5話 お嬢様の危機
港に並ぶ巨大なコンテナの群れ。
その中にある倉庫の一つだけが明かりを灯していた。
倉庫内には男が二十六人、そして少女が一人。
少女は椅子ごと縄で縛られ、ぐったりと眠っている。
ナイフの平らな部分で頬を叩かれ、少女は目を覚ました。
誘拐された白崎美怜である。
美怜は起床直後は状況が掴めず、まばたきを繰り返した。
だがナイフを持つ男の奥――茶髪で刀を腰に下げた男を視界に入れた瞬間、記憶が戻った。
(私、誘拐された……)
理解したうえで美怜は強気だった。
「私になにかしたらお父様があなたたちを許さないわよ。
お父様にはあなたたちよりずっと怖い知り合いがたくさんいるの。
わかったら早く離しなさい」
それに反応したタトゥーの男が笑った。
「おいおいお嬢様よぉ。俺たちは何も恐れねぇ。
ギャング《ウルフロック》だぜ?
怖い知り合い呼んでみな。俺らが殺してやるよ。きゃはは!」
男はナイフで美怜の身体をゆっくりなぞり、胸元で止めた。
「なにかしたら許されないんだっけ?お嬢様」
シャツが裂かれ、下着が露わになる。
「おおーー!」
歓声と口笛が飛んだ。
「着痩せするタイプかぁ。幼いのにいい身体してんな。
さすが金持ち、食ってるもんが違ぇ」
「あなたたちわかってるの?私は白崎――」
バチン。
頬に平手が飛んだ。
美怜は生まれて初めて暴力を受け、身体を硬直させた。
「え?何?お嬢様偉そうだな。状況わかってる?」
涙がにじみ始める。
だがプライドがそれを許さなかった。
「私には護衛者がいるわ。暗殺者よ。あなたたちなんて殺されちゃうんだから!」
バチン。
逆の頬に同じ音が鳴る。
「だから状況わかってるのかって言ってんだよ。
お嬢様は脳に栄養が行かず、全部胸に行ったらしい。きゃはは!」
ギャングたちの笑い声が弾けた。
美怜は限界だった。涙がこぼれ、俯く。
「泣いちゃった。強気な女が泣くと興奮するなぁ」
喧騒から少し離れた場所で、茶髪の男だけが無言でため息をついていた。
美怜にとってこれほどの屈辱は初めてだった。
彼女は生涯、従える側だった。
従う側になることなど想像したこともなかった。
(私は犯されて……売られるの……?)
そのとき――倉庫の天井から音が響いた。
コツ、コツ、コツ、コツ。
何かが、天井の上で動く音。
(あいつ……?)
頼りないと思っていた護衛の少年。
名前すら覚えていない。
だが美怜は勝手に希望を紡いだ。
ギャングの一人が外に出て、すぐに戻る。
「外、雨だな。雨音だ」
「なんだよ雨かよ。ビビらせやがって」
「おまえ、びびってたのかよ」
ギャングたちのやり取りを背に、美怜は天井を見上げた。
倉庫中央の高窓が外とつながっている。
そこに――いた。
(……あいつ!)
美怜の目から少し笑みがこぼれた。
期待が現実になった。
少年は天井の上でなにか喋っている。
聞こえないので美怜は口の動きを読む。
て、ん、じょ、う、で、な、に、か、いっ、て、ん、じょ、う……
(【天井】で何か言っ【てんじょう】……)
(はぁ……何言ってんのよ)
彼女が睨むと、少年は親指を立てて消えた。
「はぁ!」
美怜の怒りの叫びにギャングが反応する。
「おい。なんか企んでんだろ」
「いや、違う、今のは――」
その瞬間、腹に拳が入った。
「かはっ……!」
初めての打撃。唾液が飛び、涙が落ちる。
「犯してからやつらに引き渡そうと思ったけど、やめだ。なんか企んでる」
タトゥーの男の言葉にギャングたちは頷いた。
「今すぐ奴らに引き渡す。それで終わりだ」
「お父様!助けて!お父様!」
泣き叫ぶ声が倉庫に響く。
殴打。
(痛い……もういや……)
弱者としての感情を初めて理解した。
(もし帰れたら……心を入れ替える……)
その瞬間――倉庫の照明が一度落ち、すぐ点いた。
美怜が見る先に、さっきまでいなかった少年が立っていた。
全員の視線が集まる。
「やぁやぁ皆さん。これより悲劇を喜劇に変えるショーの始まりです。
皆さんは死ぬ寸前まで……あれ、なんだっけ」
少年はリュックから台本を取り出して確認する。
奇妙な沈黙。
「あぁそうか。では皆殺しショーの開幕です。
どうぞ笑ってご参加ください」
少年はお辞儀をし、リュックにはいるはずがない長さの剣を取り出した。
「マジックか……?」
誰かが呟く。
「早く!早く助けて!助けてください!」
美怜は涙で叫んだ。
タトゥーの男が嗤う。
「お嬢様ずいぶん丸くなったなぁ。敬語なんて使わなかったのに――」
その言葉の途中、男の首が落ちた。
少年が呟く。
「よし、一人。あと二十四人笑わして殺したら
3つ目の難所クリアだね」
美怜の目の前に一瞬で移動した少年に、
美怜は呆然とした。
ギャングたちも武器を構え直す。
美怜は少年の背中を見つめながら思った。
(本当に……暗殺者だったんだ)
――開幕の狼煙が上がった。




