5 対決1
報告書では、ダリオンが婿入りしたのは一年前だと。
「……戦争に行くって、言ってたのに」
ダリオンはキスリー侯爵家の孫と認定された。
家督はすでに、次男「モートン」が継いでいる。
だが、侯爵家は行方不明になっている長男「ミハイル」を探していた。
そして、半年前に見つけたのが、長男の息子──ダリオン。
長男は平民の獣人「ケイト」と駆け落ち。ケイトは黒犬族だったらしい。
「義母はナンシーって名前だ、ダリオンの実母じゃなかったんだ」
さらに報告書にはこうあった。
ダリオンは侯爵家の刻印が入った指輪を持っていたと。
「……指輪なんて、見たことなかったけど」
長男の生死は不明。だが孫としてダリオンは迎えられ、現在は、ドイル商店の娘ポーラの夫。
──以上。
「何よ、これ……」
報告書には私の名前なんて一言も書かれていない。初めから存在しなかったみたいに。
私はドイル商店の店先に立った。
窓越しに中を覗けば、並んでいるのは高級品ばかり。客も貴族ばかりに見える。
中へ入ろうとした瞬間、後ろから襟首をつかまれた。
「待てって! ダリオンは今、ここにいねぇよ」
振り返ればルッツだった。
「彼の予定はランチの後、奥方とオペラ鑑賞だ」
「……ダリオンはそんな贅沢をしてるの?」
「店にはほとんど顔出さねぇ。商会ギルドの方で働いてる。屋敷は高級住宅街だ。会いたいなら、そっちだな」
「……高級住宅に住んでるの?」
「ああ、相当いい暮らししてる」
その瞬間、昔のダリオンの言葉が浮かんだ。
──『王都に家を買って、家族を呼ぶから。それまで我慢してほしい。贅沢なんてできないけど……アリー、わかってくれるよな?』
「……ルッツ。あんた、嘘ついてないよね?」
「情報ギルドに嘘はねえ。お前は騙されたんだ」
「そんな……本当に……?」
目が熱くなった。四年間、私は生活費すら最低限で、必死に耐えてきたのに。
「な、泣くなよ。お前らしくねぇ」
ルッツは私の腕をつかんで、強引に店へ引っ張っていく。
「ほら。何でも好きなもん買え。──ボスからの伝言だ」
「……お父様が?」
「そうだ。おまえロクな着替えも持ってないだろ? 早く選べ」
思い出す。家出する前は、それなりに贅沢もしてた。
でも、叔母の宿で質素な暮らしをして、ダリオンと結婚してからはもっと質素……貧乏に。
「じゃあ……このワンピースがいい」
「いっぱい買っておけ。ボスの金だし、遠慮すんな」
着替えと、古い靴も買い換えた。必要な物を次々に買った。
「もういいのか?」
「うん、十分。……お父様、少しは私のこと気にかけてたんだね」
「当たり前だ。お前、大事に思われてるんだぞ」
ルッツが支払いをして、私は大きな紙袋を抱えた。
ちょっぴり嬉しい気持ちになって、店を出たその時──
「あっ!」と、聞き慣れた声。
私も思わず叫ぶ「ぁあああ!」
「アリー! どうしてここに?」
「そっちこそ……なんでここにいるのよ!」
そこには、高級なスーツを着たダリオン。そして彼の隣には、美しい女性が立っていた。
「アリー……違うんだ、これは……」
ダリオンが慌てて手を伸ばしてきた。けれど私は一歩後ろに下がる。
「違う?! 何が違うのよ!」
声が大きく響いて、通りの人たちが足を止める。
けど、そんなのどうでもいい。胸の奥でぐつぐつ煮えたぎるものを止められなかった。
「戦争に行くって言ったよね? 私に“待っててくれ”って言ったよね? その間、私、どんな思いで──」
「アリー、落ち着けよ。事情があったんだ」
ダリオンは小声で、でも必死に言葉をつなごうとする。
「事情?! 聞かせてよ、私が納得できる事情を!」
ダリオンは視線を泳がせた。
「……侯爵家が俺を認めたんだ。放っておけるわけないだろ? 血を引く者として、責任を──」
「責任?!」
喉が焼けるみたいに熱くなる。
「私を捨てることが“責任”なの? 最低の生活費しか渡されなくて、毎日毎日働いて……何があんたの責任よ!」
横に立つ女性が睨むように私を見つめている。
その姿に、余計に腹が立った。
「私、あんたの“妻”でしょ! 全部、嘘だったの?」
「アリー、声を落とせ……!」
ダリオンが小さく言った、その瞬間だった。
彼の隣に立っていた女性が、一歩前に出た。
宝石のちりばめられた首飾りが、陽に反射してやけに眩しい。
「あなた、なんなの? 私が妻──ダリオンの番よ」
“番”──私が一番恐れていた言葉。
「……っ」
声が出なかった。
「そう、俺は番に出会ったんだ。それに、これは家の問題で、侯爵家の血を継ぐ俺には──」
「へへっ……」
ルッツが横から鼻で笑った。
「家だの責任だの……きれいごと言ってんじゃねぇよ」
「何だ貴様は? 引っ込んでいろ」
ダリオンはそう言って、すぐに私に向き直る。
「アリー……お前、それ、俺の金を使っているのか?」
「え?」
思わず荷物を見下ろした。
着替えや靴。両手に抱えたそれらが急に重く感じられる。
「俺の金で買ったのか?……無駄遣いして、恥ずかしくないのか?」
「……これは……」
ルッツが私の肩をポンと叩いた。
「ちげーよ、全部ボスが買わせたもんだ。……なあアリー、気にすんな」
けど私は胸が詰まって、手がブルブル震えた。
ダリオンの「番」という女性。
そして、こんな時でさえ、私に贅沢するなと言うダリオン。
その全部が、怒りの頂点に──私を立たせた。
「この結婚詐欺師め! 訴えてやるから!」
──絶対に許さない! そう強く思った。
読んで頂いて有難うございました。




