第9話 Welcome, to the new world!
宥子が玄関を開けた。
——そこは、サイエスだった。
違和感ゼロで繋がっている玄関の向こう側。
日本の廊下から一歩踏み出せば、草の匂いが鼻を突いた。
「万が一を考えて、私が先に出る」
私はそう言って、一歩踏み出す。
足裏に伝わるのは、アスファルトではなく土の感触。
冷たい夜風。
遠くで鳴く、聞き慣れない虫の声。
宥子も続き、扉を潜る。背後で玄関が静かに閉まった。
やってきました。
サイエス。
しかも夜。
「……」
思っていたのと違う。
街のど真ん中にドーン!と出るかと思ったら、長閑な街道である。
街灯なし。
舗装なし。
星だけがやたら綺麗。
空気は澄んでいる。だが——
「……動物園の匂いがする」
「疑っていたんかい」
バシッ。
背中にツッコミ。
「いや、本当に行けるとは思わなかったから」
本音だ。
理論上可能と、実際に可能は違う。
宥子はしょっぱい目をした。
解せぬ。
でも多分、あっちも「本当にティムしたまま来れるとは」思ってなかっただろう。
お互い様である。
ぐるりと見回すと、遠くに灯りが見えた。
「あっち、町じゃない? 宿取れば?」
私の合理的提案。
しかし即却下。
「無理。セブール行くって出発してるのに戻れない。今日は野宿。それに今のあんたのステータスじゃ町に入れない」
「え?」
「名前が“未設定(琴陵容子)”で、私に契約されてる状態。どう見ても怪しい。レベル上げて隠蔽スキル取らないと詰む」
現実は厳しい。
だが想定内。
「じゃあ野宿で。アウトドア用品は追加で用意済み。街道外れよう」
切り替え早いのが私の長所。
宥子がスキルと地図を併用し、野営向きの場所を探す。
その間、私はスマホを取り出した。
(さて、実験その一)
電波マーク。
……立っている。
まさかのインターネット接続成功。
「勝った」
私はお気に入り小説の続きを読み始めた。
異世界で異世界小説を読むというメタ構造。
最新話まで読み終わり、満足してウエストポーチへ収納。
とてとて歩くこと三十分。
少し開けた場所に到着。
「今日はここ」
宥子が言い、アイテムボックスを展開。
「これ一人用?」
「三人用。ひとつはトイレ用」
「は?」
「簡易トイレ買ってある。設置よろしく」
アウトドアは衛生が命。
投げるだけで設営完了するテントが開く。
文明の利器、最高。
宥子が周囲に何かを撒いている。
「何してんの?」
「魔物と虫除け。睡眠時間削りたくない!!」
鬼気迫る顔。
切実。
「ポーション以外も売ってるんだね」
「あ、うん……そうだね」
歯切れが悪い。
どうせ自作だろう。
(品質確認後、量産案件)
私は心のメモ帳に記録した。
◇
「ご飯どうする?」
「前に渡した一週間分残ってるんでしょ?」
「ある」
「じゃあそれ」
アイテムボックスの食材タブが開く。
カレー。
親子丼。
唐揚げ。
お菓子各種。
チート冷蔵庫ここに極まれり。
「私はカレー」
「私は親子丼」
さらにサクラ用ジャムパン。
折り畳み机に並べる。
二人で手を合わせる。
「「頂きます」」
夜のサイエスに、ほかほかカレーの湯気。
異様。
だが最高。
私はスプーンを動かしながら、隣でジャムパンの袋を溶かしつつ必死に食べるサクラを眺めていた。
可愛い。
尊い。
世界救える。
◇
食後。
お茶を淹れ、作戦会議。
「私をティムしたことで、時差どうなるか検証必要だよね」
「予定は?」
「重要なのはない」
「明日は狩りする?」
私の顔に“戦闘したい”が出ていたらしい。
「命大事で。無理しない。まずレベル上げ」
堅実。
「名前も変更しないと町入れないし。隠蔽も欲しい」
「経験値分配されるかな?」
「要確認」
未知が多い。
だが、それが楽しい。
「今日は早めに寝よう」
確かに早い。
だが初異世界野営だ。
緊張で寝られない——はずだった。
私は寝袋に入り、厳選したこだわりマットに身を沈めた。
ふわり。
包まれる感覚。
「……やば」
寝心地、神。
異世界だろうが何だろうが、睡眠環境は裏切らない。
視界がぼやける。
虫の音。
遠くの風。
隣でサクラがぷるんと揺れる気配。
意識が沈む直前、私は思った。
(本当に来たんだな、異世界)
レベル1。
速度1。
だが。
技術と理性と商魂はある。
そして隣には姉。
琴陵姉妹、初の異世界共同野営。
私は数秒で夢の中へと落ちた。
——戦いは、明日からだ。




