第8話 テイムさせました
「……きて、起きてってば! 容子、いい加減に起きろっ!!」
視界が揺れる。
いや、世界が揺れているのではない。
私が揺さぶられているのだ。
拘束揺さぶり。
容赦なし。
「うぅ……はよ……てか何……」
夢の中では札束の海で平泳ぎしていたというのに。
あと少しで“億”に手が届いたのに。
現実は非情である。
頭をガシガシ掻きながら起こした張本人を見ると、宥子は額に青筋を浮かべていた。
「アンタが起こせって用件メモしてたんでしょーがっ!!!! っかぁーーーーーー腹立つ!」
メモを突き付けられ、私は数秒フリーズ。
……ああ、書いたな。
寝る前の私、優秀。
起きた後の私、ポンコツ。
「悪い忘れてたわ。うん、取りあえず私を契約してくれ。」
真顔で言った。
すると宥子は三歩下がり、変質者を見る目になった。
「ごめん、容子……私、そういうのに偏見は持ってないけど、自分の身に降りかかるのは無理。無理! 絶対無理ぃ!!」
「は?」
何を想像した。
「違う違う違う! そういう意味じゃない!」
私は布団から起き上がり、理論武装に入る。
「私も向こうの世界に興味あるし、渡し忘れた物もあるし。契約ってさ、対象と魔力的に繋がるんでしょ? だったら私も異世界に引っ張れるんじゃね?って話」
沈黙。
宥子の目が、ゆっくりと理解へ移行する。
「……アンタ異世界に来るの? マジ? ドM?」
失礼極まりない。
私は即座にアイアンクローを発動した。
「物は試しだ。やってダメなら諦める。それに確認したい事もある」
さらに畳み掛ける。
「あと、このキャリーケースとそこにある箱、マジックボックスに収納しといて」
「増えてるんだけど!?」
「気のせい」
◇
朝食を終えた後、私はソファ中央に仁王立ち。
「さあ、やれ」
「ほんとにやるの?」
「早く」
半ば強制的に、宥子が私へ手をかざす。
空気が一瞬、震えた。
見えない糸が絡みつく感覚。
胸の奥が、ほんのり温かい。
「あ、出来た」
え、成功?
想定外の即答。
「じゃあステータス! 早く!」
「ステータスオープン」
空間に半透明のウィンドウが展開する。
---------STATUS---------
名前:未設定(琴陵容子)
種族:人族
レベル:1
年齢:25歳
体力:8
魔力:11
筋力:5
防御:6
知能:20
速度:1
運 :10
■装備:ミックマウスTシャツ・黒のパンツ
■スキル:料理50・裁縫50・鍛冶42
■ギフト:なし
■称 号:なし
■加護:須佐之男命・櫛稲田姫命
■ボーナスポイント:0pt
-------------
「……」
数秒の静寂。
「え? レベル低くね?」
25歳、レベル1。
人生ハードモード。
「体力8って何。速度1って何。ナメクジ?」
「うるさい」
だがスキルは悪くない。
「料理50、裁縫50、鍛冶42……生活特化型か。戦闘スキル皆無は痛いけど、ポイント入ったら回復系、彫金、錬金、魔法、刀は取りたいな」
私は早口で未来設計を口にする。
頭の中では既に産業革命が始まっている。
「ナニコレ……」
宥子は呆然。
私は拳を握った。
「よし、決めた。私も行く」
「は?」
「ちょっと着替えてくる」
◇
クローゼットを開け、戦闘兼作業スタイルへ換装。
パンク系に改造したドラゴンフライジャケット。
機能性重視のブーツ。
装備は最低限に抑える。
(私は前衛じゃない。後方技術枠だ)
玄関隅のキックボードのバッテリー残量確認。
よし、満タン。
リビングに戻ると——
魂が抜けた宥子がいた。
「戻ってこれるよね……?」
「理論上は」
「理論上って何」
私は姉の腕時計を掴む。
「時間合わせるよ」
サイエス時間にペンダント型時計を同期。
カチ、カチ、と秒針が重なる。
空気が張り詰める。
胸の奥で、契約の糸が共鳴する。
「行くよ」
「ちょ、心の準備が——」
私はその腕を掴み、玄関へ引きずった。
扉の前。
異界へ続く、見えない境界線。
「初異世界、か」
怖くないと言えば嘘だ。
だが。
未知は嫌いじゃない。
「ほら、しっかりして。前衛様」
「アンタほんと図太いよね!?」
空間が歪む。
足元が浮く。
重力が裏返る感覚。
視界が白く弾け——
次の瞬間。
私は、異世界の大地を踏んでいた。
レベル1、速度1。
戦闘力ほぼゼロ。
だが。
頭脳と技術と根性はある。
「さて」
私はゆっくりと笑った。
「産業、起こすか」
琴陵姉妹、初の同時参戦。
サイエスの運命が、今ちょっとだけ揺れた。




