13話 アーメン
雨が降り注ぐ
霧と雨粒が地面に混ざり、世界を薄くぼかしていた。
その中を一人の男が歩いている。
右腕の付け根から血を垂らしながら歩き続ける男。
千草 亜嵐。
右肩には刀が深々と刺さっている。
だがそれは敵の攻撃ではなかった——自分で刺した。
暗殺者の少年 音鳴との戦いで右腕を失い、
出血が止まらなかった。
亜嵐は自分の妖刀を右肩へ突き立て、止血代わりとしたのだ。
亜嵐は殺し屋だが、殺しが好きなわけではない。
金のためでもない。
欲しかったのは——情報。
亜嵐には兄がいた。
千草 亜水。
国の異能者として働いていた男だ。
亜嵐は兄を尊敬していた。
自分も異能を身につければ兄と同じく国で働けると信じていた。
しかしある日、亜水は告げた。
「炯眼という殺し屋を探す」
それを最後に消息を絶った。
国に問い合わせても、返答はなかった
国は兄を探してもいない、
兄も国からすればただの駒に過ぎなかった
そう考えたとき、国で働くと考えを捨てた
そして
亜嵐は兄を探すためだけに殺し屋になった。
炯眼という存在に近づくためだけに人を殺した
兄は望まないことかもしれない
だが未だ、炯眼には辿り着けていない。
そのうち噂を聞いた。
“茶風臨”という
劇団の裏にボスと呼ばれる男がいる
誰よりも情報を持つ男だと。
その男に会えば、炯眼について
知れる可能性があった
だから白崎美怜誘拐に協力した。
白崎商社のお嬢様の
護衛に茶風臨の暗殺者がつくと聞いたからだ。
“そいつを殺せば、ボスに会える”
そう踏んだ。
だが結果は惨敗。
しかも、勝てた戦いを敵に塩を送りつける
始末だった
だが、亜嵐に後悔はなかった
音鳴という暗殺者を心の底から
気に入っていたからだ
また会いたい、そう思っていた
亜嵐の体はすでに限界だった。
倉庫を出たあと歩き続けた。
自分がどこを目指しているのかも分からないまま。
そんな中——
雨の帳の向こうから、押し車の音がした。
車椅子。
そこに座るドレッドヘアーの男。
車椅子を押すのは黒髪ロングの
黒いドレスが似合う美少女。
車椅子を押しながら、男が濡れないように
少女は黒い傘をさしていた
亜嵐の視界はぼやけていた。
意識も揺れている。
何故こんなところに車椅子の男がいるのか。
そう思っていると、男が口を開いた。
「俺になんの用がある」
低い声だった。
威圧と余裕が混ざっていた。
表情は笑っているのに。
亜嵐は口を動かそうとしたが、思考が追いつかない。
「そうか、分からないか。ならこう言えば分かるだろう」
「俺が茶風臨のボスだ」
亜嵐の目が一瞬で見開いた。
虚ろだった視界が鮮明を取り戻す。
「お前が……ボス」
「あぁ。もう一度聞こう。俺になんの用がある」
亜嵐に問う
亜嵐は唇を噛み、自分の目的を口にする
「……炯眼について、教えてくれ」
「それは無理だ」
即答だった。
だがボスは続けた。
「だがもっといい情報をやろう——
千草 亜水についてだ」
亜嵐の血の気が一瞬で戻った。
「知っているのか。兄はどこにいる」
「もちろんだ。俺が知らないことはない」
「亜水は、、、お前の一番そばにいる」
「……どういう意味だ」
亜嵐がボスの言葉に悩む中
ボスは笑った。息が漏れた。
「悲劇か喜劇か。面白いなぁ
ずっと探し続けていた男は、お前が最も共にしていたというわけだ、ははははは」
(何を言っている)
「冗談を聞いている余裕はない。
本当のことを話せ」
亜嵐の顔は赤くなった
ボスという男が馬鹿にしていると思ったからだ
亜嵐が妖刀の柄へ触れた瞬間、
黒髪の少女が前に出て、亜嵐を威嚇した。
「ボス……私が守るのだ……!」
「薬喰。必要ない。なぜなら——もう彼は死人だ」
ボスは亜嵐を指さし、言った
沈黙の後
「……どういう意味だ」
その時、後方で水が跳ねる音がする。
振り返ると、そこには黒い帽子を深く被った男がいた。
英国紳士のようなシルエット。
雨のせいで顔は見えない。
だが刀を抜いたことだけは分かった。
「ああああ」
亜嵐も危険を察知し、妖刀を肩から抜いた。
肩の痛みで悲鳴を堪えながら。
妖刀《亜飲》血液操作ができる亜嵐の妖刀だ
妖刀《亜飲》を地面に突き立てると、黒い影のようなものが紳士に襲いかかる。
だが紳士の一閃で切り裂かれた。
さらに影を増やし、追い撃ちしたが
すべていとも容易く切り裂かれてる
亜嵐は舌打ちした。
刀を地面から抜き上げる
「吸え、亜飲」
亜嵐の怒鳴ったような声が雨のなか鳴り響く
吸った血で刀身が赤黒く肥大する。
《巨大化》した刃を叩きつけようとしたその時——
紳士はそこにいなかった。
背後から水音が聞こえた
そして、振り向うとしたとき視界が傾き始める。
首が落ちたことに気づいたのは、地面に触れる直前だった。
雨が血を薄める中、ボスが呟いた。
「雨がお前の罪を洗い流してくれるだろう。
アーメン」
どぷ、という首が落ちた音が聞こえた
首が跳ね、赤が地面に咲いた。
ボスが静かに言う。
「さすがは名無。やはり最強の殺し屋は伊達ではないな」
紳士の男、名無は返事をしなかった。
ただ落ちていく血の模様を無言で眺めていた。
千草の人生はここで無慈悲に終わりを告げた




