』――。
後にそう呼ばれるようになった事件において、首都を発着する列車と、停車する為の駅が爆破された事により、現在ジラータル大陸の一部の区間で、列車が正常に運行しなくなっている。
シャルミナたちが今いる街『ファレスタウン』は、丁度その列車が運行していない地域だ。故に彼女らはこうして、どのようにして首都へ向かうかを話し合っているという訳だ。
まぁ話し合うと言うのは言葉だけで、レイミーとジグランに至っては殴り合いになりそうな雰囲気なのだが。
「列車の運行が再開されるのはいつなの?」
二人を宥める意味も込めて、シャルミナはレイミーにそう尋ねる。するとレイミーは、睨み合っていたジグランから視線を外し、考え込むような仕草でシャルミナを見た。
「さっき駅に行って確認した感じだと、最低でも後一週間は掛かるらしいわ。正直、そんなには待ってられないんだよ」
「何か急がなきゃいけない理由でもあるの? 首都の王族に会うって事は聞いたけど……」
首を傾げて疑問の表情を浮かべるシャルミナに対して、今度はジグランが言葉を返す。
「オレたちにも競争相手ってのがいるんだよ。トレジャーハンターってのはどれだけ新しい発見をしたかによって、与えられる褒章や勲章が変わってくるからな。当然同業者の間じゃあ対抗意識が強くなる。それに早いもん勝ちってのがオレたちのルールだ。だから他の奴らに先を越されないように、出来るだけ早く、首都の王族に調査報告をする必要があるって訳なんだよ」
「へぇ~……、何か色々大変なのね」
納得したように頷くシャルミナに対して、傍らのレイミーが付け足すように言葉を紡ぐ。
「それにシャルミナ。あんたが今まで暮らしてたあの遺跡。ダンテさんや集落の人が代わりに守っていってくれるって言っても、あの集落には『ギルド』すらないでしょ? だからアタシたちが王族に提案して、軍の詰所を造ってもらえるようにお願いしなきゃいけないんだから。これはその為の旅でもあるんだよ?」
「……そっか。そうよね。あそこから旅立つ事を決めたからって、それで私が『風守り』の一族じゃなくなった訳じゃないのよね」
忘れていた、という訳ではないだろうが、それでもシャルミナは自虐するように苦笑する。
『風守り』の一族――。
広大な森林地帯『ゴルムダル大森林』の奥地で、何百年も前に造られた遺跡を代々守護していた、風の『魔術』を操る一族。少女シャルミナはその唯一の生き残りだ。
一族の長たちが残したとある『呪い』によって、シャルミナは生まれてから今の年齢に至るまで、森林地帯の外へ出る事が出来ない存在だった。
だが紅い髪の少年の活躍により、その呪縛から解かれた彼女は、こうして森を離れ、旅立とうとしている。
(きっと私自身、心のどこかで願っていたんだわ。『風守り』の一族であるという事実を、捨ててしまいたいって……)
自身の暗い感情に触れてしまったような気がして、シャルミナは僅かに俯く。
自由になりたい。
それがいつの頃からか、シャルミナの切なる願いになっていた。
十数年、森の中で一人きりで生きてきた少女。だからこそ、その願いがある日突然叶えられた事で、彼女の中の本心が顔を覗かせているのだろう。
森を出たのだから、もう自分は自由だ。
『風守り』の一族なんて関係ない。
守り続けた遺跡がこの先どうなろうと、自分は知らない。
自分とはすでに何の関わりもない存在だ、と。
(虫が良過ぎるよね、そんなの……)
例えどんなに否定しても、事実が変わる事はない。
森林地帯から旅立ったからと言って、彼女が『風守り』の一族の生き残りである事実は消えないのだ。
「――シャルミナ? どうしたの、ボーっとして」
あれこれ考えていた事で、シャルミナは自然と黙り込んでしまっていた。レイミーに心配そうな声を掛けられた事で、少女は漸く我に返る。
「う、ううん、何でもない。――それよりこれからどうする? 別に徒歩ででも首都には行けるんでしょ?」
シャルミナは無理矢理話題を変え、何もない風を装う。
レイミーも深くは言及せず、駅の方に視線を向けて言葉を返した。
「う~ん、それはそうなんだけどねぇ……。歩くにしろ列車の運行再開を待つにしろ、時間が掛かるってのが問題なんだよねぇ」
困った顔で頭を掻くレイミーの横で、う~んと唸っていたジグランがパッと顔を上げる。何かを閃いたような表情だ。
「だったらよ、馬を使うってのはどうだ? 徒歩で歩くよりは、確実に早く首都に着けるだろ?」
「確かに名案だけど、でも馬なんてどこで調達する気?」
即座に反論しながら辺りを見回すレイミー。当然のように、近い場所に馬を売っているような店は見当たらない。
するとそんなレイミーの仕草を遮るように、ジグランが右手をひらひらと振る。
「別に買う必要はねぇって。確かこの街って『ギルド』があったよな? そこで馬を貸してもらえるかどうか、聞いてみればいいんじゃねぇか?」
「って言うか、まずその前に『ギルド』に馬が置いてある可能性の方が低いと思うんだけど……」
「いいじゃねぇかよぉ、他に手段がねぇんだし。聞くだけ聞いてみようぜ? なっ?」
「まぁ確かに、何もしないよりはマシかもね」
渋々承諾しながら、レイミーはもう一度キョロキョロと辺りを見回す。そして遠くの方に何かを見つけ、シャルミナに声を掛けてくる。
「アタシとジグランで『ギルド』に行ってくるから、シャルミナはもう少し街の中を見て回っておいでよ。折角森林地帯の外に出たんだ。外の世界の事をもっと知っておきたいだろ?」
「えっ? でも……」
二人に用事を押し付けるみたいで気が引けるシャルミナは、躊躇いがちに言い淀む。
確かにレイミーの言う通り、外の世界はシャルミナの興味を引くものがたくさんある。もっとジックリ見ておきたいというのが本心だ。
だが一人だけ遊んでいるような気分でいるのは、二人にも申し訳ない気がする。
どうしようかと逡巡しているシャルミナの胸中を気に掛けた様子もなく、レイミーとジグランはすでに歩き出していた。
「多分こっちの用事はすぐ終わるからよ。三十分ぐらいしたら街の入口で合流しようぜ」
「あんまり遠くへ行かない事。それから迷子になるんじゃないよ」
「えっ? ちょ、ちょっと二人とも……!」
まるで保護者のような台詞を残して、レイミーとジグランはスタスタと歩いて行ってしまう。
一人残されたシャルミナは、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
が、考えてみればこれは人生初となる街巡りだ。しかも周りには自分の興味を引くものが山のようにある。こんな夢みたいな状況の中で、ウキウキして来ない訳がなかった。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えてちょっとだけ……」
とか何とか言いながら、心の中ではちょっとで済みそうにない程興奮している。
シャルミナは踵を返し、街の通りを歩き始めた。
周りには、未知の世界が広がっている。
今回のお話は多分四話か五話構成ぐらいになるんじゃないかな? ……という気持ちで書いてます。
今後のシャルミナさんの活躍にこうご期待!