第14話 趣味に生きてます
――静かだ。
あれだけ騒がしかったリビングも、今はやけに広く感じる。
宥子がサイエスへ発った朝。見送りの時、私は「蛇ちゃんズ置いてけ」と三回は言ったはずだ。だが振り返れば虫かごは空っぽ。
裏切られた気分である。
「……絶対、戦力として連れてったよね」
ぽつりと呟きながら、私は作業部屋の机に戦利品を広げた。
蜂の羽×12枚。
黄色の魔石(小)×6。
青い魔石(小)×3。
赤い魔石(中)×1。
そしてスライム産、水色と緑色の魔石(小)各20。
並べると壮観だ。
「へへ……これ全部、私の実験材料」
にやける口元を隠す者はいない。今この城の主は私なのだ。
まずは蜂の羽。
透けるように薄いのに、触れれば硬質な反発がある。両端を持って力を込めると、ぐぐ、としなるが折れない。
「おお……カーボン素材みたい」
ハサミも通らない。これは装飾パーツ兼、軽量防具に転用できるかもしれない。
次に魔石。
水色のスライム魔石を研磨機にかけると、ざりざりと心地よい音を立てて角が落ちていく。まるで宝石職人になった気分だ。
ファセットカット機で多角に削り、光の反射を確認。
「……うん、歪みなし。私、天才では?」
黙々と作業を続け、気付けば窓の外は群青色。
メールを確認すると、宥子から返信が来ていた。
玉不足。手入れ道具希望。タガーケース欲しい。
「女子力どこ置いてきた?」
服や装飾品の要望が一切ないのが逆に清々しい。
私はPCを立ち上げ、弾丸やメンテキットを注文。タガーケースは自作すると決めた。
ウルフの毛皮×3。
風呂場で洗浄しながら、私は鼻歌を歌う。
「どうせなら超絶可愛いの作ってやる。ピンクの刺繍入りとかどうかな?」
きっと嫌がる顔をするだろう。その想像だけで楽しい。
◆ ◆ ◆
数日後。
作業部屋は宝石工房と化していた。
机の上には完成品がずらりと並ぶ。
一粒ネックレス。花モチーフのピアス。蜂の羽をフレームに使ったイヤーカフ。赤い魔石(中)は思い切ってペンダントトップに。
私はノートをめくりながら呟く。
「サイエス……英語表記だよね」
異世界側で見た看板や書類は、確かアルファベットだった。
ならば。
魔石の裏面に小さく刻印。
“Flow”
“Heal”
“Guard”
そして生活魔法を応用し、魔力循環の術式を組み込む。
じわり、と魔石が淡く発光した。
「……あ、これ絶対成功したやつ」
魔力を込めると、刻印が一瞬だけ輝く。
理論上、使用者が魔力を流せば再充填できるはずだ。
この発想が後にサイエスで革命を起こすことになるとは、この時の私は知らない。
◆ ◆ ◆
夕食後。
買い物メモを見ながら私は真顔になる。
「ティッシュとトイレットペーパーは最優先だな……」
葉っぱ生活は文化的敗北である。
さらに弾丸、保存食、裁縫道具、予備スマホ充電器。
異世界と現実を跨ぐ物流管理は、ほぼ軍需担当だ。
ふと、スマホが震えた。
非通知。
私は一瞬身構え、通話ボタンを押す。
「……もしもし?」
<電波確認。聞こえる?>
小声の宥子だ。
背後に風の音。
「聞こえる! クリア!」
<今、誰もいない林の中。電話成功。これ革命>
思わず笑みが零れる。
「そっちは?」
<面倒事の匂いしかしない。でも蛇ちゃんズがやたら張り切ってる>
あいつら絶対楽しんでる。
「死なないでよ」
<当たり前。あんたの量産したアクセ、帰ったら鑑定するから取っときな>
「任せろ。売り込む準備万端」
通話が切れた後、私は静かに息を吐いた。
繋がっている。
距離はあっても。
私は商品ケースにアクセサリーを丁寧に詰める。
淡い光を放つ魔石達は、まるで未来の種だ。
「異世界で装飾品作家デビューか……」
想像する。
サイエスの市場でざわめく人々。
「この刻印は何だ?」「魔力が循環するだと?」
評価が一気に跳ね上がる瞬間。
その中心に立つ私。
――装飾品作家容子。
レベル40。
生活魔法特化。
そして隠れ付与魔法マスター。
私はにやりと笑った。
「待ってろよ、サイエス」
静かな夜の作業部屋で、魔石が小さく瞬いた。
この小さな悪巧みが、やがて街一つを巻き込むブームになるなど――。
今はまだ、誰も知らない。




