第19話 食事事情に困ってます
宥子と別行動中の容子です。
何かあれば念話で連絡すればいいじゃん、という極めて合理的かつ社会人らしい結論に至ったため、現在わたくしは――
完全自由行動中である。
「よっしゃああああ! 異世界スイーツ制覇ツアー、開幕ぅぅぅ!」
二十五歳、成人女性。
異世界に胸をときめかせる十代ではない。だが甘味には年齢制限はない。
財布、ケータイ、そして洛陽住藤原国広をウエストポーチに詰め込み、石畳の街路へと躍り出た。
ここはサイエスの街。白い石造りの建物が並び、木製の看板が風に揺れ、焼きたてのパンの香りが漂う。露店からは香辛料の刺激的な匂い。遠くでは馬車の車輪が石を鳴らしている。
うん、異世界感バリバリ。
「此処のお菓子って食べてみたかったんだよねぇ……」
私は花屋らしき店の前で足を止めた。色とりどりの花が並び、見たことのない形状の植物が風に揺れている。
店員に声を掛ける。
「この辺で美味しいお菓子屋さんってありますか!?」
店員――宥子さん(※別人です。偶然です)がにこやかに答える。
「此処を真っ直ぐ行って一つ目の通りを右に曲がると、猫のイラストの看板があるわ。キャッツアイというお店よ。パンケーキが有名ね」
「神情報ありがとうございます!」
異世界住民、優しすぎない?
私だったら絶対教えない。お気に入りは独占するタイプ。
お礼に、カンガルーポーに似たプシュケという花を購入することにした。
「銅貨五枚になります」
あ、銅貨ない。
私は金貨を出した。すると店員が、ころんとしたがま口財布を見つめて目を輝かせる。
「不思議な形のお財布ですね。とても可愛いです。どちらで購入されたのですか?」
お、食いついた。
「これ? 手作りですよー」
ガッチのトートバッグを再利用した布地で作った一品。百均金具使用の庶民派ハンドメイド。
「凄いですね……職人さんなのですね! あの、金貨一枚で譲って頂けませんか?」
……は?
百円以下の原価が金貨一枚?
異世界インフレこわい。
しかし愛着がある。
「これはダメだけど、こっちなら」
アイテムボックスから花柄バージョンを取り出すと、店員の目がキラキラ倍増。
「可愛い! 是非!」
即決だった。
私は金貨を受け取りつつ、にやりとする。
「特許も出しますので、そのうち商品として並ぶかもしれませんよ」
宥子が商業ギルドで特許を取得したと聞いている。
ならば私は生産ギルドだ。
副業、ここに爆誕。
◇◇◇
キャッツアイは思っていた以上に賑わっていた。
木目調の内装に猫モチーフの装飾。可愛い。女子ウケ全振り。
シックなメイドが近づいてくる。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
「はい! 一番人気お願いします!」
席に案内される前に注文する暴挙。
十五分後。
「お待たせ致しました。当店自慢のブリオッシュです」
運ばれてきたそれは黄金色に輝き、粉砂糖がふわりとかかっている。見た目は完璧。インスタ映え確定。
一口。
ガリッ。
「……ん?」
もう一口。
ゴリッ。
ブリオッシュやない。これは鈍器。
甘さは控えめというより失踪中。
水分はどこ? 異世界の湿度ゼロ?
「な、なんやこれ……」
だが周囲は美味しそうに食べている。
私の味覚がおかしいのか?
いや違う。これは文化の壁だ。
ガリゴリ噛み砕きながら涙目になっていると、メイドが私のテーブルを見つめているのに気づいた。
「あの……そのアクセサリー、とても綺麗ですね」
しまった。試作品広げっぱなしだった。
「試作品ですよー。見ます?」
差し出した瞬間。
「キラービーの羽がこんなに美しく……! このビジューは珊瑚? こちらは真珠?」
声が大きい。
気づけば女性客がじわじわと集まり始めた。
「可愛い!」
「欲しいわ!」
「幾らですの?」
あ、囲まれた。
ブリオッシュが遠い。
容子ちゃんピンチ!!
その時、一人のご婦人が優雅に扇子を閉じた。
「あらあら、お嬢さんに群がっては迷惑でしてよ」
一喝。空気が変わる。
群衆が散り、静寂が戻る。
ご婦人は私を見つめる。
「不用意に商品を広げてはいけないわ。此処は治安が良い方だけれど、盗難もあるのよ」
厳しいが、温かい忠告。
「ありがとうございます!」
「売るなら商業ギルドへ行きなさい。エリーゼの紹介と言えば良い条件を出してくれるでしょう」
そう言って去っていった。
……上流階級オーラすご。
やっとブリオッシュに集中できる。
結果。
三十分かけて完食。
顎が筋肉痛。
異世界グルメ、信用度ゼロに転落。
◇◇◇
商業ギルドへ到着すると、宥子は既に商談中だった。
砂糖、塩、胡椒の取引。順調らしい。
私は後ろで待機――のはずが。
「ついでに、こちらは妹の作品です」
……は?
私のアクセサリーが並べられている。
「ちょっと待て」
ギルド職員が目を見開く。
「これは……加工精度が高い。希少素材の扱いも見事だ」
値段提示。
高い。
いや、ぼったくりレベルで高い。
「姉上?」
小声で抗議する。
「営業手数料三割」
「はぁ!?」
「交渉したのは私」
ぐうの音も出ない。
商談は成立。
「今後も定期的に納品を」
「勿論」
ちゃっかり契約締結。
私は額を押さえる。
「勝手に売らないでよ」
「売れる物は売る。資金は正義」
邪神討伐には金がいる。理解はしている。
だが。
「次は私が値段決める!」
「交渉出来るならね」
くっ……。
悔しいが、商売の世界は実力主義。
異世界と日本を股にかける転売姉妹。
その片翼として、私はもっと強くならねばならない。
まずは――
美味しいスイーツを自分で開発するところからだな。
そう決意しながら、私はギルドを後にしたのだった。




