異世界《酷道》査察官 ~ひっでえ道だなオイ~
「……この道、本当に通れるの?」
と思わずつぶやいてしまうほど酷い道を『酷道』と呼ぶそうだ。
私は今、そのひとつに踏み入ろうとしている。
左からはトゲまみれの小卑鬼薔薇が波のように覆いかぶさってくる。
右は深く切れ込んだ渓谷。
落ちれば急流の餌食。
すれ違うのがやっとな狭い道には岩がゴロついてカボチャ畑と見紛う有様だ。
酷いな、こりゃ。
「草本のはみ出し顕著……はい、減点。路石多数、さらにマイナス1点と」
私は査察帳にさらさらと羽根ペンを走らせた。
あと1点で勧告処分、さらに2点で改善命令だ。
「よォ、お嬢ちゃん! この道は通行止めだぜェ!」
「ぐへへ! 身ぐるみ全部置いてこっち来いよヒャッハー!」
行く手の茂みがガサガサ揺れて、男たちが現れた。
手には蛮刀。
血走った目はギランギランで、口角はだらしない角度に吊り上がっている。
「あらら。3点目が来ちゃったよ。ひっでえ道だなオイ」
私は査察帳を胸ポケットにしまった。
代わりに、懐中時計を取り出して、この印籠が目に入らぬかのポーズを取る。
金の蓋にエンボスされた三つ葉葵……否、八本脚の怪馬を見ると、山賊たちは怪訝な顔で足を止めた。
「ご覧の通り、国道査察部の者です。通してもらえます? 本官の往来を妨げる行為は強制執行の対象になりますよ」
「ギャハハ本官だってよ! お勤めご苦労サマでーっすゥ!」
「天下の酷査サマがこの道の酷さをササツしてェってよ! 体でなァ!」
「フギャハハハハハハ!」
プライド高めの私が敬語を使ってやったのに、こいつらと来たら、へへえェ……! すいやせんでしたーッ! とひれ伏しやがらなかった。
死因の欄に「不敬」と書き込まれたいらしい。
「おめェの道はここで終わりだァ、ヒャッハ!」
「はい、強制執行ね」
私は担いでいたメイス……というか木の棒を振りかぶった。
ヒャハってきた山賊男を、蛮刀の上から殴る。
茶褐色の刃がぐにゃっと曲がって、手首と肘の中間に新しい関節ができた。
「ヒャギャア!?」
「兄貴ィイイイイ……!?」
「やかましいですよ」
「ンギャヴアアアアアアア!?」
渓谷に絶叫がこだました。
この世界の強さは魔力量で決まる。
私はピカイチなので、マッチョ男を腕相撲で圧倒できる。
木の棒で無双するのも難しいことじゃない。
「うぎゃあああああ」
「な、なんじゃこりゃア……!? オレ様の腕がそっぽ向いてヒャハァアア!?」
「なんだって、ちゃんと説明しましたよ。強制執行ですって」
私はゴブリンバラのツルで山賊を縛り上げた。
「国査って逮捕権もありますし、それに、一人旅する都合、腕利き揃いなんですよね。狙うのは賢くありませんよ。もう少しわかりやすく言いましょうか? ――ばーか」
私は兄貴氏を棍棒で張り倒した。
とにかく国土が広大なことで知られるロングロディア王国の、街道の安全と保全を司る官吏。
それが私たち国査――国道査察官だ。
山賊に魔物、落石、雪崩、溶岩、極め付きはドラゴンと、異世界の道は過酷のケタがちょっとおかしい。
どこもかしこも酷道ばかり。
そんな道を年がら年中旅して回る私たちはもっぱらこう呼ばれている。
酷道査察官。
――酷査と。
「酷査、舐めないでくださいよ。あんたたちみたいな連中、そのへんに転がっている石ころと変わらないんですから」
私はカボチャ大の石を谷底に蹴落とした。
笑顔で。
すると、山賊たちも笑顔になった。
媚びる感じの笑顔に。
「それじゃ行きましょうか、酷道査察に。特別に水先案内させてあげますよ。さっ、前、歩いちゃってください」
◇
私は転生者だ。
異世界転生というやつで、前世じゃ道草空奈という売れないVTuberみたいな名前でしがないJKをやっていた。
悲劇が起きたのは登校中のことだった。
国道沿いの道で私はありがちな死に方をした。
トラックでトマトになる感じ。
気づけば異世界。
ヘルバ・ハミングが私の新しい名前だった。
髪の色はなんと抹茶色。
緑の粉が舞うといけないので、私を見かけても頭をド突かないようにしてもらいたい。
風下に立つのもやめていただこう。
私は地方領主の末っ子として生まれた。
特に誰からも期待されることなく、前世の知識が物を言うこともなく、神童と謳われることもなければチートパワーを炸裂させることもなく、私はほかの貴族令嬢と同じように普通に王都の学校に通い、普通に友達もできず、ずっと下を向いて過ごすうちに植物に興味を持ち、卒業研究では『ロングロディア王国の植生』をテーマにして失笑を買った。
花も恥じらう16歳。
でも、道端で告白された経験とかはまだない。
下駄箱に手紙が入っていたことも。
なので、たぶん美少女ではない。
目つきに関しては自覚できるレベルで悪い。
私が食パンくわえて走っても、ぶつかられた人はすごく嫌な気持ちになると思う。
長所と言えば、ちょっと魔力量に恵まれていること、それから、珍しい魔法を使えること。
あと、これは短所な気もするが、歩くのが異常に速い。
勉強は上の下。
コミュ力は下の中。
気に食わない奴を見ると、すぐ殴りたくなるし、それ用の棍棒を常に持ち歩いているから気性は平均より荒めだと思う。
男に生まれていたら、オレンジの服着たガキ大将になってメガネの級友に十八番の怪音波を聞かせて体調不良にさせていたかもしれない。
私、ヘルバ・ハミングはそういう人間だ。
自己嫌悪に陥りそうなので、ここは長所で締めくくろう。
私は歩くのがすごく速い。
シュババババ、とデカいゴキブリ的疾走感で足を動かす。
峡谷の道は風に水の香りがするから好きだ。
「ま、待てよォ……嬢ちゃん!」
「歩くの速すぎんだろォ……」
上半身ぐるぐる巻きの山賊たちが早くも息を切らしている。
そりゃ私はこの健脚を買われて国査に抜擢されたからね。
多い日は150キロくらい歩く。
最初は脚が太くなるから心底嫌だった。
でも、毎日100キロ以上歩いていると、足が棒になって逆に美脚化するという雲外蒼天の境地に至った。
なので、私は腰から下には自信がある。
なお上……。
「もう少し速めにお願いできます? 日のあるうちに、この先のホカラ村に到着する予定なので」
「んなこと言ったってよォ、この道、歩きにくくてかなわねえぜェ……」
「ちょっと休憩しよ――ぐえぇ!?」
山賊たちを1本のツルでふん縛った。
なので、一人転ぶと芋ヅル式にみんないく。
顔のおっかなさも相まって、だいぶ絵ヅラが面白い。
「このくらいで音を上げないでくれません?」
ホカラ峡谷道。
たしかに酷い道だ。
恐酷道と呼ばれるのも、まあ、わからないでもない。
でも、私が国査になってからの半年間で踏破した、数百の酷道の中じゃマシな部類だ。
真の酷道は物理的に通れないからな?
「だいたいあなたたち自身が酷道の構成要件のひとつでしょ? ホームステージで文句言わない」
私はスイカ大の落石を峡谷に蹴落とした。
下が谷だと路石の除去が楽ちんだ。
山賊もお縄にしたし、改善は容易だな。
「おい、嬢ちゃん。あの岩もなんとかしたほうがいいんじゃねえのかァ?」
山賊の一人が妙にニヤニヤしている。
行く手に軽自動車サイズの落石がある。
通行止めだ。
「あちゃー」
街道完全閉塞――減点2点。
累計5点で、改善命令確定だな。
「牛で引かないと動きそうもないね」
谷底に落とすのも賢くなさそう。
このサイズだと流れをせき止めることになりかねない。
鉄砲水で一夜のうちに村が消えるとか、よくあるんだよな、この世界。
「お嬢ちゃーんっ! お困りかなァ?」
「おじさんたち、手ェ貸すぜ?」
「だから、このツル解いとくれよ。なァ?」
山賊さんたちは人のよさそうな笑顔を浮かべている。
夏のひまわりみたいにキラキラだ。
「うん。ダメー」
私も最高の笑顔で首を横に振った。
「そのツルさ、野バラにしてはガッチリしてるでしょ? 私、こういう魔法を使えるんだよね」
指をぱちんと鳴らす。
すると、イルミネーション用の電飾をONにしたみたいに、緑のツルに赤や紫のバラが花開いた。
おおォ、と山賊たちが素直すぎる感嘆の声を上げて、ちょっと可愛い。
「手品じゃありませんよ。植撃魔法って言うんです。簡単に言うと、植物を自在に操れるわけですね」
「わかったァ! この岩にいっぱいお花を咲かせて通行人どもを和ますんだなァ?」
「違いますよ。頭お花畑ですか」
私は腰の種子ポーチから種を1粒取り出した。
ギュッと握って魔力を込める。
「そいつァなんでィ?」
「オキナグサ属の珍しい子で、楔鋼根っていうんです。岩場に好んで生える物好きで、根がちょっと特殊なんですよね」
私は岩に種を投げた。
種からタコのバケモノみたいに根が飛び出す。
草のタコが岩に絡みつくと、ノミを打つような音がした。
石片が飛び散る。
「この子、根っこが文字通りの鋼で、岩を砕いて根を下ろすんですよ。その貫徹力の凄まじさたるや、見上げるような一枚岩を1年で瓦礫の山に変えるほどです」
それを私のべらぼうな魔力量で超・活性化させればどうなるか。
その答えはご覧の通りだ。
例えるなら、フードプロセッサーに投げ込まれた冷凍ジャガイモ。
ばがんばがんと音を立てて無慈悲に砕けていく。
「こんなもんかな」
ってところで、クサビハガネを谷側に伸ばす。
なんせ質量も鋼並み。
砕けた岩はごろんと転がって谷底に真っ逆さまだ。
およそ3秒のフリーフォールを経て、白い飛沫の塔を立ち上げた。
渓谷に七色の橋が架かる。
「いやぁ綺麗だね」
山賊たちがフナ虫の群れみたいに私から遠ざかっていった。
「うおお、酷査ってこんなにヤベェのか……」
「一人旅している女はだいたいヤバイですよ。性格とか特に」
「「あァー……」」
納得だァ、という表情の一同。
「谷底で顔を洗いたいなら言ってくださいね。3秒で洗わせてあげますよ」
「いや、なんでもねェッス……」
「サァーセンした……」
◇
峡谷道を抜けてすぐのところにホカラ村はあった。
崖にサンドイッチされた村で、細く切り取られた青空に何万というツバメが飛び交っている。
家は石造り。
落石を逃れるようにして谷の中央に集まっているから、遠巻きには家が長い帯のように見える。
分類的には列村だろうか。
記録によると、村人は50人ほど。
崖に営巣するホカラツバメの巣を採取したり、ホカラ崖苔をこそぎ採ったりして生計を立てているらしい。
高級珍味の産地として有名だ。
「……うっわ」
地面がどこも白く見えるのは石灰質だからだと思っていたが、違った。
全部ツバメの糞だ。
運がつきそうな素敵な村ですねー。
「違反は5点でした。改善命令という形になり、非常に残念に思います」
村長を捕まえて査察調書を示す。
国査は、官吏の中でも権力だけなら上等な部類だ。
なので、田舎の小領主くらいの偉さはある。
でも、ここは片田舎すぎて公権力の威光が伝わりづらいらしい。
村長は杖頭を人差し指で叩きながら、作品を勝手に添削されたアマチュア画家みたいな顔で調書を睨んでいる。
「急に来られてもなぁ。前もって知らせてもらわねえと」
「事前通告の義務はありません。それに、道とは常に通れる状態であって然るべきものです」
「そうは言うても忙しい時期でなぁ。来週には取りかかろうと皆で話しとったところでねぇ」
今やろうと思ったもん、ってか?
小学生のロジックを持ち出さないでくれ。
少なくとも、ここ1年、荒れるに任せていたってことは私にはわかっている。
街道の維持には少なくない金がかかる。
どこの村も手を抜きがちだ。
困ります。
「改善命令の発令元は運輸大臣ですが、その上におられるのは国王陛下です。王命と心得て改善に着手してください」
私はさらなる威光を夏の太陽のごとく輝かせた。
「王命などと言われてもねぇ。わしらのことなんぞ、遠い王都の国王様がご存じとは思えねえがなぁ」
村長はあくまでゴネる構えらしい。
それなら私はこう返す。
「そんなことありませんよ。ホカラの珍味は王都の貴族社会でも有名でしたから」
「……ほう」
村長は少し気をよくして、眉間の谷間を緩くした。
実際は学食で学生たちに饗されただけだが、学生は9割方貴族家の出だし、まあ、嘘は言っていない。
「有事に際しては騎馬隊の通り道にもなりますし、それこそ山賊が村を襲うような危急の際に困ることになるのは村の皆さん自身です。それを忘れないでくださいね」
私は現物を示しつつ、もう何度したかわからない説教を舌先で転がした。
山賊たちはというと、村人に舐められまいと必死に鬼みたいな顔を並べている。
それを見せられては村長もぐうの音も出ないようだった。
しかし、年長者を追い込みすぎるのもよろしくない。
私は営業用のぬるっとしたスマイルを引っ張り出してきて必要量を顔に塗った。
「道は村の顔です。伸びたおひげは切り揃えたほうがかっこいいですよ」
「うむ。それもそうじゃなぁ」
村長は無精ひげをなで、柔和に笑った。
違反する奴は、指摘するとたいていゴネる。
このへんは私も心得たものだった。
さて、打ち解けたところで耳の痛い話といきましょうか。
違反点数5点分の罰金。
山賊6名の強制執行にかかった諸費用。
そして、大岩の撤去費用。
これらはいずれも村の皆さんにご負担いただきまーす。
と告げると、
「ほっほっほ!」
村長は好々爺な顔で笑っていた。
でも、頬のあたりがピクピクしている。
耳揃えて払ってもらいますからね。
規則ですので!
「いやぁ、助かったよ酷査さん!」
村長のハゲ頭に悩みの種を植え付け終えたところで、村人たちがワッと集まってきた。
「村長ったら金に目がない人だからさぁ」
「そうそ。採取量を増やすって聞かなくて、街道整備の男衆まで崖に上げちゃうんだもの」
「そしたら、道が荒れに荒れて、行商馬車がめっきり来なくなってなぁ。採っても買う者がおらんのだから難儀してたんだ」
ホカラの名は高級珍味の産地として王国に広く知られているが、それも行商人あってのものだ。
そして、行商は道なくして始まらない。
「大変だとは思いますが、街道の保全をよろしくお願いします」
私は少し頭を下げて、カレーの福神漬け程度に笑顔を添えた。
「あんたが来てくれてよかったよ、酷査さん」
「お姉ちゃん、ありがと!」
5つかそこらの女の子が1輪の花をプレゼントしてくれた。
「そうですか」
と私はドライに返す。
営業スマイルならできるんだけどね。
どうも面映ゆいことを言われると、このヘルバ・ハミングというお嬢さんは途端に鉄面皮になってしまうらしい。
「でも、官吏だからね、貰い物は受け取れないんだ。ごめんね」
私は魔法で山盛りの花束を作って女の子に返した。
顔の半分を花にうずめて、女の子はぱぁっ、と笑った。
そんなやりとりを山賊たちがバツの悪そうな顔で見ている。
「さて、私は珍味とやらにトライしてみるかな。あなたたちは働いてからですね」
「……?」
山賊たちは首をかしげた。
村長が言う。
「街道整備の人員が欲しいゆえな。無論、崖に吊るしてツバメの巣を採らせてもよいのじゃが」
「い、いやァ! 自分ら街道に出没するほうが得意なもんでェ、へへ……! なァ、お前ら!?」
「ギャハハまったくで! せっせと働かせてもらいやす、へえッ!」
これにて一件落着だ。
私はゴブリンバラのツルを緩めて、バラの冠を作った。
ひょいっ、と頭に載せてみる。
「ギャハハ! 似合ってねえなァ、嬢ちゃん!」
よし、食前の運動が必要みたいだな。
私の指がゴキゴキといい音を立てたのだった。
読了ありがとうございました!




