第20話 無名の作家
――商業ギルド、再び。
さきほど宥子に半ば強制的に作品を売り込まれ、契約まで締結してしまった私だが、どうしても腑に落ちないことがあった。
あの優雅なご婦人――エリーゼ様の紹介。
あれ、ちゃんと使えてなくない?
というわけで私は単身、受付カウンターへと突撃していた。
「エリーゼさんの紹介だって言ってるじゃん」
「ですから、紹介状をご提示ください」
「さっきも言ったけど紹介状なんて無いよ! 名前を出せば分かるって言ってたし! 商談したいんだってば! ここ商業ギルドだよね!?」
「規則ですので」
ループ。完全なるループ。
私はカウンターに額を打ちつけそうになるのを堪えた。
おかしい。エリーゼ様、めちゃくちゃ貴族オーラだったよ?
「名前を出せば分かる」って言ってたよ?
それが通じないとかどういうこと!?
「職務怠慢じゃない……?」
ぶーぶー言っていると、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「アンナさん、あそこにいるの私の妹なんですけど。誰かに紹介されて来たみたいです」
ぎくり。
振り向くと、呆れ顔の宥子が立っていた。その隣には、凛とした美貌の女性。
受付嬢が一瞬で背筋を伸ばす。
「ヒロコ様の妹さんですか。少しお話を伺って参ります」
おお、話の分かる人GET!
割って入ってきた美人――アンナさんは、落ち着いた声で私に向き直った。
「詳しく事情をお聞かせ願えますか?」
私はこれ幸いとばかりに説明を開始する。
カフェで試作品を広げたこと。
人だかりが出来たこと。
エリーゼ様に助けてもらったこと。
商業ギルドへ行くよう勧められたこと。
アンナさんは静かに頷き、私を宥子の元へ連れていった。
「エリーゼ様からの紹介と仰っておりますが、紹介状はお持ちではないとのことで、受付が対応に困っておりました」
サクッと報告される。
宥子が私を見る。
「妹よ。そのエリーゼ様とやらの紹介で来たなら、紹介状くらい貰っておきなよ」
ぐぬぬ。
「名前を言えば分かるって言われたんだよ!」
私は無実を主張する。
「何が切っ掛けで紹介の話になったのさ」
面倒事持ってくるなオーラが凄い。
「街で美味しいって言われてるカフェ入って、試作品広げてたら人が集まってきて。その時に助けて貰ったの!」
私は悪くない!
だが華麗にスルー。
ひどい。
◇◇◇
「アンナさん、妹の作品も見て頂けませんか?」
「ヒロコ様の頼みであれば」
……ねえ、この人、宥子を崇拝してない?
目が完全に信者なんだけど?
私たちはVIP室らしき個室へ通された。
豪奢な絨毯、重厚な机。防音魔法でもかかっていそうな静寂。
私はアイテムボックスから作品を取り出していく。
バレッタ、ペンダント、イヤリング、ブローチ。
キラービーの羽、高位モンスターの甲殻、真珠、珊瑚。
机の上が一気に煌めいた。
その瞬間、宥子の目が一瞬鋭くなる。
……あ、パチった素材バレた?
でもお金になるなら怒られないよね!
開き直り大事。
アンナさんの瞳が輝く。
「……これは、匠の域ですね」
ほぉぉぉ!?
匠!?
「素材の選定、加工の繊細さ、均衡の取れた意匠。どれも見事です」
褒められると弱い私。
顔がにやけるのを必死で抑える。
宥子がニヤリと笑った。
来た、営業モード。
「どの作品にも刻印が押されています。一点ものです。高位モンスター素材を使用しているため、富裕層向けの商品になるかと」
押し売り開始。
アンナさんは冷静だ。
「ですが無名の作家では高額販売は難しいでしょう」
ぐさっ。
正論。
「まずは個数限定で一般向けに販売し、話題を作る。その後、指名依頼という形で受注制作に移行するのが良策かと」
戦略会議始まった。
宥子は頷く。
「ではまず、受付嬢の皆様に格安で販売し反応を見ましょう。今回限り、宣伝込みで原価割れ価格で」
原価割れ!?
ちょ、ちょっと!?
アンナさんの目がきらりと光った。
商人こわい。
「少々こちらをお借りします」
アンナさんは数点を持って退室。
しばらくすると受付カウンターの方から――
「可愛い!」
「欲しい!」
「え、金貨一枚!?」
黄色い悲鳴。
反応、めちゃくちゃ良い。
宥子が小声で聞く。
「容子、最低いくらで売りたい?」
私は少し考えた。
ブランド戦略。話題作り。先行投資。
「金貨一枚かな。損して元取れって言うし」
「了解」
即答。
数分後、アンナさんが戻ってきた。
「受付嬢全員、購入希望です」
早っ。
その場で均一価格・金貨一枚販売開始。
飛ぶように売れていく私の作品。
金貨が積まれていく。
……これ、もしかして。
「アクセサリー作家『容子』の誕生ですね」
アンナさんが微笑む。
名前が広がる。
受付嬢から冒険者へ。
冒険者から貴婦人へ。
じわじわと、噂が広がっていった。
◇◇◇
数日後。
「ヒロコ様、既に数件、指名依頼が来ています」
アンナさんの報告。
はやくない?
宥子が私を見る。
「ほらね」
くっ……悔しいけど。
戦略は正しかった。
私はゆっくりと息を吐いた。
異世界で、ただの一般人だったはずの私が。
今や、アクセサリー作家として名を知られ始めている。
金策は順調。
邪神討伐資金、着実に増加中。
……でも。
「マージン三割は高くない?」
「営業力込みです」
にこりと笑う姉。
やっぱり商人って怖い。
だが、負けていられない。
私は心に誓った。
いつかこの商業ギルドで――
堂々と、私自身の名で高額取引を成立させてやると。
アクセサリー作家『容子』。
その名は、こうしてサイエスの街に静かに、しかし確実に広がっていったのだった。




