第21話 アンナ
商業ギルド副長補佐、アンナと申します。
ヒロコ様――宥子様と初めてお会いしたのは、今から数か月前のことでした。
正直に申し上げますと、あの方は異質です。
商人としての嗅覚。
決断の速さ。
損切りの大胆さ。
そして何より、「儲けるための遠慮がない」。
それでいて品位を失わない。
私はあの方を、商人として深く尊敬しております。
ですから。
その妹君――容子様が受付で揉めていると聞いた時、正直なところ少し頭が痛くなりました。
(また何か面倒事を……)
そう思ったのは事実です。
◇◇◇
カウンター前で腕を組み、今にも噛みつきそうな勢いの女性。
それが容子様でした。
感情が表に出やすい。
言葉が率直すぎる。
しかし瞳は濁っていない。
ヒロコ様とは正反対の印象。
「エリーゼ様の紹介と伺っておりますが、紹介状は?」
私が尋ねると、容子様はむっと頬を膨らませた。
「名前を出せば分かるって言われたんです!」
……ああ。
なるほど。
エリーゼ様は確かに名士です。
ですが、紹介状無しで通すほどギルドは甘くありません。
しかし。
VIP室で拝見した作品を見た瞬間、私は考えを改めました。
◇◇◇
机の上に並べられた数々の装身具。
光を受けて煌めくそれらは、単なる手工芸品ではありませんでした。
高位魔物素材。
希少な真珠。
繊細な金具加工。
「これは……匠の域ですね」
口から自然と零れた言葉。
嘘ではありません。
均衡の取れた意匠。
素材の活かし方。
視線を集める配置。
無名であることが不思議なほどでした。
ヒロコ様は即座に販売戦略を提示されました。
富裕層向け一点物路線。
私は異議を唱えました。
「無名では高額は難しいでしょう」
商売は信用が全て。
そこで私は提案したのです。
まずは一般層に限定販売。
話題を作り、作家名を浸透させる。
その後、指名依頼へ。
ヒロコ様は即座に理解されました。
この方は本当に話が早い。
そして――
容子様は、原価割れ価格を即決なさいました。
思い切りが良い。
だがそれは、計算ではなく感覚。
ここが姉妹の決定的な差だと感じました。
◇◇◇
受付嬢たちの反応は想像以上でした。
「可愛い!」
「この羽、透き通ってる!」
「刻印入り……!」
女性の購買欲は連鎖します。
一人が欲しがれば、周囲も欲しくなる。
私は即座に数量を限定。
「本日限り、金貨一枚均一です」
その一言で火が付きました。
完売。
わずか十五分。
私は確信しました。
これは“売れる”。
◇◇◇
数日後。
街の貴婦人方から問い合わせが相次ぎました。
「受付嬢が付けていたあのバレッタは何処で?」
「作家に直接依頼は可能か?」
私は静かに微笑みました。
種は蒔かれた。
芽が出た。
あとは育てるだけ。
ヒロコ様に報告すると、わずかに口角を上げられました。
「予定通りですね」
……やはりこの方は恐ろしい。
だが問題はもう一つ。
容子様です。
◇◇◇
制作現場を拝見した時、私は驚愕しました。
作業机は散乱。
素材は無造作。
しかし手の動きは迷いがない。
「集中すると周り見えなくなるんです」
そう笑う容子様。
天才肌。
だが商人向きではない。
価格交渉を任せれば、勢いで値引きしかねない。
だからこそ。
ヒロコ様が必要なのです。
理と情。
攻と守。
この姉妹は、互いに補完し合う構造になっている。
偶然とは思えません。
◇◇◇
ある日、私はふと思いました。
もしこのブランドが軌道に乗れば。
サイエス初の“作家ブランド”が誕生するのではないか。
量産ではなく、物語と名を売る商法。
それはギルドにとっても利益が大きい。
私は密かに動き始めました。
流通経路の整理。
富裕層名簿の精査。
発表会場の確保。
ヒロコ様に提案すると、即答でした。
「やりましょう」
容子様は目を丸くしていました。
「え、展示会? 私が?」
そうです。
貴女が、です。
◇◇◇
私は思います。
ヒロコ様は“計算で勝つ商人”。
容子様は“才能で魅せる作家”。
この二人が組めば、いずれサイエスを越えるでしょう。
もしかすると――
この世界すら。
私は胸の内で静かに微笑みました。
商人として。
そして一人の観察者として。
この姉妹の物語が、どこまで伸びていくのか。
見届けたい。
そう思ってしまったのです。
商業ギルド副長補佐アンナ。
本日もまた、姉妹の金策と野望の一端を支えるべく、帳簿を開くのでした。




