7 父との対話
──明日、おばさんの街に戻ろう。
そう決めて、私は父の部屋を訪れた。ドアを開けると、中には数人の部下とアランがいて、空気はぴんと張りつめていた。
父が面倒臭そうに顔を上げる。
「なんだ?」
「……明日、レッドリバーに帰ります」
そう伝えると、父は短く「少し待て」とだけ言って、視線をアランに向けた。
「はぁ……実は最近、不審な侵入者が多いのです」
アランが、深いため息を交えながら説明する。
「連中、捕まるくらいなら自決してしまうので、犯行の供述を得られない」
「同業者ってこと?」
私は首を傾げて口を挟んだ。
その瞬間、アランは珍しく声を荒げた。
「馬鹿な! あんな外道どもと一緒にしないでください。うちは道理に合わない仕事は受けない」
「……お前を呼び戻したのも、危険が及ぶといけないからだ」
父が低い声で言う。
「決着がつくまで外出は禁止だ。わかったな?」
「あ……はい。しばらくお世話になります」
私は小さく頭を下げた。
ダリオンのことなんて、誰も聞きもしない。
まぁ、聞かれたって惨めになるだけで、答えようもないけれど。
「そうだ、お父様。買い物させてくれてありがとう」
お礼を言ってみたら、父は怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだ? ツケで買ったのか? アラン、あとで払ってこい」
「かしこまりました」
「え? もうルッツが払ったけど?」
父の声が急に鋭くなる。
「あの小僧……」
……え? ルッツ、なんかやらかした?
「お嬢様。どうやら、ルッツからのプレゼントのようですよ」
アランが意味ありげに笑った。
「……え、ルッツの?」
「今後は必要な物があれば使用人に頼め。いいか、絶対に外へ出るな」
部屋から追い出されて、ひとりつぶやく。
「……ルッツ、私に同情して慰めてくれたんだ。素直に言えばいいのに」
そういえば、ダリオンと会った時も、彼は私を庇って怒ってくれた。
あの時は頭の中がぐちゃぐちゃで、自分のことばっかりだったけど。
「ルッツの憎らしい顔を見ちゃうと、どうしても素直になれないんだよね」
喧嘩ばっかりしてた子どもの頃とは違う。
もう私たち、大人なんだ。それなりにちゃんと向き合わなきゃ。
私はお礼を言おうと思って、屋敷の中を探し回った。
でも、使用人に聞いても誰もルッツを見ていないという。
「隣のギルド本部にいるんじゃないですか? 夜なら恋人とデートとか」
──そういえば……彼女がいるって言ってたっけ。
胸の奥がちくりとした。
「……お礼は、明日でいいか」
*
翌朝、ファルに会いたくて庭に出た。
すると、檻の中にルッツがいて、黒豹たちに餌をやっていた。
「ルッツ!」
「おぅ」
鉄格子ごしに顔を上げた彼は、いつもどおりの軽い声。
「そんな中に入って、危なくないの?」
「慣れてるから平気だよ。ファルなら怪我してるから獣舎で寝てる」
「……そうなんだ。早く治るといいけど」
そう言ったけど、ルッツは答えなかった。
「ねぇ、昨日の買い物。……ルッツがしてくれたの?」
「あー、あとでボスに請求するつもりだったんだ。勘違いすんなよ」
「しないよ。でも……ありがと。嬉しかった」
「ふん。それよりさ、おまえ、庭に一人で出るなよ。危ねぇから」
「なんで私まで危険なの?」
「人質にでもなったら困るだろ。昨日だって護衛もつけずに勝手に外出て……俺が迷惑したんだぞ」
いつもなら「そんなの頼んでないわよ!」って言い返してたと思う。
「迷惑かけて、ごめん。それと……ありがとう」
そう言っただけで、屋敷に戻ろうとしたら――。
「えぇっ!? おまえ熱でもあんのか!?」
背中にルッツの驚いた声が飛んできて、笑いそうになった。
*
そのあと、私は今の状況をメリサ叔母さんに手紙で知らせた。
きっと、叔母さんは驚くだろうな。
……ダリオンの家族も、本当は知ってた。
だから、嫁と認めてくれなかったんだ。
祖母が亡くなった時点で、お世話係の私はもう必要なかった。
だから「出て行け」って思われてたんだ。
それでも私は――馬鹿みたいに、四年も我慢しちゃった。
ほんとに、私って何やってたんだろう。
ダリオンが大好きだった。
ぜんぶ嘘だったらいいのになんて、まだちょっぴり思える。
そんな自分が、情けなくて悲しい。
ううん、もういい。私は何者でもないんだ。
「自由になったのよ。また新しい恋だって……見つけるわ」
読んで頂いて有難うございました。




