11話 決着
高速で動き回る音鳴と亜嵐の足音が、倉庫全体を揺らす。
地鳴りのような低音と、巨大な物体を叩きつけるような衝撃音が混ざり合い、耳を刺した。
音鳴は変わらず高速移動しながら隙を狙う。
亜嵐も音鳴を追いきれはしないが、受け身だけは完璧に整えていた。
そして先ほどまでとは違う音が混ざる。
バキン、バキンッ!
刃がぶつかる音とは違う。
砕ける音だ。
音鳴の振動をまとった刃が、血液で強化された亜嵐の刃を細かく砕き、破片が飛び散る。
だが亜嵐の妖刀《亜飲》は簡単には死なない。
キューン……
脈打つような艶のある音を立て、砕けた部分が血を吸うように再生していく。
再生は早く、形は美しく、何事もなかったかのように刀が戻る。
それでも音鳴の振動刃は亜嵐の防御を侵食し始めていた。
亜嵐の身体にも細かい傷が走る。
だが時間は明らかに音鳴の不利だった。
呼吸は荒く、血は止まらず、膝は震え、足跡には赤い点々が続いている。
限界はどちらかというより、音鳴の方に早く訪れる。
「その刀、やばいね」
音鳴は息を切らしながらも、いつもの軽い調子で言った。
「君の刀もね。僕も守りばかりで限界だ。妖刀も可哀想だ……そろそろ決着をつけないといけないね」
亜嵐は笑いながらそう言い、妖刀を構える。
赤黒い光が脈打つように刀身を這い、一瞬だけ肥大化――
しかし次には普通の刀の形に収束した。
「これが僕の今出せる最高だ」
見た目はただの刃。
だが明らかに殺意と圧だけは別格だった。
音鳴は直感で悟る。
(やばい……さっきまでと違う)
だが――その顔には笑みがあった。
「楽しいかい?」
「え?」
「君、笑ってるよ」
「あ、本当だ……なんでだろ」
音鳴は“楽しい”という感情を知らない。
台本通りに動けばいい人生だった。
台本にない場面は存在しなかった。
だが今、自分は追加シナリオの真ん中にいる。
「君は兄に似てる。どんな時でも無邪気でね。だから僕は君を気に入ったのかもしれない」
「そっか……兄は強かったの?」
「あぁ。君と同じくらい強かった。だからこそ、君は負けられないな」
音鳴は兄など知らない。
だが温度だけは嘘ではなかった。
亜嵐が続きを問う。
「君は誰かを信じてるかい?」
「……ボス。俺の人生を描いてくれる人」
「そうか……信じることは良い。でも信じすぎることは良くない。一番信じるべきなのは他人じゃない。自分だよ」
その言葉の意味はまだ分からなかった。
だが耳触りは妙に心地よかった。
だから音鳴は素直に言った。
「うん……亜嵐に会えてよかった」
「ふふ……僕もだ。だから君の考える“最高の音”を僕に聞かせてくれ」
音鳴は刀を見る。
刃先が震えた。
心臓も震えた。
理由は分からない。
でも嫌ではなかった。
ギュン……ギュン……ギュン……
甲高い音が刃全体を揺らし、倉庫の壁や床を震わせる。
振動は刃に乗り、刃は振動そのものとなる。
亜嵐は満足げに目を細めた。
「あぁ……君の音は心地いい。奏でよう、僕らの最期の舞台を」
「……行くよ」
音鳴の姿が消えた。
ジャキッ――!
亜嵐も音鳴の通り道を読むように、誰もいない空間へ刃を振り下ろす。
圧で斬撃が生まれ、コンクリートが深く穿たれる。
だが――
刃が砕け、血飛沫が舞った。
倒れていたのは亜嵐だった。
右腕ごと妖刀が断たれている。
ドン、と身体が崩れる音。
少し遅れて音鳴が壁に突っ込み、その場に倒れた。
二人とも息を整え、血を流しながら笑った。
「……君は強いね。僕じゃ敵わなかったよ」
――殺し合ったはずの二人は、理由もなく微笑みあっていた。




