6話 暴走
俺は黒い車の助手席に座っていた。
お嬢様が捕まっているらしい港の倉庫に向かう途中だ。
車に乗ってからだいたい二十分。
もうすぐ港に着く。
リュックから台本を取り出して入念に確認し
万全で挑みたい。
――だが隣がうるさかった。
「人が絶望し、影消える♪武器ができる〜♪
これがいいのだ〜♪ それがいいのだ〜♪」
隣でテンション高く歌っている運転中の女がいた。
俺の苦手な薬喰だ。
ボスがよく口ずさむ歌だとわかった
知ってる歌だ。だから余計に気になった。
音程が全然あっていない。
俺は音に敏感だ。異能のせいかもしれない。
「薬喰。ちょっと静かにできない?」
「できないのだ!私はどんな時も明るくいろとボスに言われているのだ!」
「明るくいろってうるさくしろとは違うだろ」
「何が違うのだ?」
「……何が違うんだろ」
考えても分からない。
明るいやつは大体うるさい。薬喰は正しいのかもしれない。
「音鳴は馬鹿だから考えても無駄なのだ」
「確かに」
台本があるから考える必要はない。
でも薬喰に馬鹿と言われるのは少し癪だった。
「音鳴も歌うのだ!」
薬喰の提案に乗った。
「これがいいのだ〜♪それがいいのだ〜♪」
これでいいのかもしれない
俺が歌い始めたら、薬喰は歌うのをやめた。
「音鳴は歌が下手なのだ。私と全然合わないのだ」
「あー、それ逆ね。俺が合ってて薬喰がズレてる」
「私はズレないのだ。ズレるのはいつも音鳴なのだ」
「……まぁいいか」
考えるのが面倒になり、賛同した。
歌が終わると今度はボスの話が始まった。
「【明るい】やつを持ち上げると【あー、軽い】と
私はボスの膝の上に持ち上げてもらうときに言われるのだ。
私は愛されているのだ!
ボスはすごくて面白いのだ!
ボスのためならなんだってできるのだ!」
薬喰の話を聞いていると
ボスの「面白いだろ」と言っている
時の顔が思い浮かんだ
そして
俺はずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「なぁ薬喰。ボスの言葉って面白いか?
俺あんまり分かんねぇんだけど」
「面白いのだ!ボスが面白いと笑っているのだ!」
「それボスが笑ってるだけだろ。
薬喰はボスの言葉を面白いと思ってんのか?」
「ボスが笑うと嬉しいから面白いのだ!」
「……なんか違くない?
じゃあそのボスの言葉、ボス以外から言われたら笑うのか?」
「…………笑わないのだ」
「それって薬喰、ボスの面白さ理解してないんじゃない」
俺は前を向いたまま言った。
薬喰が急に静かになった。
港が見えてきた。
「もうちょいだな薬喰。
俺台本読みたいから静かにしてくれ」
薬喰に顔を向ける。
薬喰は血走った目でぶつぶつ呟いていた。
「私がボスを理解していない……おかしいのだ……
おかしいことを言うやつは殺すのだ……殺すのだ……殺すのだ……」
ヤバいこと言っていた。
俺はシートベルトを外しながら声をかける。
「俺、降りるわ。ここまで送ってくれてありがとな。あとは歩いて——」
薬喰は無視し、アクセルを踏み込んだ。
車は一気に加速する。
スピードメーターは時速150を超えた。
「おい止めろ薬喰!」
薬喰はちゃんと答えた。
「殺すのだ!」
その声が車内を満たした。
ドボンッ。
車は止まらず港から飛び出し、そのまま海へダイブした。
俺と薬喰は各々脱出して岸に上がる。
車は沈んでいった。
「ふー、スッキリしたのだ」
「スッキリじゃねぇよ……殺す気かよ」
「殺す気だったのだ」
馬鹿でヤバい女だと再確認した。
「では私はボスの元に戻るのだ」
「あ、そう」
薬喰はずぶ濡れのまま歩き出す。
数歩進んでから急に振り向いた。
「ボスからの伝言を忘れていたのだ。
【妖刀】の【用途】は自分で考えろ、だとボスが言っていたのだ」
それだけ言ってまた歩き出した。
妖刀使っていいのか。
俺が呟いた時、雨が本格的に降り出した。
全身濡れていたから、もうどうでもよかった。
ただひとつだけ大事なものがある。
台本だけは濡らせない。
屋根のある場所に入り、リュックから台本を開いた。
今回のシナリオが書いてある。
台本は内容を変えたが、タイトルは変わらない。
《お嬢様の笑顔》
そして今回は時間までもきっちり管理されていた。
「大変だなぁ……まずは屋根に登るのか」
口から自然と漏れる。
雨が降っているから滑るんじゃないかと思ったが
台本の端に赤字で書いてあった。
『雨が降っても【悩む】【な。止む】から』
『面白いだろ』
「まぁそうだな。悩んでも台本は変わらないし」
面白いかどうか分からないけど
ボスの言葉に賛同した
俺はシナリオを進め始めた。




