4 父からの報告 キスリー侯爵家&ドイル商店
数年ぶりに父に会った。
藍色の髪に渋い顔立ち。相変わらず格好いいけど、私を見る目は冷たい。
その後ろには、執事のアランが気配を消すように立っていた。彼は凄腕の暗殺者でもある。
「お久しぶりです、お父様」
「ああ、七年ぶりか。で、用は何だ?」
声に意地悪な響きがあった。
「結婚したんです。けど、夫が行方不明で……探してほしいの」
「夫? 勝手に結婚したのか? お前は俺の娘だぞ」
そのとき、アランが口をはさんだ。
「ボス、冗談はもういいでしょう。さっさと終わらせましょう」
「冗談じゃないわ! 私は本気なのに!」
父は目を細め、「冗談だろう。アリー、お前は未婚だ」と言った。
「未婚? 結婚したわよ、四年前に! 嘘言わないでよ」
「証明書はあるのか? 何度調べても、お前は未婚のままだ」
「え……証明書なんて、見たことないけど……」
私と父が睨み合っている、アランがため息をつく。
「はぁ、つまり……お嬢様は結婚詐欺に遭った。そういうことです。相手を始末しますか?」
「ま、待って! 待って! ……結婚詐欺? ダリオンが……?」
父は机の引き出しから書類を出し、私の前に投げた。
「読め」
そこには、ダリオンが結婚詐欺をしていたという報告が書かれていた。
「キスリー侯爵令息になって……商会ギルド会長の娘ポーラと結婚……? これ、なに……」
「愚か者め。お前は四年も騙されて、ただ働きさせられていたのだ」
膝から力が抜け、私は床にぺたりと座り込んだ。
「殺しますか?」
アランがナイフを磨いている。
「待って! ダリオンから直接聞きたい! 本当に……何があったのか知りたいの!」
「何があったも何も、詐欺だ。お前は馬鹿か」
「信じない! ダリオンから聞くまでは絶対に信じないわぁああ!」
私は天井に向かって大声で叫んだ。
「……うるさい」
その一言で、父は私を書斎から追い出した。
報告書を握りしめて、私はエントランスに向かう。ダリオンに会わなきゃ。
アランが背後から追いかけてきた。
「お嬢様。ダリオンは今や侯爵令息です。表立って争うのはおやめください」
そう告げると、さっさと背を向ける。
「ダリオンと揉め事を起こすなって? そんなの無理に決まってるでしょう! 私は妻なのよ! 夫を奪われて黙っていられるわけないじゃない!」
大好きなダリオン。信じたい。信じなきゃ。……きっと、何か理由があるはず。。
玄関先では、ルッツが壁にもたれて立っていた。
「よぉ」
「何してるのよ! 昨夜、黒豹に襲われそうになったんだから!」
「知るかよ」
ルッツは肩をすくめる。
「愛しい彼女が待ってたんだ。ファルがついてりゃ大丈夫に決まってる」
「ファル……」
「さっき餌をやってきた。おまえのこと、待ってたぜ」
その一言で胸が熱くなる。無性にファルに会いたくなって、私は駆け出していた。
庭の隅。黒豹たちは広々とした檻に入れられている。
「ファル! ファル!」
何度も名前を呼ぶと、奥の獣舎からのっそり姿を見せ、私に駆け寄ってきた。
鉄格子越しに手を差し出すと、ファルは頭をすり寄せて甘えてくる。
あの日を思い出す。
子どもの頃、玄関のわきで傷だらけで倒れていた小さな子豹。
先輩の黒豹たちにいじめられたのだろう。必死に手当てしたら懐いて私の親友になった。
「聞いてよ、ファル。私……もうどうしていいか、分かんないの」
ファルは首をかしげて、悲しい目をした。
「ファルが人間だったらよかったのに」
本当にそう思う。話を聞いて、きっと慰めてくれただろう。
この家には優しい人なんていない。父を筆頭に、誰も優しくない。
父は娘の私でさえ商売道具にしか見ていない。
いつか私に婿を取らせて、この王都の闇……正確には情報ギルドを継がせるつもりだった。
だから私は逃げた。
跡継ぎなんてまっぴら。普通の家庭を持ちたかった。幸せになりたかった。
……なのに、どうしてこんなことになってるんだろう。
「ダリオンに確かめなきゃ。ファル、夜にまた会おうね」
門番に引き止められたが、振り切って外に出た。
向かうのは商店街通りの大店──ドイル商店。
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