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プロローグ

今日も俺は町中を走っていた。

誰を追いかけているのかって?

聞かれても分からねぇ。

とりあえず前を走ってる“いかつい男”だ。

刺青と金のネックレスを揺らしながら必死に逃げている、その人。

なぜ追うのかって?

それは――ボスに命令されたからだ。

ボスは誰かって?

ボスだ。俺に“生き方”を教えてくれる人。

本名なんて知らねぇ。

そもそも自分の本名もよく分からねぇし。

思い出そうとしても頭の中は空っぽだ。

でも一つだけ分かっている。

今日の台本はいかつい男を殺して閉幕する。

そんなことを考えているうちに、いかつい男は人通りの少ない路地裏へ逃げ込んだ。

細くて暗くて、行き止まりになっている、よくある“そういう場所”。

俺は角を飛び越えて路地に入る。

いかつい男は壁にぶつかって止まった。

――台本通り。

ボスの考える台本は、いつもその通りになる。

俺はただ、それ通りに実行するだけ。

簡単な仕事だ。

「……な、なんだよ、てめぇ……!」

壁に背中を押しつけながら、汗だくの顔で俺を睨む男。

額から落ちた汗がアスファルトに落ちる音がした。

俺は立ち止まり、首を少し傾ける。

「こっから、どうするんだっけ」

「は? なに言ってんだ、お前……何してるんだ……!」

焦りで声が裏返っていた。

何をしてるって決まってる。

「台本、確認中だ」

大事な作業だ。

シナリオは決まっていて、台本通りにやらないといけない。

俺は肩から下げたバッグを開け、中から薄い冊子を取り出した。

表紙には大きくこう書いてある。

《うろたえる殺人鬼》

ページをぱらりとめくる。

路地の構造、時間帯、逃走ルート。

立ち位置、俺のセリフ、相手の反応予想。

だいたい全部書いてある。

「えーと……路地裏に追い込んだ、の次は……」

黒字のシナリオの中に赤字の書き込み。

『ここで一回笑わせろ』

「ああ、そうか。一回笑わせるか」

俺は小さく声に出して頷き、冊子を閉じる。

バッグに戻した瞬間――

「動くんじゃねえ!」

怒鳴り声。

顔を上げると、いかつい男が拳銃を構えていた。

黒光りする銃口。汗で滑りそうな手を必死に固めている。

俺はまた台本を取り出して細かく確認する。

「……そんなの、台本にねぇんだけど」

俺が呟いたときには、もう引き金は引かれていた。

パン、パン、と破裂音。

銃弾が一直線に俺の胸を狙って――こない。

視界の端で、弾丸がふらりと曲がった。

壁にぶつかる寸前で、今度は逆方向へ跳ね返る。

ジグザグに、予測できない軌道を描いて俺の顔面へ飛んでくる。

「……異能かぁ」

俺は体をずらして一撃目を避け、バッグから短剣を取り出した。

ただの短剣に見える刃で、飛んできた二撃目の弾丸をなぞる。

金属と金属が擦れる音。

弾丸は二つに割れて通り過ぎた。

「ひっ……!」

いかつい男の顔色が変わる。

額の汗がさっきより速い。

「そんなの……台本にねぇ。ちゃんと台本通りやらないと怒られるだろ」

「……誰に……」

「ボスだよ」

「……ボスって誰だ……」

沈黙。

この人、ボスを知らねぇのか。

なんでボスを知らないんだ。

教えてあげないと。常識だからな。

「……ボスは……」

ボスって何者なんだっけ。

「喜劇王なのか?」

「知るかぁ!」

そう叫んだあと、また弾丸が飛んできた。

異能によって弾丸は不規則に曲がりながら空中を走る。

異能。

人が説明できない、“解明されていない力”。

ごく少数の人間だけが持っている。

ボスが説明してくれた。

実は俺も持っている。

でもよくわかってない力。

パン、パン、パンッ!

連射音。

壁、地面、ゴミ箱、配管。

弾丸がばらばらなところにぶつかり、跳ね、曲がり、また飛んでくる。

銃弾はビルとビルの隙間を光の筋のように走る。

俺は壁を蹴って上に逃げ、窓枠に足をかけ、反対側の壁に飛び移る。

それを何度も繰り返して避ける。

困った。

笑わせないと台本通り殺せない。

「あ、俺も異能使うか」

俺は指先をこすり合わせる。

乾いた空気の中で、ぱちん、と音が鳴った。

俺には音を操る異能がある。

聞いた音を覚えて、好きなときに再生できる。

ボスの声も。

ボスのギャグも。

ボスは俺の異能を“面白い”と言った。

「――布団が、吹っ飛んだ」

空気が震えた。

声は俺の喉からじゃなく、路地裏全体から響いた。

続けて音を発生させる。

「カレーが辛ぇ。……辛ぇだけに、カレー」

「客が来なくて、困客だ」

ボスが面白いと言っていたギャグ。

俺にはまだ分からねぇけど、面白いはずだ。

声は壁から、頭上から、足元から、バラバラに響く。

狭い路地裏はボスのギャグで満たされた。

男は顔をしかめる。

「なんだこれ……?どこから声が……『布団が吹っ飛んだ』……?は?意味わかんねぇ……」

おかしい。慌てるだけで笑わない。

「面白くねぇのか?」

俺は首をかしげる。

「ふざけてんじゃねぇ!!」

男が怒鳴り、また弾丸を撒く。

銃弾がビルの隙間を飛び回る。

――暗殺って、難しい。

「おいおい、逃げ回るだけかぁ!ネズミみたいだなぁ、お前よ、ははは!」

男が叫んだ瞬間、少しだけ笑った。

理由は分からない。

ただ一つだけ分かる。

「……笑ったなぁ」

笑ったなら――

「よかった。台本通りだ」

俺は壁を蹴り、地面すれすれまで滑り降りる。

転がった空き缶を踏み台にして男の懐に滑り込んだ。

「俺の弾速制御で、お前は――」

男の言葉は途中で止まる。

身体が膝から崩れて、首だけが遅れて転がる。

目は見開かれ、口元は笑っていた。

「……閉幕だぁ」

俺は台本を取り出して確認する。

声に出して読む。

「悲劇を喜劇に――華麗なる暗殺ショーをご賞味あれ。

今宵もあなたを笑わせます。あなたが、死ぬ寸前まで」

読み終えて、首と台本の順番を見比べる。

「……あ。やべ、殺す前に言うやつだった」

ページの端に小さく書いてある。

『※“殺す前”に』

「台本通りにいかなかったなぁ」

俺は冊子を閉じ、バッグにしまう。

死体を見下ろしたあと、路地裏を抜けて大通りに出た。

「……怒られるかなぁ。暗殺って、難しいなぁ」

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