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台本通りの暗殺者  作者: 多幸
2章 依頼編
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3話 廃歓楽街

夜なのに、昼のような明るさを保つ街があった。

ネオンが瞬き、音楽は絶え間なく流れ続ける。

看板には「クラブ」「バー」「ショー」の文字。

人を楽しませるはずの言葉が、どこか色褪せて並んでいた。

ここは歓楽街。

だが――正常な人間は、ほとんどいない。

路上に倒れ、動かない者。

壁にもたれ、吐き続ける者。

笑っているのに、目の焦点が合わない者。

それでも街は、“活気づいている”ように見える。

音楽は鳴り、ネオンは光り、人影は絶えない。

――だが、今は明らかに廃れていた。

閉店した店は増え、シャッターは下りたまま。

割れたガラス。剥がれた張り紙。

人はいる。

だが、“中身”が変わった。

家を失った者。

行き場を失った者。

そして――人とは思えない化け物。

歓楽街から人が消えたわけではない。

住み着く“質”が変わっただけ。

それだけで、街はここまで歪む。

その街に、一人の女がいた。

紫の長い髪を自然に下ろし、

紫がかったドレスの上にクリーム色のコート。

大きなサングラス。

広いつばの帽子。

足元には赤いハイヒール。

整った顔立ちは、傾国の美女を思わせる。

女の名は――色香。

結城小夜の依頼。

花守 景という男を探すため、この街に来ていた。

花守が経営していたバーが、この歓楽街にあるらしい。

店名は分からない。

だが、ここにあることだけは確かだった。

色香は静かに歩きながら、周囲を観察する。

道端で寝転ぶ者が異様に多い。

歓楽街とは思えない空気。

そのとき。

「えれぇべっぴんさんや。外から来たんか?」

声をかけてきたのは、バーの前にブルーシートを敷き、酒瓶を抱えたまま寝転んでいる天然パーマの男

三十代前半。まだ若い。

働けないようには見えない。

だが、この街では珍しくない。

色香は男の前に屈み込む。

胸元の開いたドレスから、白い肌がのぞく。

男の顔が一瞬で赤くなる。

「べっぴんさん? ふふ、ありがとう」

首を傾げ、柔らかく笑う。

「……どうして、ここに?」

「仕方ないねん。住むとこ、奪われたんや」

男は背後のバーを指差す。

「俺はここに住んでた

二階が俺の部屋のはずだった」

「……なら、どうして入らないの?」

男の喉がごくりと鳴る。

「入れへんねん。中に……変なのが住み着いとる。危険や。扉は開けたらいかんで」

色香はしばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと微笑む。

「私は入っても、いいかしら?」

妖艶な笑みに、男は赤くなり、頷くしかなかった。

カラン、カラン。

扉を開けた瞬間、鈴の音が鳴る。

中は暗い。

音もない。

ただ、鼻を突く腐臭だけが漂っていた。

「うわぁっ!」

パチン、と明かりがつく。

男はその場に座り込み、顔を覆う。

額には異常な汗。

「で、電気つけただけなんだけど」

「つ、つけるなら言ってほしい……」

「あら、普通ならそういう反応になるのね」

軽く肩をすくめる。

バーの中は荒れ放題だった。

棚は倒れ、酒瓶は割れ、テーブルはひっくり返っている。

まるで強盗が暴れた後のようだ。

カウンター背後の壁には、

Flower Garden

の文字。

「音せん……誰かいるやろ……やっぱり出ていったほうがいいんちゃん」

男の忠告を無視し、色香はゆっくりとカウンターへ近づく。

腐臭。

気配。

「……いるわね」

指先が木製カウンターに触れた、その瞬間。

「ぐわぁっ!」

カウンターを突き破り、男が飛び出す。

血管が浮き出た皮膚。

白目を剥いた瞳。

よだれを垂らし、脳が溶けたような顔。

常人ではない。

――ゾンビ。

そう思わせる存在だった。

それが色香に襲いかかる。

だが、抱きつく寸前。

色香はハイヒールのまま宙を舞い、軽やかに距離を取った。

「これが……ゾンビねぇ」

余裕の笑み。

ゾンビが粘ついた液体を吐き出す。

床に落ちた瞬間、ジュウ、と音を立て溶ける。

煙が上がる。

「酸性の毒かしら」

一瞥。

「……なんだっていいわ」

胸元から取り出されたのは、小さな扇。

ぱさり、と開く。

「な、何するんだ……そんなんで戦うんか……」

色香は微笑む。

「――見てなさい」

ゾンビが飛びかかる。

「舞え、華吹」

囁きのような声。

――轟音。

視界が白く弾ける。

男が恐る恐る目を開けると、

正面の壁は消えていた。

ゾンビも、跡形もない。

「……す、すげえなぁ……あんた、何もん……」

色香は扇を閉じ、胸元に戻す。

「私の力じゃないわ。これは扇の力。私の異能とは、別」

一瞬だけ男を見る。

くすり、と笑う。

「説明しても、意味ないわね」

踵を返し、外へ向かう。

だが、ふと立ち止まる。

「あなた、花守 景って知ってる?」

男は首を振る。

「……知らん」

「そう」

色香は淡々と外へ出る。

ネオンはまだ光っている。

色香は知らない。

この廃れた歓楽街に、

まだ“他にも”ゾンビがいることを。

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