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2話 お嬢様

たけぇ。

俺の目の前にそびえていたのは、五十階建てのタワーマンションだった。

高級そうな服を着た人たちが、当たり前のような顔で前を通る。

俺は軽く場違いだった。

……まぁそんなことは置いておいて。

マンション前のベンチに腰を下ろし、台本を開く。

“お嬢様のじぃやが迎えに来る”

と書いてある。

“じぃや”とはなんだ。

“お嬢様の爺さん”のことか?

しかし別ページには

“祖父は既に死去”

とある。

どうゆうことだ。ボスの間違いか?

そんなことを考えていると、黒い革靴が視界に入った。

見上げると、白髪に黒いスーツの品のいい男が、杖をついて立っていた。

足がある。

生きている。

つまり爺さんではない。

無視しよう

「あなたが音鳴様で間違いないでしょうか」

聞き取りやすい声だった。

台本でセリフを探す。

「音鳴様、音鳴様」

何度も話しかけられる。

何なんだ、このうるさい見知らぬ男は。

台本を探しても、見知らぬ男に話しかけられた時のシナリオはない。

「音鳴様」

「あ、はい?」

思わず返事してしまった。

セリフはなかったのに。

シナリオが変わったらどうする。

男は笑って頭を下げた。

「じぃやの黒川でございます」

「じぃや……? お嬢様の爺さんは死んでるだろ」

黒川は肩を揺らして笑った。

「ははは、じぃやとは年配の執事を指す呼び名でございます」

「ああ、そういうこと」

台本の“じぃや”の文字を指でなぞり理解する。

どうやら爺さんでも幽霊でもなかったらしい。

「では自己紹介を。黒川明人と申します」

「……どっかで会ったことある?」

黒川は笑いながら否定した。

「いえ、ございませんが」

その後、黒川に連れられマンションに入る。

入口でカードキーをかざす。

カードキー、初めて見た。すげぇ。

エレベーターの扉を開く時もカードキー。

階数を押す時もカードキー。

降りたい階を確定する時もカードキー。

カードキー、多いな。

ガラス張りのエレベーターから外の景色が見えた。

俺はガラスに張り付いた。

「たけぇ……」

黒川は何も言わない。

“ピンポン”

五十階で扉が開く。

「音鳴様。お嬢様は少々気難しい方ですが、決して悪い方ではございません。どうかよろしくお願いいたします」

「ほーい」

扉が開くと、通路ではなく、いきなり広いリビングだった。

高級家具にシャンデリア。

掃除をしているメイドたち。

その中央に――腕を組んで仁王立ちしている人物がいた。

金髪をゆるく巻いて三つ編みにした女。

カジュアルな服なのに高級感がある。

一目で分かった。

お嬢様の登場だ。

台本を確認する。

“お嬢様登場”とある。間違いない。

ここで俺が先に挨拶するらしい。

なので口を開こうと――

「私の名前は白崎 美怜よ。美怜様と呼びなさい」

……言われた。

台本では俺が先に名乗るはずなのに。

この人はなぜ台本を無視するんだろう。

俺は自分のセリフが飛んだことにし、名乗らないことにした。

これで修正は不要。

沈黙が落ちる。

なぜかは分からない。

もしかして俺の番か。

台本を再確認する。

「……あんた、名乗りなさいよ」

お嬢様が怒ったように言う。

だが勝手に順番を変えたのは美怜だと思うので無視した。

「……あんた何なの。主人に対してその態度は。馬鹿なの?喋れないの?もういいわ」

顔を背けた。

なぜ俺は怒られているのか。

台本を守っているのは俺の方なのに。

「美怜様。彼は音鳴様です」

黒川が申し訳なさそうに言う。

黒川も勝手をした。

この家は台本が機能しないのか。

ため息をついた。

「ふーん。変な名前ね。だから名乗りたくなかったのね。まぁいいわ」

美怜は髪を払い言った。

「今から買い物に行くから、護衛しなさい」

「え?」

また台本にないことをしたかと思い確認する。

買い物は台本にあった。

安心。

そして俺にはここで言うべきセリフがある。

「買いものにいくのは……若いものですかな」

ボスが書いたギャグだ。

ここで一笑とることで関係値が上がり、シナリオがよりよく進むらしい。

シーン。

俺が言った瞬間、音が消えた。

空間ごと静かになった。

……笑わなかった。

まぁ仕方ない。

台本には“できれば笑いをとる”とあった。絶対ではない。

「……変なやつね。ほんとに強いのよね?

まあいいわ、ほら早く行くわよ」

「あ、はい」

エレベーターで降りる。

下で待ち合わせで良かったのではと思うが、台本通りなので仕方ない。

カードキーを何度も通す。

扉を開く時。

階数を押す時。

降りる階を決める時。

多くないか。

エレベーター内は静かだった。

一言も話さない。台本通りなので安心する。

一階で扉が開き、美怜が振り返った。

「ねぇ。さっきのあんたの言葉、何なの」

「……ギャグ」

「ふーん。つまんないわね」

つまんない?

ボスのギャグなのに。

美怜は前を向いて歩き出した。

このお嬢様は台本にない行動を繰り返す。

無理やりにでも台本通りに誘導しないといけない。

マンション出口に向かいながら、俺は台本を入念に確認する。

台本をつぶやきながら歩いて――

「痛っ」

ガラス扉にぶつかった。

これも台本にない。やらかしたらしい。

「あ?」

美怜がいない。

どこに行った。

外へ出て周辺を探すが見つからない。

出会って5分で、別れたらしい

台本を二度読む。

“買い物に出る”

としか書いていない。

まずい。

台本にないことが起きている。

これは非常事態だ。

俺は決心した。

ボスのところに戻ろう。

台本の修正が必要だ。

そう思った瞬間には、すでに走っていた。

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