9 襲撃
──ダリオンは生きていた。
警備隊に知らせて駆けつけたら、瀕死の状態で転がっていて。あと少し遅れていたら助からなかったそうだ。
「……あいつ、タマタマをつぶされてたんだぜ……うぇぇえ」
ルッツが、吐きそうって顔で私に言った。
「誰だか知らないけど、私に代わってお仕置きしてくれたのね」
「だな。手間が省けたじゃん」
「で、犯人は?」
「倉庫の連中、全員自決。あとは警備隊がやるだろ」
ルッツはそう言うと、片手をひょいと上げて行ってしまった。
……ダリオンはもう犬には変身できない。子どもだって望めない。
「私を騙した罰よ。生き延びただけでも、神様に感謝すべきだわ」
それから、ファルに会いに行った。
後ろからは庭の警護係が、ちゃんと私を見張っている。
「ファル! ファル!」
いくら呼んでも返事はなかった。獣舎の中なのか、怪我が治っていないのかもしれない。
夜は会えない。危ないから、部屋から出してもらえないのだ。
「あとでルッツに様子を聞こう……心配」
ここに戻ってきてからというもの、私はとにかくファルに会いたくて仕方ない。
「まさか、私……ファルの《番》? あはは、そんなわけない。だってファルは、ただの黒豹なのに」
「お嬢様、もう屋敷に戻ってください」
警護の人に促されて、仕方なく踵を返す。
──早く、母の代わりだった叔母さんに会いたい。
「ファルとお別れするのは、寂しいけどね」
そんなことを考えながら、私はいつもの夜を迎えた。
──真夜中。
大きな破裂音が響いて、私は飛び起きた。
「襲撃だ!」
叫ぶ声が廊下からする。
ガウンを羽織ってドアを開けると、白い煙がもくもくと漂ってきて、その向こうから影が走ってくる。
「アリー!」
「ルッツ!」
「火を付けられた! 俺から離れるな」
手を強く引かれて、裏出口から庭へ走った。
「黒豹の獣舎に隠れろ!」
檻の裏に回って獣舎に入ると、強烈な獣の匂いが鼻をついた。
「ここで待て。我慢しろ。すぐに片付ける」
「大丈夫なの? ファルは?」
「黒豹たちはどうなったか分からない。だから、見て来る!」
暗い獣舎の中で、ルッツの表情は見えなかった。
けれど、その声だけで胸が痛くなる。
「そんな……ルッツ、気を付けて」
「おぅ」
短く答えて、彼は外に飛び出していった。
──ファルは生きてる。
どうしてか分からないけど、そう感じていた。離れていても繋がっている糸が、まだ切れていない。
「ファル……お父様……みんな、無事でいて」
獣舎の小窓から見えるのは、燃えさかる炎。燃えているのはギルド本部の方角だ。
耳を澄ますと、人の声が近づいてきた。
「いたか?」
「いや、見つからねえ」
襲撃者たちだ。父を探してるのかと思ったら──
「絶対殺せって命令だ。女を逃がすな」
……女? 私のこと?
「本当に、私……危険だったんだ……」
父にどれだけ注意されても甘く考えていた。いずれ叔母のもとに帰れるって。
「私が、父の娘だから? そんな理由で?」
足音が裏口に迫る。
「鍵かかってるぞ。壊すか?」
ガンガンと鉄を叩く音が響いて、体がすくんだ。
でも、視界の端にピッチフォークが見えて、思わずそれを掴んで構えた。
キーッと扉が開いた瞬間、男の叫び声が響いた。
「うわぁああ!」
しばらく争う音が続く。ルッツが戻って来てくれたの?
「死ね!」
襲撃者の声に、私の心臓が跳ねた。気づけば、もう獣舎から飛び出していた。
「こっちよ!!」
闇の中で、私は声を張り上げた。
すぐに襲撃者の足音がこっちへ向かってくる。
「手間取らせやがって!」
足が震えてる。それでも私はピッチフォークを振り上げた。
「来ないで! 来ないでよ!」
「へっ、嬢ちゃんに何ができる」
大きな男がにやりと笑って飛びかかってきた、その瞬間──
「うわあっ!」
黒い影が男を押し倒した。
「ファル!」
黒豹が喉笛を噛み砕いていた。その体は傷だらけで、息も荒い。
「なんだ? 黒豹は全滅したはずだ……!」
別の方向から、もう一人の男が怯えた声を上げる。
そいつがナイフを構え、黒豹に飛びかかろうとしたとき、
私は無我夢中でピッチフォークを突き出した。
「ぐはっ!」
膝をついた男に、黒豹がとどめを刺す。
──そして黒豹も倒れた。
「ファル!」
私はその大きな体を抱きしめた。
けれど──ファルの体がぐにゃりと歪み、血まみれの人間の姿に変わっていった。
まだ赤い瞳が光っていて、牙が覗いている。
「っ……ルッツ?」
「声出すな……敵がまだいるかもしれねえ」
頭が混乱していた。
ファルが……ルッツだったなんて。
「ああ……バレちまった」
無理に笑ったルッツの唇から、血がこぼれた。
「ルッツ!」
そのまま彼は、私の腕の中に崩れ落ちた。
*
「アリー! ここか!」
「お父様! ルッツが、ルッツが死んじゃう!」
「貸せ!」
父はルッツに上着を掛けると、肩に担ぎ上げて歩き出した。
私は慌てて後を追う。
屋敷のエントランスには、アランや部下たちが大勢集まっていた。
「お嬢様、ご無事でなによりです」
「ルッツが守ってくれたの! 早く手当てを!」
「獣人はそう簡単には死にませんよ。丈夫ですから」
「……よかった。アラン、ルッツがファルだったなんて、なんで教えてくれなかったの?」
「仕方ありません。ボスの命令でしたので」
「そう……」
私は膝をついて、治療を受けるルッツの手を強く握った。
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