12話 閉幕
倉庫の中で血と音が跳ねる。
美怜は椅子に縛られたまま、その光景を見ていた。
縄で拘束された最悪の席。
死と暴力が横行する殺戮ショー。。
本来なら吐き気しかしない舞台のはずだった。
だが、千草亜嵐と音鳴の戦いから、美怜は目を離せなかった。
二人の動きは目では追えない。
だが、音と血の匂いで分かる。
——本当に殺し合っている。
——そしてどちらも死にかけている。
決着がついたとき、血まみれの暗殺者二人は笑っていた。
「気持ち悪い」
美怜はそう思った。
だが同時に、胸の奥で別の感情も芽生える。
——羨ましい。
認めたくはなかった。
だが、自分はその戦いに見入っていたのだ。
***
音鳴は「追加シナリオが終われば縄を解く」と言っていた。
その“終わり”とは何なのか。
美怜はぼんやり考えている。
千草は許せない。
誘拐され、拘束され、死の瀬戸際に置かれたのだから。
だが戦いを見れば分かった。
——優しい人間だ、と。
だからこそ聞きたいことがあった。
「ねぇ!」
美怜は離れた位置から声を張った。
「あなた、勝つ気あったの?」
壁際で無様に倒れる音鳴が自分を指差した。
「違うわよ。あんたよ。私をさらった方」
千草亜嵐はゆっくりと妖刀を拾い上げる。
「吸え、《亜飲》」
周囲に広がっていた血が刀へ吸われ、赤黒く光る。
刀を杖代わりに突き立て、千草は立ち上がった。
「どうだろうね。勝ちたかったけど」
「……あなた勝てたわよ」
「あはは……嬉しいな、その感想」
千草は照れたように笑う。
「なら僕の敗因は——彼を気に入ってしまったことかな」
「……それでいいの?」
「あぁ。いいんだ。僕は殺しは好きじゃないから」
声も表情も優しかった。
暗殺者には似つかわしくないほどに。
美怜は息を飲んだ。
「あんた……暗殺者向いてないわ」
「僕もそう思うよ」
千草は羽織っていた薄いジャケットを美怜に掛ける。
「女の子がそんな格好で帰れないでしょ」
「いらない——」
強がろうとした瞬間、
「ごめんね」
それだけ言って、千草は倉庫の入り口へ歩き出す。
後悔と寂しさが混ざった横顔。
美怜は何も言えなかった。
倒れている音鳴の傍を通ると、音鳴が声をかける。
「ボスのことはいいの?」
「あぁ、そうだね。君を殺してボスと会うつもりだったけど……
君を見てると、意外と分かり合える気がしたよ」
「そうなんだ……俺を殺そうとしてたのか」
「君は僕を殺さなくていいのかい?」
「亜嵐を殺すのは台本にないから。いいんじゃない」
千草は満面の笑みを返した。
「そうか。また会おう」
そう言い残し、雨の中へ消えた。
***
短い静寂。
音鳴はふらつきながら美怜の前まで歩いた。
「やっとね。もう待てないわよ」
「早く……」
美怜の言葉が途中で止まる。
音鳴が胸元へ倒れ込んだからだ。
美怜の顔が一瞬で赤くなる。
叩こうとしたが止まった。
傷。血。皮膚のえぐれ。
立っているだけで限界なのが分かった。
子供みたいな表情が見えた瞬間
(あんたも暗殺者向いてないわ)
そう思うと、美怜は小さく笑ってしまった。
「……あ、笑った?」
音鳴が顔を上げる。
「笑ってないわよ」
「じゃあ縄切れないな。どうしようか」
煽られているのか分からずイラつく。
だが帰りたい気持ちが勝った。
「……笑ったわよ。それでいいでしょ!」
音鳴は冊子を開く。
「もうそれいいわよ」
「これだけは読まないと」
パラ、と紙をめくる。
「観客の皆さん、どうだったでしょうか。
お嬢様は笑い、悲劇は喜劇に変わりました。
盛大な拍手をお願いします」
シン……と静まり返る倉庫。
美怜は無表情で言った。
「棒読みね」
カチン、と縄が切られる。
美怜は立ち上がり、背筋を伸ばす。
「本当長かったわ」
「俺も今回はしんどかったよ」
美怜は音鳴を見つめる。
「ねぇあなた、私の護衛者よね?」
「あ、そうだった気がする」
「じゃあ最初の命令。いい?」
「いいけど、でも護衛者って何するの?」
「私の言うことを聞くのよ」
「そうなんだ。で?」
ゴッ。
「がはっ!!」
一発殴らせてと言葉と同時にみぞおちに一撃。
美怜は満足げに息を吐いた。
「スッキリしたわ。ほら帰るわよ」
出口へ歩く。
音鳴は腹を押さえながら言った。
「護衛者も結構大変だなぁ……」
そこで美怜が振り返る。
「私のことは美怜と呼びなさい」
「お嬢様じゃダメなの?」
「ダメよ」
「なんで……?」
「……めんどくさいわね。殴るわよ」
「分かった……美怜」
「それでいいのよ」
事件と血と死で汚れた倉庫を背にして、
帰り際の美怜は満面の笑みだった。
台本、お嬢様の笑顔は無事閉幕した。




